鬼神伝承

時雨鈴檎

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第四章

夢の旅路《上》

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目の前に灰赤色の髪の少年がいる。少し自分の視線よりは低い少年は、見上げて笑う。
よく見慣れた顔よりは幼く感じるが、門桜だ。
そして、少し離れたところに座っているのは、空牙。隣には大きな黒い龍が首を下ろし、空牙と話していた。
(あぁ、そうかこれは夢か)
自身の思考とは別に動くその視界に、体にまたこの夢かとぼんやりと、今乗り移るこの人間の中で、不思議と視界はあちこちへ向けられる。
(今日はこっちなんだな)
時々見るこの夢は、二つの視界を繰り返す。
起きて仕舞えば、思い出せないが夢の中の意識は内容までははっきりとは思い出せないが、以前にも暗い場所で似たようなものを見ていた時と違い、今見る物には必ず門桜がいた。
向こうに見える龍から、今は黒い髪の人間の方なのだと、辺りを見回す。
不知夜いざよい、今日はなにをしようか」
「そうだな、うーん……じゃぁ祠の近くまで行かないか?たぶんそろそろ栗の季節だ」
少し肌寒いと感じてたのはそれでか、と二人の会話にようやく気づく。
「栗か……栗ご飯にしようか!ふふったくさん集めないとね」
「あぁ!たくさん集めて、母様ははさまも師匠も驚かせよう!」
ひそひそと顔を付き合わせて話し、ちらりと向こうで寛ぐ二人を見てから笑い合う。うなずき、手を取って森の中に入っていく。

「ーー!あったよ!」
(今なんて言った?)
不知夜が門桜の名前を呼ぶ。呼んだはずだが、呼ぶ名に雑音が混じり聞き取れなかった。今までこんな事あっただろうか。
(そう言えば、夢の中で俺が門桜の名前呼んだ事あったか?)
ふと、そんな考えがよぎる。そもそもいつもどんな夢を見ていたか、曖昧で思い出せない。
(覚えているのなら、こんなこと思わないか)
ため息が出るのなら出ていただろう。
この夢もまた起きてしまえば、忘れるのだろうか。
(それは嫌だな……覚えていたい、思い出したい……俺と門桜の間に何があったのか)
視界が動く、不知夜が木の枝を探し、毬栗の元へ戻る。
「頑張れあと少し」
不意に頭上から声がする。
不知夜が見上げると、門桜が木の枝に座り見下ろしていた。楽しそうに浮かべる笑みは無邪気な子供。
「ーー!みてないで手伝ってくれよ、これなかなか取れない」
(まただ、また聞き取れない)
不知夜が門桜の名前を呼ぶ。ザリザリと異音が混じりまた聞こえない。
ならそこで笑う子は門桜では無いのか、確かによく似ている。面影もある。幼い頃だと言われればそれで納得できるだろう。
「もー、仕方ないな……よっと」
不満そうに声を上げる不知夜に笑った門桜は、枝から飛び降り毬栗へと手を伸ばして止める。
伸ばした、袖から覗く赤い硬殻にやはりこの子供は門桜のはずだ。
「伏せて!!」
唐突に門桜が声を荒げると、こちらへと迫ってくる。視界が回転する。
門桜が飛び出して不知夜を押し倒していた。
背中を打ち付ける痛みがあるんだなと、息を詰まらせる不知夜を、どこか遠く認識する。
「なぁんだ、餓鬼が二匹か……ちっ、話と違うじゃねぇか」
びぃんと音を立てて、不知夜が先まで立っていた、頭があった場所に矢が刺さる。がさがさと草を分ける音と、舌打ちとともに声が響く。
「なぜこの禁足地に、猟師が……いやこいつ…まさか……!」
「いやいや、むしろこンなところに只の餓鬼がいるわきゃねぇよな?お前ら鬼だろ?ン?そうだろ?」
現れたのは、煤けた赤い髪の大柄な男。2人の姿を見て首を傾げる男の言葉に、確信したというように門桜が、体勢を立て直すように男と対峙する。
「貴方こそ、ここは禁足地ですよ。人間が来ていい場所では無い、即刻立ち去ってはくれないか」
「そりゃないンじゃねぇか?それならお前らも、そう……だろ?」
にぃっと目を細めれば、片手をあげる。
それを合図に、茂みの奥で何かきらめく。
(あぶない!)
なんとか、体を起こした不知夜の中で、戦鬼は、光に気づく。門桜もまだそれには気づいていないようで、目の前の男の動きに注視していた。
「………っ!」
動けない体が歯がゆい。目の前で門桜が撃たれる。
矢を放つ音に気づいた門桜は、かわせば不知夜に当たると踏んだのか、矢をその腕で叩き落とす。
ぱちり、矢が触れれば閃光がはしり、音が響く。
門桜は飛んできた矢の方角がまだ定められないのか、他の仲間がいる事にじりっと、不知夜を木と背に挟むようにして後ずさる。
「びーんご」
手を挙げた男が、門桜と矢の反応を見て、口笛を吹いて笑う。
「とはいえ、ちと妙だな?結構強い滅呪めづじゅを撃ち込んだんだが」
男が首をひねると、まぁ捕まえてバラせばわかるかと、呟いて腰にかけた刀を抜く。
「まずい……こいつら術を持ってる…」
ぽそりと門桜が呟くと、座って状況が読めずにいる不知夜をちらりと振り返る。
「不知夜、私が奴らの気をひく、その隙に師匠達の元に走って。できるね?」
「へ…あ……ーよ、は?一緒に」
(今何か一瞬聞こえた、けどだめだ…わからない)
不知夜が名を呼ぶ、今度はほんの少しだけ門桜ではない名前を呼んでいたことが聞き取れた。
「だめ、2人は無理だ、多分師匠達の探知から抜けてるからまだ気づいてない……伝えて。大丈夫、私の方が強いから」
不知夜の言葉を切るように、門桜が口元の布に手をかけながら小声で続ける。
じっと目の前の男を睨むように、視線を向けて体を低くする。
「師匠達を呼んできて、お願い」
逃げるようだと、尻込む不知夜にこれ以上、ここに入り込まれないように時間を稼ぐ必要がある。その間に呼んできてと逃げるわけでないというように言えば、刀を構えて笑う男へと飛びかかる。
(時々見る既視感はこれか……)
思わず門桜の後を追いかけそうになる、不知夜が歯を食いしばり、その場で耐える。相手の隙を伺うように静かに門桜を見送る。
門桜が尾を展開して、刀を持つ男へ飛びかかる。尾は、茂みに身を隠す方を探すように近くの木をすり抜けて飛んできた方角へ向けて全てつき伸ばす。
乱雑に伸ばされた9本の尾は、それぞれが別の生き物のように、茂みを走り抜け、もう1人を捉える。
ばすっと矢が放たれる音がすると、茂みから飛び出す。
その間にも、繰り出される男からの剣劇を受けながら、その硬い腕で殴りつけるように、斬りつけるように動く。
2人は完全に動かない不知夜よりも先にと、門桜へ意識が向いた。
「いまだ……」
小さく呟き後ろ髪を引かれる思いで、気配を殺し、背後の茂みへ身を隠し、森の奥へ、奥へ。早く母様と師匠に伝えなければと必死に走る。

(あぁ、これ……あの時と似てる)
木をするするとかわして走る視界の中で、屋根を降り林に向かう門桜の姿が重なる。
あの時重なって見えたのはこれだったという、納得とともに、なん度も繰り返してるんだなとため息を吐きたくなる。
「俺に……俺にもっと力があれば….」
唇を噛み上がる息に、気持ちばかりがせいていく不知夜。
がさり、走る近場で別の草をかき分ける音がする。
(気付け!何かいる!)
師匠達の元へ行く事ばかりに気を取られていた不知夜は、近くにある気配に気づかない。斜め前から、白くきらめきが飛ぶ。
「っー!!」
目の前をかすめた光。ギリギリで躱すと数歩下がり足を止める。
どくどくと脈打つ心臓を抑えるように、胸元を抑えて辺りを見回す。
突き刺さる、白光きらめく鉄針。
がさり、再び草木をかき分けるかすかな音。
今度は不知夜もその音に気づいたのか、音のした方へ目を向ける。
きらり、また何かが煌めけば、鉄針が飛んでくる。姿勢を低くしてかわせば、頭上すれすれを通り抜けた。
低くしたまま転がるように場所を移動すれば、とっとっと追いかけるように鉄針が突き刺さる。
「誰だ!!」
声を張り上げる。同時にまた体をひねり鉄針を躱す。
(そこじゃない!危ない…!)
戦鬼は、動かせない体のもどかしさに、早く行かなければならないのにと焦る。
早く行かなければ、早くという不知夜の焦りが伝わる。
鉄針の投げ主を探す、懐に忍ばせる小刀を掴み、投げ武器相手との戦闘の教えを思い出す。
「まず、方角だ……」
飛んできた鉄針の刺さる向きをみる。当然向こうも動いている。新しく飛んでくる鉄針ら はまた違う方を向く。
敵を捉えられない不知夜の焦りに、戦鬼は相対して冷静になっていく。
この子供が相手に対しどこまでやれるのか。門桜がいた時点でここは自身の死因ではない。門桜もここでは無事のはずだと、この夢を忘れないようにと願いながら、静かに成り行きを見守る。
「くそっ!急がないといけないのに」
姿の見えない相手に翻弄され、次第に苛立ちが募る。それが、大きな隙を生む。
躱しきれなかった鉄針が肩に突き刺さる。
振り切って2人の元に行くことも、子供と大人の足では、案内してしまうようなものだ。
「姿さえ見えれば」
鉄針を引き抜き、痛みに呻きながら血のにじむ肩を抑え、次の攻撃に備える。
「わかるのは一瞬……投げる瞬間……」
見逃すなと言い聞かせるように、小さく口の中で呟くと、背を木に預けるようにして死角を防ぎ辺りを見回す。
きらり、目の端で銀が光る。目を細め、そこへ向けて走り込む。
体を低くして、きらめいた光を見失わないように。
飛んできた鉄針を腕で受け止める。ぐしゅと腕を貫く尖った太い針の感触に毛を逆立て、痛みに顔をしかめる。
それでも、ようやく捉えた敵へ向けて小刀を突き当てる。
まさか、そのまま飛び込んでくるとは思っていなかったのだろう、目を見開き驚愕の表情を浮かべた男が、茂みに身を課すそうと、後ろへ飛び下がる。
「逃がさない!」
そのまま強く地面を蹴ると、針を再び構える男に小刀を振りかぶった。
きぃぃんと鉄同士がぶつかり合う甲高い音と火花が散る。
「っく……んのがきがぁ」
男は、想定しない不知夜の行動と、押される力に舌打つと不知夜の腹を蹴り飛ばす。
「っかは……」
腹への一撃に、胃液を吐き出す。背を木に打ち付けられ息がつまる。
咳き込みながら、膝をつく不知夜に、留めだと言わんばかりに目の前に男が立ち、その頭を踏みつける。
「っうぐ……どけ…ろ」
足を掴み離そうとすれば、すっと足が動く。
「っがっ!?」
頭に大きな衝撃が走り横に転がる。衝撃に蹴られたのだと理解するよりも前に、転がり力なく倒れた腕に鉄針が打ち付けられ、地面と縫い付けられる。
その痛みに、目を見開き血の滲む赤い視界で男を睨む。
(強い、勝てない、殺される)不知夜が小さく震える。
それを見た男は下卑た笑みを浮かべると、視点の定まらなくなりつつある不知夜の顎を足先で持ち上げる。
「なぁんだぁ……こいつ鬼じゃねぇのか」
傷の再生が一向に始まらない不知夜に対し、外れかと舌打つ。
そのまましゃがみ、血まみれのその顔を持ち上げて、片眉をあげる。
「こっちは金になんねぇなぁ…おっなぁんだこいつ結構整った顔してんな……まぁいいや、無駄骨だったし楽しむくらいいいだろ。」
殺すんならその前にせっかくだしと、舌なめずりをする。
(こいつ、十六夜相手に何をする気だ……いや、何をされた)
戦鬼は男の言葉が表情が理解できない。それでも嫌な気配だと、動かぬ眉を寄せた。
まだ自由に動く腕で不知夜はもがくように、男に殴りかかる。
「あぶねぇなぁ、あんまり暴れると痛いぜ?暴れなくても優しくしてやる気はねぇけどな」
「っ!?っぐぁ……」
にたにたと笑う男は暴れる不知夜のまだ自由な手に鉄針を突き刺し地面へと縫い付ける。
不知夜は、何をされるのかわからない恐怖に、背筋に冷たいものが走り小さく震える。
不知夜にとって、目の前の男は初めて会った自分以外の人間。だからこそ、男の目的が読めなかった。想像出来なかった。
不知夜が取り落とした小刀を手に取った男は、不知夜の服を裂く。
肌に刃が触れたのか、薄い色をした肌にぷつっと赤い筋が浮かぶ。
「なに…を……」
「あぁ?こんな山奥じゃしらねぇか?」
不知夜の反応に楽しそうにニヤついた男は、初物なら尚更楽しめそうだと赤の生える肌を見下ろした。

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