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第五章 キングダムインベードミッション
アズっち!アズっち!アズっち!前編
しおりを挟む……“推し”というスラングをご存知だろうか。
意味合い的には英語で言うところの“favorite”、一昔前で言うところの“俺の嫁”という言葉とさして大差はないであろう。きっと、多分。
“嫁”であるならば、一人を選んで決めなければならない。たとえその選択に“推し”潰されそうになってもだ。
だから俺は彼女に別れを告げた。その選択に後悔しかないがいずれは選ばなければならない。仕方がないのだ。
……俺は息を吐く。溜め息、気持ちの切り替え、息苦しさ、色々なものが混ざって口から出される。
カナに好き“だった”と、そう伝えた後、俺は一人廊下を歩いていた。
目的地は“彼女”のもと。快晴の青空のように透き通った頭髪に、眼鏡をかけ直してニコッと笑う姿が魅力的な少女、レイ。
彼女への想いが俺の背中を“推す”。『慎一郎!』って、そう言って笑ってくれた彼女の声を、顔を、今でも鮮明に思い出す。
……この世界はゲームである。そんな風に考えていたのは昔々の話であるが、ゲームのキャラクターと同じ容姿、名前をした人物が目の前にいたのだ。勘違いするのも無理はない。
そのゲーム、「ガールズガーディアンガンガンダッシュ戦記」にも“推し”のキャラクターはいて、その一人がレイであり、レイに語った第一印象の通り、彼女は「お嫁さんにしたい」キャラ筆頭であった。
そして実は、“推し”キャラはもう一人いて、レイともう一人、どちらか選ぶとすれば俺は……
「……エド~、どこにいるんですか~?遊んでくれないとワタクシ、泣いちゃいますよ~」
俺が推しについて思い更けていると、間の抜けた声が廊下に響き渡った。俯いていた俺は声の方へと顔を向ける。
「あ!チロさん。お久しぶりです。エドのこと見ませんでした?」
見ると東の国の代表、深緑髪のインテリジェント、アズが半べそをかきながらこちらへ微笑みかけてくれた。
「エドさんですか?見てないですね」
「むぅ~そうですか」
……本当は知っているが作戦の事がアズにバレるとまずいので、俺は知らないふりでやり過ごす。
「エドをもし見かけたら教えて下さい。そしてエドに『アズは寂しくて泣いてました』と伝えてください」
「……はは、分かりました」
エドは現在、一人作戦部屋に残って修行をしているという。いや、実際は”時の狭間“、時間を操る能力を使って作り出した精神と時のアレ的な場所で剣を振るっているとのことだ。
……最強戦士エド。彼女はやはりゲームでも最強のステータスを誇っており、プレイヤーは選択した国の側近としてストーリーを進めていくという仕様上、皆が皆、キャラクターへの特別な思い入れがあったりや縛りプレイなどではない限り、東の国を選択する。そうすることでエドを敵にすることがないからだ。
俺も例外なく東の国を選択してストーリーをクリアし、画面の中でとはいえアズと二人で何度も死闘を乗り越えた。……そして俺は、画面の中の彼女に、一方的な恋をした。
「……どうしたのですか、チロさん?何か変なものでも食べました?」
……ガールズガーディアンガンガンダッシュ戦記というゲームにおける俺の一番の推しキャラ、アズ。
……その彼女が、今目の前にいる。
「だ、大丈夫ですか!チロさん!いきなり泣き出して、……ま、まさかまた発作が?大変です!迷子で泣き出したいのは私なのにっ!チロさんが困って泣き出してしまって……って、これって犬のおまわりさんですかっ!?」
「え?俺、泣いてました……?」
その事に感極まって思わず泣いてしまった俺が、その涙に気付いてからはもう止めることができなかった。
「ちょっ、チロさん!涙がエンゼルフォールのように流れてますっ!ドクター!ドクター!いや、これって環境庁の滝専門家でも呼んだ方がいいですっ?」
「……いや違うんす。これはただの嬉し涙で、……アズさんに会えて良かったなっていう」
泣き笑いするアズは困惑しつつ
「……それって、チロさんも迷子だったのですか?」
キョトンとした顔でそう言った。
※
……色々と悩んだが、俺はアズに事の経緯を全て話すことにした。エドは今回のループは消化試合のようなことを言っていたし、問題ないであろう。出来るだけ情報を集めて次回以降全員を救うための布石にするのだ。
レイがさらわれた事、王国が保有する兵器の事、俺や他の超能力者の事、門外不出の機密事項のようなことまで余すことなく説明した。
「……なるほど、だからエドはあれほどの馬鹿力なのですね」
全てを聞いたアズが漏らした感想がそれだった。
「……何だかアズさんって面白いですね。発想が突飛というか奇妙奇天烈というか」
「ははは、よく言われます。……私にはリムという友達がいるのですが、『アズは喋れば間抜け、黙れば天然なんだから、最大限おしとやかにしなさい』って、そう言われてから天然を心がけています」
「……心がけたらそれは天然じゃないのでは……?」
……リム、とは誰だっただろうか?どこかで聞いたことがある。記憶が正しければ確か東の国の実質的な側近で異世界、つまりは俺視点での現実世界について研究してる少女。どこで聞いたかまでは覚えてはいないが。
「……そういえばまだアズさんにまだ話していない事があります」
……俺は意を決して、自分が男である事、この世界の出身ではないことを明かすことにする。
「……実は俺の本当の名前は神林慎一郎って言って……」
……俺が自分の名前を言い終えるかどうかのタイミングで、アズは目を見開いた後笑顔を浮かべ、飛びつくように俺に抱きついた。
「……慎一郎!本当に慎一郎なのですねっ!……会いたかったです、ずっと……!姿が違うのは、きっと何かの代償なのでしょうけど、良かったです、……生きてまた会うことができて……っ!」
アズは先程とは違った表情で潤った瞳をこちらへ向けた。
……なにごと?
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