鬼神伝承

時雨鈴檎

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第三章

鬼と影

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「俺の連れてる奴らはちょっと訳ありでな、それでもいいなら」
最後にちらりと、中に視線を向けてから、態とらしくため息混じりに答えると、行きの動きに合わせまとめた髪がふわりと揺れる。
「問題ねぇよ、しっかし、今にも床抜けそうだなぁ…あー、あそこ星が見えんじゃねぇか」
「文句があるなら、宿に行けばどうだ?それこそちゃんとした屋根と床に寝床もあるだろ」
講堂の中に、空牙の後について入ってきた壬生は、ヒゲの生えた顎をさすりながら不満を漏らす。
すかさず空牙がじとりと視線を向けて言えば、笑いながら手を振る。
「いや、野宿よりマシさ…ここらじゃまともに稼げねぇでさ、最近、金額と依頼が釣りあわねぇ事が多いんだよなぁ」
講堂内に入ってきた二人の姿が見えても何も変わらないなと、不思議そうにする戦鬼に、門桜が重なる重たい布の音を立て壬生の間になるように移動すれば、軽く会釈をする。
壬生と対面した戦鬼に変化ないことを確認するように、視線を向けてから腰を下ろし、そこらに座れと床を指す。
指された場所によっこいせと、大きく床を軋ませて腰を下ろすとすぐに、影虚えんろ狩りばかりだとため息を吐いた。
「影虚?」
「あ?影虚は影虚だろ…何言ってんだ」
思わず聞き慣れない小首を傾げると頭部でまとめた黒い髪がぱさりと揺れる。小さくため息を吐いて長い袖を持ち上げて小脇を小突く門桜に、しまったとばつが悪そうに口を閉じる。戦鬼の発言に、訝しげに壬生が戦鬼の方を見る。
「そいつは、記憶喪失でな碌に覚えてないんだよ。教育の最中ってところだ…」
「あぁ、なんだそういう事か。影虚ってのはな、鬼に次いでめんどくせぇ奴らのことさ」
腰の小袋から黒いカケラを一つ取り出すと、床に置く。
「あー、俺は壬生、そこの兄ちゃんとは随分前にあったことがあってな…えーと」
説明の前に自己紹介だと、壬生が名乗れば門桜が後に続く。
「私はコン、隣のはリュウです」
「えっ俺は、せん-ー」
違う名を名乗る門桜に、すこし腰を浮かせ訂正を入れようとすれば、黙ってと言わんばかりに動きに合わせて揺れる黒髪を引く。
思わず、門桜の方を見れば袖で口元を隠してじとりと視線を向けていた。
「そういえば、あの時俺も名乗っていなかったな。ソラだ」
2人の様子に片眉をあげて、口を開きかける壬生に重ねるように空牙が名乗った。
「あー、そうだよ!あんたの名前…あんときゃ聞きそびれてたんだよなぁ」
印象的すぎて忘れもしねぇのに名前わからねぇから探すにも一苦労でよと、膝をパンっと打つと、身を乗り出すようにして不満そうに呟く。
「それはすまなかったな、色々急いでいたから」
ふっと口の端をあげて言えば、影虚について教えてやってくれるかと手元の黒い塊を示して、話を戻すように促した。

しばらく不服そうにしているものの、これ以上話す気は無いという態度に、仕方ないとため息を吐くと口を開く。
「それが影虚だったもの…んでこっちが鬼だったもの」
ことりと床にもう一つ、今度は透明感のある大きめの輝く黄色の石を置く。
不思議そうに二つの石を眺める戦鬼に、本当にわかんねぇのかと空牙の方を見る。
少し笑うように肩をすくめ灰髪をゆらす反応に、仕方ないと説明を始めた。
「影虚は、影の化け物だ」
人も草も大地も関係なく取り込まれたらそこは不毛の地だと首を振る。
鬼が老いた姿だと以前は言われていたが、最近は全く別物でないかと意見もあり、正体がなんなのか迄ははっきりとは分かっていない、とお手上げだと言うように顎を撫でて目を閉じる。
「俺にとっちゃやり合う相手としてはどっちも同じだから、どうでもいいんだけどよ」
報酬は雲泥の差だけどなとため息混じりに笑う。
「んで、この石は影石かげいしそれを倒すとこうなるわけなんだが、こいつがまたろくに素材にもならねぇ」
硬すぎて加工もできなければ、鬼を倒すと取れる石-鬼石きせき-のように力もない、ただ無駄に硬い石。鬼石と違って使い道がないため買い手がつかない。
影虚は、鬼のように賞金をかけられることはない。
「なんでだ?鬼の慣れはてなのに…」
扱いの違いに不思議そうに首をかしげると、俺も聞きたいと、眉間のシワを深くする。
「まぁ…昔はそう言われてただけで、確証はねぇからな…しかも、あれは鬼も食う…なにより個がねぇんだ。鬼はまだそれぞれに特徴があるから、やりやすいんだろ…ったくお陰で退治してもろくに金もはいらん」
昔はもう少し、特徴もあったから賞金にも上がってたらしいが、虚ろの地が増えだしてからはもはやそれが影虚なのか、影虚に喰われた後なのか分かない場所も存在すると不満そうな顔をする。

「影虚に関連する依頼は大抵その地域のやつらからの依頼だ…蓋を開けてみたら影虚が原因だったってことが多い。場所によっちゃ依頼金も跳ね上がるがな…最近はダメだな」
どこも不作が続き、影虚に取り込まれかけているなど、その土地そのものの力が弱ってきていた。
「それなら相手にしなければ?影虚はかなり危険でしょう?」
確かに人を喰うが影虚は移動はしないでしょう?と跳ねた赤灰色の髪をゆらす。
「一昔前ならな、奴らの領域に踏みこまねぇように気をつけりゃよかったんだが…最近じゃ奴らも移動する」
動くとの言葉に、赤い目を見開く様子に、まだ本当に動いてるのか確定してる話ではないがなと苦笑いを浮かべた。
そして鬼石を指差し、持ってるだけで呼び寄せ、襲われる事もあるから、無視できないと首を振る。
その上人里が減れば、旅支度や補給が大変になるだけでなく、影虚に呑まれた土地は人の立ち入れない死の領域になる。
「あちこちかなり呑まれてる…こういう補給場所を守るのも俺らの仕事だ…とは言えあいつらとはやりたくねぇよ…特に俺みたいな一人者はぐれはなぁ…相性が悪すぎる」
複数一発で囲う方陣式が一番効き、一人では囲いから外れた範囲が分離して襲って来るために、いかに分断しないで仕留めるかが鍵になる。
「方陣式…?」
戦鬼が眺めていた影石から、目を離し壬生の方を見て首をかしげると、笑いながらこれは鬼狩りしかしらねぇからなと説明する。
「俺たちが鬼を倒すのに使う術の一つだ…強力な反面、発動中は動けない…一人が方陣、一人が援護みたいに最低でも二人はいる、影虚相手なら、サイズにもよるが少なくても5人だな」
鬼の力を削り取るようにして、少しずつ石へと変える為に作られた、気を練り上げてつくる技。影虚も同じ要領で倒すのだと、一枚の札をみせる。
気とはこの世に流れる、目に見えない神から授けられた力だと、神と少し半笑いで札を差し出しながら説明する。
徐に手を出そうとする戦鬼よりも先に、袖越しに札を受け取った門桜は、戦鬼に見えやすいように近寄った。
札を眺める二人に、初めて見るか?とざんばら頭を揺らして笑えば、方陣式は一人で術の発動に失敗したら、発動の反動で動けないから死ぬ、と首を切るように手を動かす。
死とあっけからんと答える壬生に、門桜が少し驚いたように壬生を見る。
「貴方は死ぬのが怖くないんですか?」
「んぁ?こえぇよ。けどこの仕事をやるって決めた時から死ぬ覚悟はできてらぁにゃ…なんせ鬼狩りは常に死と隣り合わせだ」
鬼狩りは鬼を狩るというのと同時に、鬼に狩られる対象でもあるからなと、笑いながら床に置かれた鬼石と影石を、巾着に仕舞った。
門桜は、手に持つ札を壬生へと返し、戦鬼の方を見る。
戦鬼は既に、興味は仕舞われた石の方に向いているようで、静かに壬生の巾着を眺めていた。
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