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第四章
鬼といふ怪
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街を出て、舗装されていない地を歩く壬生は落胆の色を浮かべて肩を落とす。
乗り合いは戦鬼がつかえぬからと、馬宿へ行けば、旅に使える馬がいなかった。
「ないものは仕方ないでしょ、土馬は旅に向かない」
土馬は下半身が太く、畑仕事や荷引きに特化した馬で、足が遅く何より食べる量が旅に連れて行くには難しい。
通常の馬であれば、道傍に生えている草を与える程度で済むが、土馬は1日に巻藁を必要とする。連れて歩くにはそれだけで大荷物になる。
「竜馬をばらして素材にするとか…ありえねぇ…老体ならともかく…あいつらほど旅人が欲しがる奴いねぇのに」
店主の投げやりな言葉を思い出して、勿体ねぇと呻く。ドラゴンの素材は欲しがる人も多いから仕方ないでしょう、とふてくされる壬生に門桜が呆れた顔をしてため息を吐く。
「竜馬ってそんな凄いのか?」
「当たり前だろう!馬とは呼ばれてるが、小型のドラゴンでな餌も肉や草、好き嫌いはあれどなんでもいいし賢い、その分気難しいが主人と認めた相手に最後まで尽くす。何より一度買えば基本的に寿命が長いから、生涯の旅のパートナーだ。」
「でも、壬生も連れてないよな…」
「俺は上妖聖、長寿種なんでな、馬の方が先に寿命が来るんだよ…今はもういねぇ」
首元についた牙の飾りに触れると静かに笑うと、白髪混じりの緑髪が揺れる。
竜馬は戦馬としても優秀であり、主人に従く馬の為、国の騎士団が抱えていたりと、一般に旅用としての流通は少なく滅多に会えない。
馬宿に置かれる竜馬は、戦争で騎手と逸れたのを捕まえられるか、訳あって馬宿に預けられたまま主人の戻らないものが多い、中には高く売れるのもあり、金に困って売られたものもいる。
「馬宿の竜馬は元々は別に主人を持ってたりで気難しくて、大変だがな、誠意を持って接していればそのうち心を開く。可愛いもんだぞ」
それをバラすなんてと再びため息を吐く壬生に、戦鬼と門桜は顔を見合わせてこの男は、鬼相手と言い少し変わってると笑う。
「壬生は竜馬が好きなのか?」
「んー、竜馬っつうかドラゴンが好きだな。大型のは昔は神様だったなんて言い伝えがあるのが納得できる…それくらい圧巻だ」
昔、空牙と会った時は興味なかったが、その後一度だけ、大型のドラゴンと話したことがあった。それは圧倒的な力をもち、ただそこにいるだけで畏怖と敬拝の念を抱かせた。
誰も信じちゃくれねぇがなと眉尻を下げると、首を振る。
「へぇ…ドラゴンと人は会話できないのか」
「いや、素質があれば会話はできる。俺は、竜馬の声が聞こえるからな、どっちかっていうと……」
「大型のドラゴンの存在が?」
門桜の言葉に頷く壬生は、骨竜との会話を思い出す。
「こいつの寿命が近くてな、竜の墓場って噂の場所に行った先にいた。肉を失ってもなおあの地にとどまり、還ってくる龍の子らを待ってるってな」
もしあれが神の末裔だと言われたら納得できる。肉を失い、魂と骨だけになろうとも、龍の墓場を守る。いや、もしかしたらあれは神そのもの。
首飾りをいじりながら信じられないだろう?と言いかけて、壬生は口を閉じる。それならば目の前の二人と、別れたあの鬼の存在も信じられない。
人に化けるのは人に混じり、狩を楽にするため、鬼狩りから身を隠すために使う。人の生活に溶け込む好意的な鬼なんて聞いたことがなかったと、二人に視線を送った。
「そういや、お前らはなんなんだ?」
「なにって?どういう意味?」
門桜は歩みを止めて壬生の方を見る。
「鬼…なのは昨日の気配で分かってはいるんだが…言ったろ、なったばかりだって…なら最初はなんだったんだ?」
「元は人間と始祖の龍…だと思う。私たちもはっきりとはしてないからまだわからないけど、よく知る彼らと戦鬼はよく似ている。」
「人間が鬼ってどう言う事なんだ?…そもそも鬼ってなんだ」
壬生は戦鬼へ視線を向けてから髭の生える顎を撫でる。
「鬼はこの世に集まる不浄が意思を持ったもの。人間からすれば野生動物たちと同じ感じなんだろうけどね、まるで違うよ。」
「俺たちの使う式術…あれがなきゃ鬼が倒せないのは…」
「鬼に死がないから。鬼は魂を持たない。だから魂を持つものを欲して喰う。そうしなければ消えてしまうから。」
式術は鬼同士は存在を打ち消すのを利用して、鬼の一部を加工した式具を利用する。
「なぜ鬼同士ならば傷つけ合えるのか、それは、鬼同士はどうお互いの力を奪い合うか、奪い奪われ、先に空っぽになった方が維持できずに消滅する、式具はその奪うに特化してるからさ、人の手に渡り加工される事で存在が確定されてしまう。それで道具として、鬼から必要なものを削り取る道具になる。」
人間が想像してる通りであり、全く違う鬼はそう言う存在だと木陰になる岩を見つければ、少し休憩がてらに話そうかと指を指す。
照りつける真上の太陽に、ついでに昼間取るかと影になる場所を選び陣を組むように三人で腰掛けると、港で買った大烏賊の酒蒸しと海老貝の炭焼き、岩魚の酢詰、そして握り飯を取り出す。
旅では基本的に乾物や保存の効くもの、よくてその場で取れる肉、そのため、なかなか海の食料には有り付けない。ならばと昼に海の幸を買い込んだ。
並べた食事を囲みながら、門桜が口を開く。
「鬼は、三種類存在する。まず自然に発生する鬼、割合では一番多い。特徴はあまり人格を持たず、理性のない獣のよう。動物の姿や全く形状の掴めないものもいる。」
「それは俺もよく知ってる、突然現れて突然暴れ出すから、困ってるんだ」
壬生が頷く、水筒を手に取ると一口飲み門桜の言葉の続きを待った。
「人間たちはこれだけを認識してる。もちろんその中でも長く生きのびると人格を持つものもいるから大半はこれで間違ってはない。そしてもう一つが、人間……生き物の悪意や感情が溜まる事で生まれるもの、これらは大抵そこに存在する物を基礎にして生まれるから、基本的に生物に近い。ただ本質は鬼だから鬼の要素をしっかりと持ってる。」
戦鬼はこれに当たると、握り飯を頬張る戦鬼の方を見る。
「まだ曖昧だけど、多分俺を生み出した人間にも龍にも会ったそう言うことも…あるのか?」
戦鬼の言葉に、成り立ちについて本人は曖昧なことが多いが、時々こうして元となる存在と石が分離してるものもいると頷く。
中には、最初こそ曖昧だが、力を使いこなせるようになればなるほど、同化しその記憶を思い出してくるものもいると付け足す。
「ならこいつは、その記憶を思い出せる奴ってことか?そうなるとどうなるんだ?」
「別にどうにも、ただ式術には耐性がつくことがあるね、いわゆる"生前"の特性を引き継ぐから。例えば君の体が元で生まれると上妖聖の特性を持つ事もある。鬼狩りだから、多少術への知識も持つから…扱えはしないだろうけど触れるくらいは出来るんじゃないかな」
精霊と契約を結べるとかもか?と首をひねる壬生に頷くと、そうなるといよいよ鬼の見分けつかないと眉を寄せる壬生に、楽しいものを見るように、門桜はこてんと赤灰色の髪を揺らし、頭を傾ける。
「あとは、人間のように生活するものもいるね、ある程度は魂を喰わなくても安定してるし、人と同じ食事でも平気だったりする。」
話を聞きながら口を動かす戦鬼を見て笑う。
「でも、平気とはいえ食事だけじゃ不十分なのは事実だから、人間から少しずつ分けてもらうって形で、生命力をもらう。」
魂そのものさえあれば、生命力は回復する。怪我をした時傷が治るのと同じだと海老貝の殻を手元で遊ばせる
「人間の中にもいるでしょう?他人の血を欲する種族や魔力を食う種族。あれに似てる感じかな、実際はその行為によって生命力を貰ってるわけだけど……」
「あいつらの中にゃ鬼も混じってるって事なのか……」
門桜の言葉に知らないうちに、鬼と関わってることもあるのかもしれんなと呟く。
「勘違いしてるようだけど師匠ほど人間になれるのはいないよ、戦鬼が鬼とわからなかったのはあの眼帯のおかげ。」
熟練の鬼狩りならば、化けている鬼を見つけることは出来る。すぐには判断できないにしろ、君もそれは可能だろうと壬生を見てから戦鬼の眼帯を指す。
あの眼帯には完全に鬼の気配を遮断する力がある。代わり鬼の力が抑制されるため、眼帯をしたまま鬼術、鬼特有の術は使えない。だからこそ暴走しやすい戦鬼にとっては制御装置としても働いた。
そんなに凄い効果があるのかと改めて、驚いたように戦鬼が眼帯に触れると、クスクスと門桜が笑う。
「お前のそれもそうなのか?」
今朝も門桜は食事を取らなかった。今も同じようにマスクをしたままの門桜を指摘すれば、少し目を細めてから頷く。
「そう、だから私は師匠がいない間、マスクは外さない。とはいえ、鬼は食事を取らなくても生命力さえ吸えればいい」
私は口を使わなくても相手から分けてもらえるから問題はないと、赤黒い爪を見せる。
「俺のでも食うってか?」
「いや、しないよ。私は人間の生命力嫌いだから……とは言え何かあればもらうかもしれないね」
人間の生命力は餌としては一番いいが、余程穢れを知らない純粋な魂でなければ私の口に合わないと首を振る。
生命力も魂も、それぞれ歩んだ人生思考で鬼にとっては味が変わる。その為鬼はそれぞれ違うタイプの生命体を好む。
「じゃぁお前は何を…」
「私が好むのは、精霊や聖獣と呼ばれる穢れを嫌う種かな…後は動物とか」
元々それほど必要がないから気にしないでと眼を細めた。
「あーと、それで3つ目は…?」
そういうもんかと大烏賊の足を口に運びながら、これが食えねぇのはもったいねぇなぁと思いながら、最後の一つを促す。
「最後は、造られた鬼。」
「……っ!!」
静かに声を潜めた門桜が呟いた言葉に壬生を目を見張る。そして食いかけていた大烏賊をつまらせてむせた。
「鬼を…造る…だと?あと噂嘘じゃねぇのかよ…そんな事なんのために…」
「さぁ、知らないよ…いや人間側ならわかる。鬼を作って戦力にしようとかそういう兵器を開発する感覚だろうね」
首を振る門桜の言葉に引っかかり、噛み砕いた大烏賊を飲み込みながら眉を寄せる。
「人間側…?なら他にも勢力はあるのか?」
戦鬼も同じ事に引っかかったのだろう、壬生よりも前に同じ疑問を門桜にぶつける。
「鬼、だよ。あれらの目的は全くわからない。なぜ鬼が鬼を造ろうとしてるか…そもそも、どうやって作っているのか…。けど彼らは成功させている。だから造られた鬼は存在してる」
人間達も鬼は造ろうとしている。壬生もそういう噂は知っていたが成功したという話を聞いたことは一度もない。
「人間の造ろうとしてる鬼は、結局は発生のルールにのっとって鬼ができてるから、人為的に引き起こされたとは言え造られたとは言えないね。造られた鬼は明らかに、それと違う」
手の中で遊ばせていた海老貝の殻を握りしめる。パキパキと音がなり、砕けた殻が指の隙間から溢れた。
「違うって…」
「昨日戦ったあれが造られたもの。影虚への耐性が強いのもあれらの特徴。」
勿論通常の鬼でも強いものはいるが、造られた鬼は違う。空牙の言った、倒せないという言葉が壬生の頭をよぎる。
「倒せない、あれらは霧散してまたどこかで再生する。何が目的なのかはわからないけど、必ずあれらは目的を持って動いてる。」
今、師匠が抜けたのもその為だと言えば、心配そうに息を吐く。
「私も詳しくは知らない、師匠もなぜあれらがこんな事をするのか、分からないって言ってた。」
途中まで言いかけて門桜は、今はこの事を考えるなと、頭を撫でて笑う空牙を思い出し口を閉じる。
「…いや、今はあれらの目的は考えなくていい」
「あ?そりゃどういう…」
そこは重要だろうと言う壬生に首を振ると、どれだけ考えたところで理解ができない、後手に回る事にはなるが、動き出さなければこちらから手の出し用もないからだと、首を振る。
「んな流暢な…」
「仕方ないよ、私達の理解の外側にいる連中なのだから、それにたどり着くことができない。」
不満げに眉を寄せる壬生に動けるならとっくに動いてる出来ないから仕方ないでしょうと首を振る。
「なら、お前らはなんで人に紛れる?」
空になった器を片付けながら、壬生は質問を変える。
「別に、こうして旅をする上で、楽だからだよ」
無意味に鬼狩りに襲われることもない。訪れた先で、鬼だからと起こりうる不便がない。
「人に紛れる鬼が、全てが全て君たちの想像する、人を襲う鬼だと思わないでほしいね」
数が少ないのは事実ではあるけれど、と苦笑いを浮かべる。
「少なくとも師匠は人間好きっていう変な鬼だよ。私は襲う気は無いけど、人間は得意じゃ無い」
戦鬼は自覚がないだろうけど、物凄く人間は憎いと思うと、ちらと視線を向けてから壬生に向く。
戦鬼はまるで、他人事のように俺は人が憎いのかと首を傾げながら呟いた。
「なぁ、こいつは今自覚してないみたいだが…自覚した瞬間人間を襲い出すとかないのか?」
戦鬼の反応に不安を覚えた壬生は、顔を引きつらせながら、不思議そうに首をひねる戦鬼を見て口を開いた。
「確証はないけど、これから先接する人次第かな。悪意に触れ続ければそうなりかねないし、壬生のような変人といる時間が多ければ、割合、落ち着くよ」
鬼の食欲を除く人間への攻撃性は、基本的に生活してきた環境によるものが大きい。潜在的な恨み等もあれど、やはり一番大きいのは、鬼として人格が確立してからの周りの環境。
「安心しろとは言わないけど、少なくとも、鬼だ人だと分けて、警戒してたりする方が、悪影響ではあるね。」
ふっと笑う門桜に言わんとしてることを理解した壬生は、ばつが悪そうに頬をかくとわりぃと小さく謝る。
「いや、まて今俺の事を変人っていったろお前」
「うん、変人でしょう、鬼狩りのくせに私達と行動したり謝ったり」
くつくつと笑う門桜、人間にしては珍しいんだなという目で見る戦鬼、2人に失礼な奴らだなと悪態を吐く。
荷を片付け、陽が傾く前にもう少し進もうと立ち上がる。
「そういや、聞き忘れてたんだがどっか目的地とかあったりするのか?あーあと、俺の仕事に関してだが…」
「特にはないよ、壬生行く先に私達は合わせる。仕事に関しては心配しないで、手伝う事はしないけど、極力邪魔もしない」
馬の事で確認忘れて出てきてたなと、普段1人で旅をするときは当てもなく歩くからと笑うう壬生に、同じようなものだと首を振ってから、対象の鬼にもよるが出来るだけ鬼狩りの仕事に関しては干渉しないと、門桜は宣言する。
「そうかい、んじゃ戦鬼は行ってみたいところとかねぇのか?」
何も知らない奴に聞いても仕方ないかと思いながらも訪ねてみる。
「俺か…特には……あ…女ノ国には行ってみたい…」
思い出したように手を打つ戦鬼に国の名を復唱しながら壬生が首をひねる。
「戦鬼の関わりが深い国なんだ…壬生と師匠が酒場で会ったあの時にはもう始祖龍は存在そのものが伝承になってたし、残ってはないと思う。変わりすぎててどこに会ったかさえわからない」
悩む壬生に、門桜がすかさずフォローを入れるように首を振ると、もし思い当たるところがあるならでいいよと、眉尻を下げる。
「いや、うーん……俺は全くわからんが…学者の知り合いがいる。古い国なら試しに聞いてみるのもありか」
むちゃくちゃな奴だが知識は確かだしなと呟けば、そうと決まれば目的地はとたびろを決めるために地図を開いた。
乗り合いは戦鬼がつかえぬからと、馬宿へ行けば、旅に使える馬がいなかった。
「ないものは仕方ないでしょ、土馬は旅に向かない」
土馬は下半身が太く、畑仕事や荷引きに特化した馬で、足が遅く何より食べる量が旅に連れて行くには難しい。
通常の馬であれば、道傍に生えている草を与える程度で済むが、土馬は1日に巻藁を必要とする。連れて歩くにはそれだけで大荷物になる。
「竜馬をばらして素材にするとか…ありえねぇ…老体ならともかく…あいつらほど旅人が欲しがる奴いねぇのに」
店主の投げやりな言葉を思い出して、勿体ねぇと呻く。ドラゴンの素材は欲しがる人も多いから仕方ないでしょう、とふてくされる壬生に門桜が呆れた顔をしてため息を吐く。
「竜馬ってそんな凄いのか?」
「当たり前だろう!馬とは呼ばれてるが、小型のドラゴンでな餌も肉や草、好き嫌いはあれどなんでもいいし賢い、その分気難しいが主人と認めた相手に最後まで尽くす。何より一度買えば基本的に寿命が長いから、生涯の旅のパートナーだ。」
「でも、壬生も連れてないよな…」
「俺は上妖聖、長寿種なんでな、馬の方が先に寿命が来るんだよ…今はもういねぇ」
首元についた牙の飾りに触れると静かに笑うと、白髪混じりの緑髪が揺れる。
竜馬は戦馬としても優秀であり、主人に従く馬の為、国の騎士団が抱えていたりと、一般に旅用としての流通は少なく滅多に会えない。
馬宿に置かれる竜馬は、戦争で騎手と逸れたのを捕まえられるか、訳あって馬宿に預けられたまま主人の戻らないものが多い、中には高く売れるのもあり、金に困って売られたものもいる。
「馬宿の竜馬は元々は別に主人を持ってたりで気難しくて、大変だがな、誠意を持って接していればそのうち心を開く。可愛いもんだぞ」
それをバラすなんてと再びため息を吐く壬生に、戦鬼と門桜は顔を見合わせてこの男は、鬼相手と言い少し変わってると笑う。
「壬生は竜馬が好きなのか?」
「んー、竜馬っつうかドラゴンが好きだな。大型のは昔は神様だったなんて言い伝えがあるのが納得できる…それくらい圧巻だ」
昔、空牙と会った時は興味なかったが、その後一度だけ、大型のドラゴンと話したことがあった。それは圧倒的な力をもち、ただそこにいるだけで畏怖と敬拝の念を抱かせた。
誰も信じちゃくれねぇがなと眉尻を下げると、首を振る。
「へぇ…ドラゴンと人は会話できないのか」
「いや、素質があれば会話はできる。俺は、竜馬の声が聞こえるからな、どっちかっていうと……」
「大型のドラゴンの存在が?」
門桜の言葉に頷く壬生は、骨竜との会話を思い出す。
「こいつの寿命が近くてな、竜の墓場って噂の場所に行った先にいた。肉を失ってもなおあの地にとどまり、還ってくる龍の子らを待ってるってな」
もしあれが神の末裔だと言われたら納得できる。肉を失い、魂と骨だけになろうとも、龍の墓場を守る。いや、もしかしたらあれは神そのもの。
首飾りをいじりながら信じられないだろう?と言いかけて、壬生は口を閉じる。それならば目の前の二人と、別れたあの鬼の存在も信じられない。
人に化けるのは人に混じり、狩を楽にするため、鬼狩りから身を隠すために使う。人の生活に溶け込む好意的な鬼なんて聞いたことがなかったと、二人に視線を送った。
「そういや、お前らはなんなんだ?」
「なにって?どういう意味?」
門桜は歩みを止めて壬生の方を見る。
「鬼…なのは昨日の気配で分かってはいるんだが…言ったろ、なったばかりだって…なら最初はなんだったんだ?」
「元は人間と始祖の龍…だと思う。私たちもはっきりとはしてないからまだわからないけど、よく知る彼らと戦鬼はよく似ている。」
「人間が鬼ってどう言う事なんだ?…そもそも鬼ってなんだ」
壬生は戦鬼へ視線を向けてから髭の生える顎を撫でる。
「鬼はこの世に集まる不浄が意思を持ったもの。人間からすれば野生動物たちと同じ感じなんだろうけどね、まるで違うよ。」
「俺たちの使う式術…あれがなきゃ鬼が倒せないのは…」
「鬼に死がないから。鬼は魂を持たない。だから魂を持つものを欲して喰う。そうしなければ消えてしまうから。」
式術は鬼同士は存在を打ち消すのを利用して、鬼の一部を加工した式具を利用する。
「なぜ鬼同士ならば傷つけ合えるのか、それは、鬼同士はどうお互いの力を奪い合うか、奪い奪われ、先に空っぽになった方が維持できずに消滅する、式具はその奪うに特化してるからさ、人の手に渡り加工される事で存在が確定されてしまう。それで道具として、鬼から必要なものを削り取る道具になる。」
人間が想像してる通りであり、全く違う鬼はそう言う存在だと木陰になる岩を見つければ、少し休憩がてらに話そうかと指を指す。
照りつける真上の太陽に、ついでに昼間取るかと影になる場所を選び陣を組むように三人で腰掛けると、港で買った大烏賊の酒蒸しと海老貝の炭焼き、岩魚の酢詰、そして握り飯を取り出す。
旅では基本的に乾物や保存の効くもの、よくてその場で取れる肉、そのため、なかなか海の食料には有り付けない。ならばと昼に海の幸を買い込んだ。
並べた食事を囲みながら、門桜が口を開く。
「鬼は、三種類存在する。まず自然に発生する鬼、割合では一番多い。特徴はあまり人格を持たず、理性のない獣のよう。動物の姿や全く形状の掴めないものもいる。」
「それは俺もよく知ってる、突然現れて突然暴れ出すから、困ってるんだ」
壬生が頷く、水筒を手に取ると一口飲み門桜の言葉の続きを待った。
「人間たちはこれだけを認識してる。もちろんその中でも長く生きのびると人格を持つものもいるから大半はこれで間違ってはない。そしてもう一つが、人間……生き物の悪意や感情が溜まる事で生まれるもの、これらは大抵そこに存在する物を基礎にして生まれるから、基本的に生物に近い。ただ本質は鬼だから鬼の要素をしっかりと持ってる。」
戦鬼はこれに当たると、握り飯を頬張る戦鬼の方を見る。
「まだ曖昧だけど、多分俺を生み出した人間にも龍にも会ったそう言うことも…あるのか?」
戦鬼の言葉に、成り立ちについて本人は曖昧なことが多いが、時々こうして元となる存在と石が分離してるものもいると頷く。
中には、最初こそ曖昧だが、力を使いこなせるようになればなるほど、同化しその記憶を思い出してくるものもいると付け足す。
「ならこいつは、その記憶を思い出せる奴ってことか?そうなるとどうなるんだ?」
「別にどうにも、ただ式術には耐性がつくことがあるね、いわゆる"生前"の特性を引き継ぐから。例えば君の体が元で生まれると上妖聖の特性を持つ事もある。鬼狩りだから、多少術への知識も持つから…扱えはしないだろうけど触れるくらいは出来るんじゃないかな」
精霊と契約を結べるとかもか?と首をひねる壬生に頷くと、そうなるといよいよ鬼の見分けつかないと眉を寄せる壬生に、楽しいものを見るように、門桜はこてんと赤灰色の髪を揺らし、頭を傾ける。
「あとは、人間のように生活するものもいるね、ある程度は魂を喰わなくても安定してるし、人と同じ食事でも平気だったりする。」
話を聞きながら口を動かす戦鬼を見て笑う。
「でも、平気とはいえ食事だけじゃ不十分なのは事実だから、人間から少しずつ分けてもらうって形で、生命力をもらう。」
魂そのものさえあれば、生命力は回復する。怪我をした時傷が治るのと同じだと海老貝の殻を手元で遊ばせる
「人間の中にもいるでしょう?他人の血を欲する種族や魔力を食う種族。あれに似てる感じかな、実際はその行為によって生命力を貰ってるわけだけど……」
「あいつらの中にゃ鬼も混じってるって事なのか……」
門桜の言葉に知らないうちに、鬼と関わってることもあるのかもしれんなと呟く。
「勘違いしてるようだけど師匠ほど人間になれるのはいないよ、戦鬼が鬼とわからなかったのはあの眼帯のおかげ。」
熟練の鬼狩りならば、化けている鬼を見つけることは出来る。すぐには判断できないにしろ、君もそれは可能だろうと壬生を見てから戦鬼の眼帯を指す。
あの眼帯には完全に鬼の気配を遮断する力がある。代わり鬼の力が抑制されるため、眼帯をしたまま鬼術、鬼特有の術は使えない。だからこそ暴走しやすい戦鬼にとっては制御装置としても働いた。
そんなに凄い効果があるのかと改めて、驚いたように戦鬼が眼帯に触れると、クスクスと門桜が笑う。
「お前のそれもそうなのか?」
今朝も門桜は食事を取らなかった。今も同じようにマスクをしたままの門桜を指摘すれば、少し目を細めてから頷く。
「そう、だから私は師匠がいない間、マスクは外さない。とはいえ、鬼は食事を取らなくても生命力さえ吸えればいい」
私は口を使わなくても相手から分けてもらえるから問題はないと、赤黒い爪を見せる。
「俺のでも食うってか?」
「いや、しないよ。私は人間の生命力嫌いだから……とは言え何かあればもらうかもしれないね」
人間の生命力は餌としては一番いいが、余程穢れを知らない純粋な魂でなければ私の口に合わないと首を振る。
生命力も魂も、それぞれ歩んだ人生思考で鬼にとっては味が変わる。その為鬼はそれぞれ違うタイプの生命体を好む。
「じゃぁお前は何を…」
「私が好むのは、精霊や聖獣と呼ばれる穢れを嫌う種かな…後は動物とか」
元々それほど必要がないから気にしないでと眼を細めた。
「あーと、それで3つ目は…?」
そういうもんかと大烏賊の足を口に運びながら、これが食えねぇのはもったいねぇなぁと思いながら、最後の一つを促す。
「最後は、造られた鬼。」
「……っ!!」
静かに声を潜めた門桜が呟いた言葉に壬生を目を見張る。そして食いかけていた大烏賊をつまらせてむせた。
「鬼を…造る…だと?あと噂嘘じゃねぇのかよ…そんな事なんのために…」
「さぁ、知らないよ…いや人間側ならわかる。鬼を作って戦力にしようとかそういう兵器を開発する感覚だろうね」
首を振る門桜の言葉に引っかかり、噛み砕いた大烏賊を飲み込みながら眉を寄せる。
「人間側…?なら他にも勢力はあるのか?」
戦鬼も同じ事に引っかかったのだろう、壬生よりも前に同じ疑問を門桜にぶつける。
「鬼、だよ。あれらの目的は全くわからない。なぜ鬼が鬼を造ろうとしてるか…そもそも、どうやって作っているのか…。けど彼らは成功させている。だから造られた鬼は存在してる」
人間達も鬼は造ろうとしている。壬生もそういう噂は知っていたが成功したという話を聞いたことは一度もない。
「人間の造ろうとしてる鬼は、結局は発生のルールにのっとって鬼ができてるから、人為的に引き起こされたとは言え造られたとは言えないね。造られた鬼は明らかに、それと違う」
手の中で遊ばせていた海老貝の殻を握りしめる。パキパキと音がなり、砕けた殻が指の隙間から溢れた。
「違うって…」
「昨日戦ったあれが造られたもの。影虚への耐性が強いのもあれらの特徴。」
勿論通常の鬼でも強いものはいるが、造られた鬼は違う。空牙の言った、倒せないという言葉が壬生の頭をよぎる。
「倒せない、あれらは霧散してまたどこかで再生する。何が目的なのかはわからないけど、必ずあれらは目的を持って動いてる。」
今、師匠が抜けたのもその為だと言えば、心配そうに息を吐く。
「私も詳しくは知らない、師匠もなぜあれらがこんな事をするのか、分からないって言ってた。」
途中まで言いかけて門桜は、今はこの事を考えるなと、頭を撫でて笑う空牙を思い出し口を閉じる。
「…いや、今はあれらの目的は考えなくていい」
「あ?そりゃどういう…」
そこは重要だろうと言う壬生に首を振ると、どれだけ考えたところで理解ができない、後手に回る事にはなるが、動き出さなければこちらから手の出し用もないからだと、首を振る。
「んな流暢な…」
「仕方ないよ、私達の理解の外側にいる連中なのだから、それにたどり着くことができない。」
不満げに眉を寄せる壬生に動けるならとっくに動いてる出来ないから仕方ないでしょうと首を振る。
「なら、お前らはなんで人に紛れる?」
空になった器を片付けながら、壬生は質問を変える。
「別に、こうして旅をする上で、楽だからだよ」
無意味に鬼狩りに襲われることもない。訪れた先で、鬼だからと起こりうる不便がない。
「人に紛れる鬼が、全てが全て君たちの想像する、人を襲う鬼だと思わないでほしいね」
数が少ないのは事実ではあるけれど、と苦笑いを浮かべる。
「少なくとも師匠は人間好きっていう変な鬼だよ。私は襲う気は無いけど、人間は得意じゃ無い」
戦鬼は自覚がないだろうけど、物凄く人間は憎いと思うと、ちらと視線を向けてから壬生に向く。
戦鬼はまるで、他人事のように俺は人が憎いのかと首を傾げながら呟いた。
「なぁ、こいつは今自覚してないみたいだが…自覚した瞬間人間を襲い出すとかないのか?」
戦鬼の反応に不安を覚えた壬生は、顔を引きつらせながら、不思議そうに首をひねる戦鬼を見て口を開いた。
「確証はないけど、これから先接する人次第かな。悪意に触れ続ければそうなりかねないし、壬生のような変人といる時間が多ければ、割合、落ち着くよ」
鬼の食欲を除く人間への攻撃性は、基本的に生活してきた環境によるものが大きい。潜在的な恨み等もあれど、やはり一番大きいのは、鬼として人格が確立してからの周りの環境。
「安心しろとは言わないけど、少なくとも、鬼だ人だと分けて、警戒してたりする方が、悪影響ではあるね。」
ふっと笑う門桜に言わんとしてることを理解した壬生は、ばつが悪そうに頬をかくとわりぃと小さく謝る。
「いや、まて今俺の事を変人っていったろお前」
「うん、変人でしょう、鬼狩りのくせに私達と行動したり謝ったり」
くつくつと笑う門桜、人間にしては珍しいんだなという目で見る戦鬼、2人に失礼な奴らだなと悪態を吐く。
荷を片付け、陽が傾く前にもう少し進もうと立ち上がる。
「そういや、聞き忘れてたんだがどっか目的地とかあったりするのか?あーあと、俺の仕事に関してだが…」
「特にはないよ、壬生行く先に私達は合わせる。仕事に関しては心配しないで、手伝う事はしないけど、極力邪魔もしない」
馬の事で確認忘れて出てきてたなと、普段1人で旅をするときは当てもなく歩くからと笑うう壬生に、同じようなものだと首を振ってから、対象の鬼にもよるが出来るだけ鬼狩りの仕事に関しては干渉しないと、門桜は宣言する。
「そうかい、んじゃ戦鬼は行ってみたいところとかねぇのか?」
何も知らない奴に聞いても仕方ないかと思いながらも訪ねてみる。
「俺か…特には……あ…女ノ国には行ってみたい…」
思い出したように手を打つ戦鬼に国の名を復唱しながら壬生が首をひねる。
「戦鬼の関わりが深い国なんだ…壬生と師匠が酒場で会ったあの時にはもう始祖龍は存在そのものが伝承になってたし、残ってはないと思う。変わりすぎててどこに会ったかさえわからない」
悩む壬生に、門桜がすかさずフォローを入れるように首を振ると、もし思い当たるところがあるならでいいよと、眉尻を下げる。
「いや、うーん……俺は全くわからんが…学者の知り合いがいる。古い国なら試しに聞いてみるのもありか」
むちゃくちゃな奴だが知識は確かだしなと呟けば、そうと決まれば目的地はとたびろを決めるために地図を開いた。
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
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