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第四章
亡霊街路
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どの商品がお勧めだと、客を呼び合う店子、誘われて立ち並ぶ店先の商品に目を落とす客。
賑わう小さな町にたどり着いた壬生達は、ずらりと並ぶ数々の店に視線を巡らす。
「こんなとこにこんな場所あったか…?」
到着して直ぐ壬生は首をひねりながらも、ちょうど旅道具の調達もしたかったからと、立ち寄ることを決めた。
壬生の言葉に眉尻をあげながら、町の中を眺て口を開く。
「壬生も知らない場所?」
そうだなと、おかしいなと、顎を撫で髭を擦りながら頷くと、店や客を観察する。
店主は目深にフードをかぶり、不自然に深い影から目だけが浮かぶ。客も似たような姿であり、どこも顔の見えない者達ばかりだった。
「なぁ、なんであそこの一角だけ黒いんだ?」
「え?あ…あれって……そうかここ」
戦鬼が指差した先はぽっかりと大きな黒い口を開けていた。門桜がそちらへ顔を向ければ、やっぱりと呟いて一人頷く。
周りを見ていた壬生が、その言葉に視線を向ける。
「なんだ、お前は知ってんのか?」
「多分ここ亡霊街路だ…霊影人の国の一部…あの黒いとこに入ればそこに入れるけど、通行証がないと迷宮路に落とされて出てこれなくなるね。気をつけて」
門桜の言葉に驚いた顔をするとここが幻のと、小さく呟くと辺りを見回す。
「ここは、商店街か…」
こうしてたまに外との貿易のために繋がってたりするんだろうと、近くの店に門桜が近寄る。
『もし、ここはメアゴーストの国ですか?』
店の前で、口を開いた門桜の声は微かに鈴の音を含み不思議な音合いをしていた。
尋ねられた店主が小さく首を傾げてから、頷くのを見ると、くるりとしたフードの中に浮かぶ丸い目が細くなる。
門桜が懐から取り出した小さな小袋を受け取った店主は、中を見て嬉しそうにパタリと跳ねる。
「ーーー。ーー!ーーーーー」
『そうですか、ええ、それは良かった。ありがとうございます』
店主が体をパタパタと動かし、なにやら音を発する。それは壬生や戦鬼には、鳥のさえずりか風鳴りか、自然の音としか捉えられなかった。門桜だけが、相槌を打ち、礼を言い戻ってくる。
壬生は鈴音の重なる門桜の声眉を寄せてから、今のと小さく呟く。
「今ちょうど、外の情報を取り入れるために開いてるんだって、珍しいものをくれたから必要なものは好きに持って行っていいって言ってくれてる」
戻ってきた門桜は、店の棚を見回す。
「おい今のって…妖精の声だよな……そんなもんどこで……」
渡したもの気になるが、それよりもだと首を傾げながら、門桜の言葉に混ざっていた鈴の音を指摘する。
「ふぇありー…べる?」と戦鬼が不思議そうに首を傾げれば、門桜がふっと笑ってから「師匠に貰ったもの、どの種族とも会話でき、そしてその言葉が聞き取れる」と説明する。
「特徴はさっきの門桜みたいな声。りんりんと鈴の音が混ざって聞こえる、それ自体の見た目も鈴のようだから、だ。音鬼、そいつの一部って言われてたり妖精の秘宝って言われてたり…存在そのものが噂の域を出ないものだったけど」
目の前で、実際に使われれば本当にあったのだと目を見開く。
「これのことはいいでしょ、早く道具揃えよう、暗くなる前に宿を借りてしまわないと。」
壬生の言葉に眼を細めてから、話を切り上げると棚から、必要なものを手に取っていく。
渋々と言うように、「後で細かい話は聞かせろよ」と壬生も頷けば手分けして必要なものを、門桜を通して店主へと話しながらまとめていく。
「俺はどうしたらいい……?」
困ったように首をひねる戦鬼を門桜が手招けば「渡すものをしまって行って」と荷物を手渡した。
保存食、可燃材、調味料、壊れかけていた道具の新調、消耗品をあらかた揃え終えると、袋を担ぐ。
「ーー?ーーーーー!ーー」
店主に礼を伝え店を後にする前に、店主から声がかかる。身振り手振りを交えて何やら説明しているようで、聞き取れない壬生と戦鬼は、成り行きを見守る。
『えっ…あぁ、はいありがとうございます。ではそこを、これは情報提供のお礼です』
懐から再び何かを差し出すと、店主は受け取れないとでも言うように手と首を横に降る。
『そうですか、わかりました』
りんりんと音を響かせながら門桜は、頭を下げる。二人を引き連れて店を出ると迷う事なく歩き始める。
「さっき何を言ってたんだ?」
壬生が前を歩く門桜に声をかければ、歩みは止めず視線だけを向けた。
「宿を使うならお勧めがあるって教えてもらった…宿を他で探すか、ここを出る」
「はぁ?お勧めがあるならそこに……」
門桜の矛盾した言葉に壬生が眉を寄せると、首を振り少し声のトーンを下げる。
「だめ、さっき私たちは物を受け取ったでしょ。あれは私の渡した、白銀の粒での等価交換。けれど最後の情報は彼の好意だ、情報の対価を受け取ってはくれなかった。」
それが何かと首をひねる戦鬼に、門桜は厳しい顔をして続ける。
「彼らの好意は受け取ってはならない、必ず等価交換、こちらからも見返りを渡さなくちゃいけない。」
でなければ、外に出られなくなるとあたりを歩く人々へ視線を向ける。
やっぱり出口が遠ざかってると舌打つと、楽しそうに笑う旅人と思しき男達の横をすり抜ける。
「彼らを見て」
それは店の主人が手渡したものを受け取った男たちは、くれるのかと身ぶりで尋ねると、店主が頷く。
それを見て得したなと笑う男たちの足元を門桜が指差した。
視線を向けると、影がとられているでしょうと男たちの足元に影がないことを指す。
メアゴーストに影をとられた者は、二度とこの国の外で光を浴びることはできないのだと説明する。
「彼らはあぁして外から人から影を奪って仲間を増やす。影をとられた人は、そのうち自分が何だったかもわからなくなるよ」
目を細めて、小さく息を吐くと、もう手遅れである彼らに哀れみの目を向ける。
「そんな話聞いたこと……」
「メアゴーストのルールに気づいた時には、もう、囚われて外には出られない。忠告されたって、真意は定かじゃないでしょ?」
「なら俺たちは…」
「影ちゃんとついてるでしょう?問題はないよ、たださっき教えられた宿に泊まって仕舞えば私の影はあの店主に取られる」
目を細めて、空牙が常に対価の先出しをしていた理由がわかったと、焦りを浮かべたため息を吐く。
「鬼も捕まるもんなのか?……違う宿を探すより、外に出た方が早そうだな」
鬼という壬生の言葉に曖昧に笑った門桜は、わからないと首を振る。
「まっ野宿は慣れてっから、気にするな。安全を取るなら外だろうな」
門桜の笑みを、影を囚われたことによる罪悪感ととった壬生は、元気付けるように頭を撫でる。
「外に出るなら、日が沈む前に、夜になっても通り歩いてるとそれも影を奪われることになるから」
目を細めてため息を吐く。影が囚われていることで、出口が遠くなり、急がなければ全員がとらわれることになりかねない、門桜は自分の失態に眉を寄せた。
「だったら、急ぐぞ。目視できる距離にさっき入ってきた門があるんだ、あそこまで向かえばこっちのものだろう」
ぽんぽんと撫でると「走るか?」と少し笑ってからかうように片目を閉じれば、足を止めずに進んでるにもかかわらず、縮まらない門の距離を見る。
「私の不注意だすまない。こいつらがどういうものなのか知っていながら油断した」
静かに謝ると再び頭を撫でられる。
「気にするな、お前が知っていてくれたお陰で、知らない俺たちはこうして無事なんだ。」
ぽんぽんと撫でれば、急いで出るぞと二人を急かすように歩みを早める。
「ーー!!ー。ーーーー?」
後ろから風鳴りがする。鈴を持つ門桜はその言葉がわかるのだろうびくりと、肩を震わせてから、振り返りそうになる二人を制止する。
「宿はそっちじゃない、なぜ宿に止まらないの……そう言ってる。多分さっきの店の店主だ、私たちが教えた宿を通り過ぎたから追いかけてきたんだ、反応しないで」
声を無視するように、歩みを早めながら二人に小声で話す。
追いかけてきたってことは外が近いと、少しホッとしたように息を吐く門桜を、隣を歩く戦鬼が、ちら、と見れば、安心させるように手を握る。
驚いたように横を見た門桜は、眉尻を下げて静かに笑う。
壬生は、チラと視線だけで周囲を確認する。さっきまでこちらを気にすることなく歩いていたメアゴーストたちが、全員こちらを見ている。そんな背を通り抜ける冷たさを感じながら、何かあればすぐ抜けるよう、腰の刀に自然と手が伸びる。
「私の影があれから外れかかってる……多分もう直ぐ出れる」
刀に手をかけている壬生に気づいた門桜は、前を見たまま、「もう少しだから抜かないでよ」と冗談めかして笑う。
「うるせぇ、んなことわかってら」
さっきまで、焦るそぶりを見せていた門桜に、どの口が言うかと刀から手を離す。
先ほどまで、いくら進んでも近づかなかった門が、いつのまにか目の前にまで近づいていた。
これで出れると、壬生も、戦鬼もほっと息を吐くと門を抜ける。同時にぐんっと、戦鬼の腕が引っ張られる。
「え……?」
振り返れば門桜が、ゴースト達に囚われていた。門桜はこうなる事をわかっていたかのように、するっと握っていた手を離す。
「……!門桜!」
「っ!おい!」
「大丈夫……少しまってて」
慌てて戻ろうとする二人を制すると、目を細める。じわりと、門が霧に包まれていく。囚われた門桜がゆるりと見えなくなった。
ぱちぱちと木の爆ぜる音。囲うのは二人の男。火に照らされた二人の顔は沈み、互いに言葉を発さず険しい顔で火を見る。
「門桜は……」
「大丈夫って言ってたんだ信じて待つしかねぇだろ……」
何度目かわからないこのやり取り、まだ落ち着いた方だと深く息を吐く。
門ごと門桜が消えてから、「握っていたのに」「また守れなかった」とその腕を何度も地に叩きつけ、行き場のない己への怒りに、取り乱した。
きっとあの道を通る者があったなら、そこで一体どんな化け物が暴れたのだと思うだろう。
落ち着いてきたのは日も傾きかけた頃。鬼の力を抑制する眼帯のおかげか、高まり過ぎた感情に、力を押さえつけられ続けた戦鬼の体力に限界がきた。
それから今まで、大人しくなった戦鬼とこのやり取りを、繰り返している。
「あいつはこうなること、わかってたようだったし…何か考えがあるんだろ」
「うん、その通り……心配かけてごめん」
「ほらみろ、だか……ら、?……門桜!」
もう何回言ったかわからんなと、元気付けるように、戦鬼へ向けて放った言葉に、想定しない返事が返った。
弾かれたように驚き、声のした方へ顔を向ける。そこには、服に破れは見えるものの無傷の門桜が立っていた。
「か……ど、かどざくら!!」
門桜の姿を認めた戦鬼は、直ぐに近寄り強く抱きしめる。「痛いよ」と軽く背を叩いて笑えば壬生の方を見る。
「君がいる方が私は戦いにくいからね……それに、これつけたまま倒すのは無理があったから」
とんっと口元の布を指して、苦笑いする。
「ならせめて、説明しろ!」
「説明して、君たちは私を置いて外に行ってくれるかい?……特に戦鬼」
目を細めてから自分を抱きしめて離さない、戦鬼の頭を撫でると、「これだよ」と戦鬼の状況を指す。
その言葉にそれもそうかと、深く息を吐く。眉を寄せながら頭をかくと、門桜の頭を鷲掴むようにしてワシワシとかき回す。
「っ!ちょっと何するの」
「だとしても、もう少しくらいなにかやりようあっただろうが」
どんだけ心配したと思ってるとグリグリと掻き回せば、ようやく離れた戦鬼の頭に手を置く。
「お前がいなくなってから、こいつ暴れるわ暴れる。手がつけられねぇほど、暴走するんじゃねぇかって、寿命が縮んだわ」
眉を寄せながらこういうのは勘弁してくれとでもいうように、文句を言えば、二人の頭をでたらめに撫で回した。
「で、結局なにがどうなってたんだ?説明しろ」
ようやく落ち着いたと腰を下ろすと、門桜は説明しないとだめ?というように顔をしかめる。「俺も聞きたい…」壬生に加勢すると、じっと門桜を見た。
わかったと観念したように、門桜は肩を落としてから口を開く。
「影を掴まれるとあの場所からでれなくなるんだ、掴んだ奴を倒すか、影を奪われないとね。そして奪われた人間が外に出ると、太陽の下には出られない……なら方法は一つだよね?」
「倒すしかない……?」
戦鬼が首をひねると、その通りと頷く。
「なら、あの場で……」
「彼らのルールに気づいて、抵抗するって事がまずリスク高いんだ。本来は気付いていないフリをしてうまくかわさなくちゃいけない」
気付いている事をメアゴースト達に知られま時、彼らは問答無用で襲ってくる。
外に情報を漏らさないために。
開いた自国に影を持ち込ませるために。
「なんでまたそんな回りくどいこと…」
「彼らが欲しいのは力の強い影…力づくで奪うには骨が折れる。だから、一方的に契約を結ばせて影を貰うの、言葉が通じないのを利用してね。」
対策さえ出来れば、物資調達の場所としては、申し分ない。だからこそ、真実を知る者たちは余計な噂だてしないようにと、皆それぞれ口を閉じる。
結果としてメアゴーストについては、多くが謎の種族、幻の種族と認識することとなっていた。
「なら、追って来たりとかしないのか?」
「それはない、彼らは外に出た個を認識しないから……見失う。だから、次にあの国に入っても、私のことなんてわからないよ。また取られないように、悟られないように、気を付ければ問題なく利用できる」
壬生が辺りを警戒するように言えば、クスクスと笑ってから首を振る。
「どちらにせよ、仮に個を認識できても彼らは私を襲わないだろうね」
目を細める門桜の自信に、なんでだと問いかけてやめた。目の前のこの小柄な子供も鬼は鬼なのだと、細む目元に人ならざる物を感じた壬生は、とんでもないものと一緒にいる事を実感する。
「なんで、襲われないんだ?」
横で戦鬼が首を傾げて聞けば、少し目を開いた門桜が困ったように笑う。
「君って、そういうところが相変わらずだよね……」
壬生は察して黙ったのにと笑うと、私が捕食者だからだよと口をとんっと指す。
この世界に生を受けてる者。
特殊な力を持つ者はそれだけで、餌として優れている。メアゴーストも例外なく、それに当てはまった。
「そういや、お前達は一体どういう関係なんだ、こいつお前をまた守れなかったとか言ってたけど」
交代で休息をとるために、眠っていた門桜が、壬生と交代するために起きてこれば、横になりながら聞く。
「え……そんな事言ってたの?」
壬生の言葉に驚いたように、眠っている戦鬼の方を向く。
「記憶……戻ってきてるのかな?」
「いや、そんな感じではなかったな、また守れかなかった、また居なくなってしまうってうわごとみたいに呟いてたし……」
うぅんと思い出すように呟くと、記憶がない以外にもなんかあるのかと首をひねる。
「戦鬼が人間の頃にね、共に過ごしたってだけだよ」
「それだけで、あんな取り乱すか?」
壬生言葉に苦笑いを浮かべると、首を振る。
「戦鬼が自力で、思い出すまではその過去は、なかった事……それに私は思い出さないでほしいと思ってる……きっとすごく辛いだろうから」
鬼になるくらいの目にあったんだよと目を細めて、戦鬼へ向く。
「それでもあの子が思い出すために動くなら私はその手伝いをする。矛盾してるね」
小さく笑う気配に、壬生は閉じていた目を開き、焚き火の光に揺れる門桜を見た。
「いいんじゃねぇのか、矛盾してて」
俺だって鬼狩りだけど鬼と行動してる、なんて矛盾抱えてんだしと笑えば、再び目を閉じる。
「そうだね」そう呟いた門桜の表情は影になりよくは見えなかった。
賑わう小さな町にたどり着いた壬生達は、ずらりと並ぶ数々の店に視線を巡らす。
「こんなとこにこんな場所あったか…?」
到着して直ぐ壬生は首をひねりながらも、ちょうど旅道具の調達もしたかったからと、立ち寄ることを決めた。
壬生の言葉に眉尻をあげながら、町の中を眺て口を開く。
「壬生も知らない場所?」
そうだなと、おかしいなと、顎を撫で髭を擦りながら頷くと、店や客を観察する。
店主は目深にフードをかぶり、不自然に深い影から目だけが浮かぶ。客も似たような姿であり、どこも顔の見えない者達ばかりだった。
「なぁ、なんであそこの一角だけ黒いんだ?」
「え?あ…あれって……そうかここ」
戦鬼が指差した先はぽっかりと大きな黒い口を開けていた。門桜がそちらへ顔を向ければ、やっぱりと呟いて一人頷く。
周りを見ていた壬生が、その言葉に視線を向ける。
「なんだ、お前は知ってんのか?」
「多分ここ亡霊街路だ…霊影人の国の一部…あの黒いとこに入ればそこに入れるけど、通行証がないと迷宮路に落とされて出てこれなくなるね。気をつけて」
門桜の言葉に驚いた顔をするとここが幻のと、小さく呟くと辺りを見回す。
「ここは、商店街か…」
こうしてたまに外との貿易のために繋がってたりするんだろうと、近くの店に門桜が近寄る。
『もし、ここはメアゴーストの国ですか?』
店の前で、口を開いた門桜の声は微かに鈴の音を含み不思議な音合いをしていた。
尋ねられた店主が小さく首を傾げてから、頷くのを見ると、くるりとしたフードの中に浮かぶ丸い目が細くなる。
門桜が懐から取り出した小さな小袋を受け取った店主は、中を見て嬉しそうにパタリと跳ねる。
「ーーー。ーー!ーーーーー」
『そうですか、ええ、それは良かった。ありがとうございます』
店主が体をパタパタと動かし、なにやら音を発する。それは壬生や戦鬼には、鳥のさえずりか風鳴りか、自然の音としか捉えられなかった。門桜だけが、相槌を打ち、礼を言い戻ってくる。
壬生は鈴音の重なる門桜の声眉を寄せてから、今のと小さく呟く。
「今ちょうど、外の情報を取り入れるために開いてるんだって、珍しいものをくれたから必要なものは好きに持って行っていいって言ってくれてる」
戻ってきた門桜は、店の棚を見回す。
「おい今のって…妖精の声だよな……そんなもんどこで……」
渡したもの気になるが、それよりもだと首を傾げながら、門桜の言葉に混ざっていた鈴の音を指摘する。
「ふぇありー…べる?」と戦鬼が不思議そうに首を傾げれば、門桜がふっと笑ってから「師匠に貰ったもの、どの種族とも会話でき、そしてその言葉が聞き取れる」と説明する。
「特徴はさっきの門桜みたいな声。りんりんと鈴の音が混ざって聞こえる、それ自体の見た目も鈴のようだから、だ。音鬼、そいつの一部って言われてたり妖精の秘宝って言われてたり…存在そのものが噂の域を出ないものだったけど」
目の前で、実際に使われれば本当にあったのだと目を見開く。
「これのことはいいでしょ、早く道具揃えよう、暗くなる前に宿を借りてしまわないと。」
壬生の言葉に眼を細めてから、話を切り上げると棚から、必要なものを手に取っていく。
渋々と言うように、「後で細かい話は聞かせろよ」と壬生も頷けば手分けして必要なものを、門桜を通して店主へと話しながらまとめていく。
「俺はどうしたらいい……?」
困ったように首をひねる戦鬼を門桜が手招けば「渡すものをしまって行って」と荷物を手渡した。
保存食、可燃材、調味料、壊れかけていた道具の新調、消耗品をあらかた揃え終えると、袋を担ぐ。
「ーー?ーーーーー!ーー」
店主に礼を伝え店を後にする前に、店主から声がかかる。身振り手振りを交えて何やら説明しているようで、聞き取れない壬生と戦鬼は、成り行きを見守る。
『えっ…あぁ、はいありがとうございます。ではそこを、これは情報提供のお礼です』
懐から再び何かを差し出すと、店主は受け取れないとでも言うように手と首を横に降る。
『そうですか、わかりました』
りんりんと音を響かせながら門桜は、頭を下げる。二人を引き連れて店を出ると迷う事なく歩き始める。
「さっき何を言ってたんだ?」
壬生が前を歩く門桜に声をかければ、歩みは止めず視線だけを向けた。
「宿を使うならお勧めがあるって教えてもらった…宿を他で探すか、ここを出る」
「はぁ?お勧めがあるならそこに……」
門桜の矛盾した言葉に壬生が眉を寄せると、首を振り少し声のトーンを下げる。
「だめ、さっき私たちは物を受け取ったでしょ。あれは私の渡した、白銀の粒での等価交換。けれど最後の情報は彼の好意だ、情報の対価を受け取ってはくれなかった。」
それが何かと首をひねる戦鬼に、門桜は厳しい顔をして続ける。
「彼らの好意は受け取ってはならない、必ず等価交換、こちらからも見返りを渡さなくちゃいけない。」
でなければ、外に出られなくなるとあたりを歩く人々へ視線を向ける。
やっぱり出口が遠ざかってると舌打つと、楽しそうに笑う旅人と思しき男達の横をすり抜ける。
「彼らを見て」
それは店の主人が手渡したものを受け取った男たちは、くれるのかと身ぶりで尋ねると、店主が頷く。
それを見て得したなと笑う男たちの足元を門桜が指差した。
視線を向けると、影がとられているでしょうと男たちの足元に影がないことを指す。
メアゴーストに影をとられた者は、二度とこの国の外で光を浴びることはできないのだと説明する。
「彼らはあぁして外から人から影を奪って仲間を増やす。影をとられた人は、そのうち自分が何だったかもわからなくなるよ」
目を細めて、小さく息を吐くと、もう手遅れである彼らに哀れみの目を向ける。
「そんな話聞いたこと……」
「メアゴーストのルールに気づいた時には、もう、囚われて外には出られない。忠告されたって、真意は定かじゃないでしょ?」
「なら俺たちは…」
「影ちゃんとついてるでしょう?問題はないよ、たださっき教えられた宿に泊まって仕舞えば私の影はあの店主に取られる」
目を細めて、空牙が常に対価の先出しをしていた理由がわかったと、焦りを浮かべたため息を吐く。
「鬼も捕まるもんなのか?……違う宿を探すより、外に出た方が早そうだな」
鬼という壬生の言葉に曖昧に笑った門桜は、わからないと首を振る。
「まっ野宿は慣れてっから、気にするな。安全を取るなら外だろうな」
門桜の笑みを、影を囚われたことによる罪悪感ととった壬生は、元気付けるように頭を撫でる。
「外に出るなら、日が沈む前に、夜になっても通り歩いてるとそれも影を奪われることになるから」
目を細めてため息を吐く。影が囚われていることで、出口が遠くなり、急がなければ全員がとらわれることになりかねない、門桜は自分の失態に眉を寄せた。
「だったら、急ぐぞ。目視できる距離にさっき入ってきた門があるんだ、あそこまで向かえばこっちのものだろう」
ぽんぽんと撫でると「走るか?」と少し笑ってからかうように片目を閉じれば、足を止めずに進んでるにもかかわらず、縮まらない門の距離を見る。
「私の不注意だすまない。こいつらがどういうものなのか知っていながら油断した」
静かに謝ると再び頭を撫でられる。
「気にするな、お前が知っていてくれたお陰で、知らない俺たちはこうして無事なんだ。」
ぽんぽんと撫でれば、急いで出るぞと二人を急かすように歩みを早める。
「ーー!!ー。ーーーー?」
後ろから風鳴りがする。鈴を持つ門桜はその言葉がわかるのだろうびくりと、肩を震わせてから、振り返りそうになる二人を制止する。
「宿はそっちじゃない、なぜ宿に止まらないの……そう言ってる。多分さっきの店の店主だ、私たちが教えた宿を通り過ぎたから追いかけてきたんだ、反応しないで」
声を無視するように、歩みを早めながら二人に小声で話す。
追いかけてきたってことは外が近いと、少しホッとしたように息を吐く門桜を、隣を歩く戦鬼が、ちら、と見れば、安心させるように手を握る。
驚いたように横を見た門桜は、眉尻を下げて静かに笑う。
壬生は、チラと視線だけで周囲を確認する。さっきまでこちらを気にすることなく歩いていたメアゴーストたちが、全員こちらを見ている。そんな背を通り抜ける冷たさを感じながら、何かあればすぐ抜けるよう、腰の刀に自然と手が伸びる。
「私の影があれから外れかかってる……多分もう直ぐ出れる」
刀に手をかけている壬生に気づいた門桜は、前を見たまま、「もう少しだから抜かないでよ」と冗談めかして笑う。
「うるせぇ、んなことわかってら」
さっきまで、焦るそぶりを見せていた門桜に、どの口が言うかと刀から手を離す。
先ほどまで、いくら進んでも近づかなかった門が、いつのまにか目の前にまで近づいていた。
これで出れると、壬生も、戦鬼もほっと息を吐くと門を抜ける。同時にぐんっと、戦鬼の腕が引っ張られる。
「え……?」
振り返れば門桜が、ゴースト達に囚われていた。門桜はこうなる事をわかっていたかのように、するっと握っていた手を離す。
「……!門桜!」
「っ!おい!」
「大丈夫……少しまってて」
慌てて戻ろうとする二人を制すると、目を細める。じわりと、門が霧に包まれていく。囚われた門桜がゆるりと見えなくなった。
ぱちぱちと木の爆ぜる音。囲うのは二人の男。火に照らされた二人の顔は沈み、互いに言葉を発さず険しい顔で火を見る。
「門桜は……」
「大丈夫って言ってたんだ信じて待つしかねぇだろ……」
何度目かわからないこのやり取り、まだ落ち着いた方だと深く息を吐く。
門ごと門桜が消えてから、「握っていたのに」「また守れなかった」とその腕を何度も地に叩きつけ、行き場のない己への怒りに、取り乱した。
きっとあの道を通る者があったなら、そこで一体どんな化け物が暴れたのだと思うだろう。
落ち着いてきたのは日も傾きかけた頃。鬼の力を抑制する眼帯のおかげか、高まり過ぎた感情に、力を押さえつけられ続けた戦鬼の体力に限界がきた。
それから今まで、大人しくなった戦鬼とこのやり取りを、繰り返している。
「あいつはこうなること、わかってたようだったし…何か考えがあるんだろ」
「うん、その通り……心配かけてごめん」
「ほらみろ、だか……ら、?……門桜!」
もう何回言ったかわからんなと、元気付けるように、戦鬼へ向けて放った言葉に、想定しない返事が返った。
弾かれたように驚き、声のした方へ顔を向ける。そこには、服に破れは見えるものの無傷の門桜が立っていた。
「か……ど、かどざくら!!」
門桜の姿を認めた戦鬼は、直ぐに近寄り強く抱きしめる。「痛いよ」と軽く背を叩いて笑えば壬生の方を見る。
「君がいる方が私は戦いにくいからね……それに、これつけたまま倒すのは無理があったから」
とんっと口元の布を指して、苦笑いする。
「ならせめて、説明しろ!」
「説明して、君たちは私を置いて外に行ってくれるかい?……特に戦鬼」
目を細めてから自分を抱きしめて離さない、戦鬼の頭を撫でると、「これだよ」と戦鬼の状況を指す。
その言葉にそれもそうかと、深く息を吐く。眉を寄せながら頭をかくと、門桜の頭を鷲掴むようにしてワシワシとかき回す。
「っ!ちょっと何するの」
「だとしても、もう少しくらいなにかやりようあっただろうが」
どんだけ心配したと思ってるとグリグリと掻き回せば、ようやく離れた戦鬼の頭に手を置く。
「お前がいなくなってから、こいつ暴れるわ暴れる。手がつけられねぇほど、暴走するんじゃねぇかって、寿命が縮んだわ」
眉を寄せながらこういうのは勘弁してくれとでもいうように、文句を言えば、二人の頭をでたらめに撫で回した。
「で、結局なにがどうなってたんだ?説明しろ」
ようやく落ち着いたと腰を下ろすと、門桜は説明しないとだめ?というように顔をしかめる。「俺も聞きたい…」壬生に加勢すると、じっと門桜を見た。
わかったと観念したように、門桜は肩を落としてから口を開く。
「影を掴まれるとあの場所からでれなくなるんだ、掴んだ奴を倒すか、影を奪われないとね。そして奪われた人間が外に出ると、太陽の下には出られない……なら方法は一つだよね?」
「倒すしかない……?」
戦鬼が首をひねると、その通りと頷く。
「なら、あの場で……」
「彼らのルールに気づいて、抵抗するって事がまずリスク高いんだ。本来は気付いていないフリをしてうまくかわさなくちゃいけない」
気付いている事をメアゴースト達に知られま時、彼らは問答無用で襲ってくる。
外に情報を漏らさないために。
開いた自国に影を持ち込ませるために。
「なんでまたそんな回りくどいこと…」
「彼らが欲しいのは力の強い影…力づくで奪うには骨が折れる。だから、一方的に契約を結ばせて影を貰うの、言葉が通じないのを利用してね。」
対策さえ出来れば、物資調達の場所としては、申し分ない。だからこそ、真実を知る者たちは余計な噂だてしないようにと、皆それぞれ口を閉じる。
結果としてメアゴーストについては、多くが謎の種族、幻の種族と認識することとなっていた。
「なら、追って来たりとかしないのか?」
「それはない、彼らは外に出た個を認識しないから……見失う。だから、次にあの国に入っても、私のことなんてわからないよ。また取られないように、悟られないように、気を付ければ問題なく利用できる」
壬生が辺りを警戒するように言えば、クスクスと笑ってから首を振る。
「どちらにせよ、仮に個を認識できても彼らは私を襲わないだろうね」
目を細める門桜の自信に、なんでだと問いかけてやめた。目の前のこの小柄な子供も鬼は鬼なのだと、細む目元に人ならざる物を感じた壬生は、とんでもないものと一緒にいる事を実感する。
「なんで、襲われないんだ?」
横で戦鬼が首を傾げて聞けば、少し目を開いた門桜が困ったように笑う。
「君って、そういうところが相変わらずだよね……」
壬生は察して黙ったのにと笑うと、私が捕食者だからだよと口をとんっと指す。
この世界に生を受けてる者。
特殊な力を持つ者はそれだけで、餌として優れている。メアゴーストも例外なく、それに当てはまった。
「そういや、お前達は一体どういう関係なんだ、こいつお前をまた守れなかったとか言ってたけど」
交代で休息をとるために、眠っていた門桜が、壬生と交代するために起きてこれば、横になりながら聞く。
「え……そんな事言ってたの?」
壬生の言葉に驚いたように、眠っている戦鬼の方を向く。
「記憶……戻ってきてるのかな?」
「いや、そんな感じではなかったな、また守れかなかった、また居なくなってしまうってうわごとみたいに呟いてたし……」
うぅんと思い出すように呟くと、記憶がない以外にもなんかあるのかと首をひねる。
「戦鬼が人間の頃にね、共に過ごしたってだけだよ」
「それだけで、あんな取り乱すか?」
壬生言葉に苦笑いを浮かべると、首を振る。
「戦鬼が自力で、思い出すまではその過去は、なかった事……それに私は思い出さないでほしいと思ってる……きっとすごく辛いだろうから」
鬼になるくらいの目にあったんだよと目を細めて、戦鬼へ向く。
「それでもあの子が思い出すために動くなら私はその手伝いをする。矛盾してるね」
小さく笑う気配に、壬生は閉じていた目を開き、焚き火の光に揺れる門桜を見た。
「いいんじゃねぇのか、矛盾してて」
俺だって鬼狩りだけど鬼と行動してる、なんて矛盾抱えてんだしと笑えば、再び目を閉じる。
「そうだね」そう呟いた門桜の表情は影になりよくは見えなかった。
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