鬼神伝承

時雨鈴檎

文字の大きさ
18 / 44
第三章

支度

しおりを挟む
夜も更け、夕飯にするかと立ち上がる空牙に、壬生は毒でも入れられたらかなわかないから手伝いに名乗りを上げた。
一緒に食う気かと、失礼な態度をとる壬生に対して、深く息を吐きながらも勝手にさせる。
行動の手前、ひらけた参道に火を構え、鍋をかけて挟むように二人は向かい合って座る。
一通り鍋に材料を入れる空牙を見張り、おかしなところがないと納得すればよばれるだけは悪い等と言いながら、空牙がつつく鍋の中に、米粉と葛を絞って乾燥させた粉を混ぜて作られた餅のような保存食、米葛こめつづらをナイフで適当に削り落としていく。
「お前がここに来た理由は、例の鬼か?」
まだ見つかっていないのか?と見上げるように顔を伺う。
「いくさおにだな…最近この辺りで暴れてたって話を聞いてきたんだが…あいにくもう飛び立った後だった、あんたはしらねぇか?」
首を振る空牙に、そうかと眉尻を下げ次の目星に向かう途中、立ち寄ったここで影虚に邪魔されたのだと、包帯の巻かれた腕を見せる。
「幸い喰われずに済んだが…動きがますます良くなってやがる」
一昔前の鬼のようだと深く息を吐く。
「成る程、それでここに滞在していたと」
「あぁ、近くのはずれで野宿してたんだよ、ったくこの街は、依頼費はケチるくせに宿代はたけぇ…功労者に無料で宿の提供くらいしてくれてもいいだろ」
こちとら、そのおかげで出立の遅れが出る怪我したってのに、と不服そうに最後の一切れを切り入れると、ナイフを拭き上げた。

「そういや探してる知り合いには会えたのかい?」
「いいや、だが死んでることがわかったよ。今はその理由探しだな」
「そうか、そりゃまぁ残念だったな」
ばつが悪そうに頭をかいて視線をそらすと、仲良さげに話す二人が視線に入り、思い出したことがあると手を打つ。
「移動するといや、影虚の発現場所といくさおにの出現場所は結構かぶることが多いんだよ…偶然にしちゃ多すぎる」
いくさおにの噂を追って来ていた壬生は、他所でも同じように影虚とやり合った。
他のいくさおにを追う鬼狩り達も同じような事があり、ほとんど追う者は減ったと顎に触れながら言う。
「影虚は鬼も食うだけあって、強いからな…それで、廃業に追い込まれる手練れが結構いる」
影虚はいくさおにを狙って集まってるのか、それとも奴が現れた場所に影虚が生まれてるのか、わからないから余計に減ると、ぽつりと呟いた壬生の言葉を横に、鍋に蓋をする。
一息つくと、懐からキセルを取り出し火を入れた。
それをみた壬生は、なら俺もと懐の小袋から葉くずを出すと、共に出した紙で巻き火を入れる。
「煙草か珍しいな」
「なんだ、知ってんのかい?ちと一手間いるが、俺はこっちの方がいいね」
煙管はどうにも得意じゃないと笑う。
「お前は今の影虚についてどう思う?」
「影虚が移動するってのは、あんたは知ってたみたいだな?」
空牙によって寝床の確保を任されている二人に、ちらりと目を向ける。
「まぁな…あいつらは旅に出てから日が浅い、俺はそういう話を聞いてはいたからな」
頷いてから、金の目を壬生に向ける。
「昔の影虚とは明らかに変わった。昔のはなんつーかこう…嵐とかそういう天災みたいな…突然発生してなにもかもなくなるけど、頑張りで取り戻せる範囲だった」
ふわりと煙を吐き出して、タバコの灰を落としながら、今のあれは、まるで世界を喰ってる、取り込まれて死んでいった奴らも見てきたと、思い出したくもないと言うように目元を覆う。
「俺の仲間も影虚に喰われた。痛みもなく生きたまま体が朽ちてくんだ。まだ痛みで気を失えた方が良かったろうさ」
「そうか……」
壬生の言葉に目を細めるとぱち、ぱちり、と音を立てて燃える火を静かに二人は眺め、しばらく沈黙が続いた。

「変化といや、鬼もだなもう少し動物っぽいやつが多かったが…最近はほとんど知能は人並みだ……人に化ける種も増えてきた」
いくさおには、比較的旧型に近い理性の低い獣だという話は聞くが、今はそっちの方がレア度も強さも桁違いに高いのだと頭をかく。
知性のある新型と呼ばれる種は、強さに幅があり、上手い奴は人間に完璧に溶け込むため、強くは無くとも判断が難しくて厄介なのだと、ため息を吐くと、ちらりと空牙を見る。
「なんだ…俺が、鬼とでも言いたげな目だな?」
意味ありげな視線を向ける壬生に、ふっと笑みを浮かべるとふわりと髪を揺らして首を傾げてから、吸い上げた煙を吐き出す。
「んなこたぁ言ってねぇだろ?とは言え、あんたが鬼だと言われたら俺ぁ納得できちまうなぁ」
酒場で見せた突然消える術あれは何だと、ひげの生える顎を撫でながらニヤリとする。
「あれは俺の式だからな」
ひらっと合わせられた上着の胸元から、一枚の人型の紙を出してみせる。
「鬼狩りでもねぇのにあんたそれ使えんのか…」
皺のよる目が大きく開かる。壬生が偵察時に使用した筒は、筒柱つつばしらと呼ばれ、鬼狩りが使用する道具の一つ。目の前に出された紙はその筒柱と大体の用途は同じく連絡用や、身代わりなどに使用する術式を練られた、特殊な紙。
紙だけの形は古くから使われるもので、始末も楽であり証拠も残りにくい反面、それが結果として脆さを呼び、術への実力で強度も変わる為、使い勝手も悪くなる。
かく言う壬生も、補強して使っている。
強化剤を混ぜた、紙のタイプも出回っているが目の前の紙人形は、最も古い紙に術を練るこむだけ、シンプルなもの。
当然鬼を滅する為の術を、鬼が使えるわけがないと、人型の紙を手に取り偽物ではないかどうかを見る。
確かに、自分たちの使う札と同じものだと確認すれば、勿体無いと呟く。
「これを術者そっくりまでか…しかもこんな旧式…あんだけ同業がいる場所に投げてばれねぇって…相当な術者だろ…本当に鬼狩りじゃねぇのか?」
「あぁ、鬼を狩るつもりはない、護身用だ…身一つで旅するなら狙われることもあるだろう?その為だ。」
空牙は頷いて、極力戦闘する気は無いがなと笑う。
「ふぅん…護身用…ね」
短くなった煙草を、焚き火の中に投げ込み、目を細めると、そう言うことにしておくかと呟く。

「そういや、いくさおにと関係あるか分からんが…鬼が賢くなった時期からだな…影虚の動きが活発になったり、あの二つが別物かもしれないって話が出始めたのは」
人並みの知識や知恵を持つ鬼がまったくいなかったわけではないが、ここ数百年で爆発的に増えてると眉を寄せる。
それに伴い、影虚の勢力も増している。
「長寿種の出生率も下がってる…その上、生まれても早死にする奴が多い」
原因不明の突然死、異形子や同種同士の間から、まったくの別種が生まれる取替子も増えてると首を振る。
「なかにゃ、生まれた子供が鬼だったなんてこともあるくらいだ…真偽は定かじゃねぇけだよ…」
周りは、鬼が知恵をつけてから何かしてるんだ、とかその副産物で現れてるのが今の異変ではという話が出ている。
「お前は、鬼の仕業だと思ってるのか?」
「いや、あいつらが生まれたとされてる場所は、ひどく澱んでることが多い…戦場とかな…俺はあいつらを産んだのは俺たち人間だと思ってるし。もし、奴らが何かし出したと言うなら、己の利ばかり優先してきた俺たち人間の発展の結果じゃないかって思ってる」
誰もそんな風に思ってる奴はいねぇけどな、実際そうとしか思えないと髭を撫でるように顎に触れると新しい煙草を巻く。
「今おかしくなってるのは巡り巡って過去の清算が帰って来たんだろうよ」
黙ってしまった空牙を、ちらりと横目で見てから続けるとふうっと、煙を輪のようにしてはきだす。
壬生の言葉にそうかとだけ小さく呟くと、少し吹き始めた蓋を、開けもうそろそろいいだろうと鍋を火から下ろす。
「お前のように考える奴もいるんだな、鬼が憎い訳ではないのか?」
「いや?俺は別に鬼は悪なんて正義感で鬼狩りしてる訳じゃねぇからな。ただ金になるからやってるだけだ」
俺みたいなのは稀だがなと笑うと寝床の支度をしていた二人をよく通るが、落ち着いた低い声で呼ぶ。
「そういう意味じゃどっちが悪いとかねぇよな、俺たちが動物を殺して食うのと何が違う?偶々奴らの好物が人間だったそれだけだろ」
壬生の言葉に少し驚いたように空牙は目を見開き、二人がたどり着くまで黙っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...