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第四章
花吹雪
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翌日の朝には、なんともないとした様子の戦鬼に大きな溜息を吐きながら、朝食を済ます。
「今日は国の中見て回るか?それとも早々にここでて次に行くか?」
「うぅん、今日はもう一日羽を伸ばしてもいいかもしれないね、温泉に入りたい」
壬生と合流してちらりと寄った湯屋の前で聞いた、浮かべる花によって効能が変わるのが面白いと門桜は、目を輝かせる。
門桜の言葉に別にいいが運良く、人が来ないとは限らないぞと、眼帯とマスクを外せない二人に、半目で見る。
「それは平気、人払いするから人は来ないよ」
「お前さん時々さらっと言うな…」
ふっと笑みを浮かべて袖をひらつかせた門桜に、こいつも空牙程ではないが実力はかなり上かと目を細める。
結局、寄り合い所で調べた人型種の鬼の中に、猫又と九狐どちらも一致する情報はなかった。猫又に関すればいくつかあったが、そのどれもとも合わない。目の前でふわふわと赤灰色の髪を揺らして、歩く門桜に視線を向け、結局こいつに付いては何もわからないと首を振る。
「戦鬼は先、急ぎたい?」
「いや、面白いからゆっくりでもいい…ただ迷惑をかけないか心配だ」
昨晩倒れたことを指しているのだろう。少ししょんぼりと眉をじりを下げる。
それなら決まりだと、戦鬼の言葉に笑うと、その時はその時だよと振り返り壬生を見る。
「それで壬生は?」
「んぁ?俺は滞在に反対はねぇよ。お前らがいいなら出立は明日の朝にするか?」
頷いた門桜に、思考を戻すと頷いて新しい提案をする。
そうしようと、門桜も戦鬼も頷いた事で、今日は一日国の中を散策することになった。
「昨日は到着も遅かったし、店通りを軽く歩いただけだったけど…やっぱりどこみても綺麗だね」
「ここは本当に綺麗だろ?…ほれ、あそこに飛んでるのは花雪蝶って蝶でな、群れて飛び上がるとそりゃもう綺麗な花吹雪みたいに見えるんだ」
壬生が指差した方に視線を向けると、ふわふわと小さく、花に合わせたように淡いピンクや紫の色をした蝶が数羽飛んでいた。
「あれだけでも、花が飛んでるみたいだな」
名前の由来に納得ができると言うように戦鬼が頷く。
「おっ旅人さんら、その蝶に興味ありで?ならちょうどいいや今晩は華蝶来来だぜ?楽しんでいきなよ」
「ふらんふぇあ?」
「おっ、そうかそりゃちょうどいいタイミングに来てたな。」
壬生が見てくかフランフェアと笑うと、不思議そうに門桜と戦鬼が首をかしげる二人の頭を撫でた。
今年の羽化は盛大だぜと、祭りの話をした男は笑いながら、昨日待合にした時計塔を指差す。
「あの辺りに屋台が出て賑わうぞ、今準備の最中だが…祭り自体はどんなものか楽しみにしてるといい」
男はすげぇぞといえば、来たらうちの屋台にも来てくれよとぽんっと壬生の背を叩くとそのまま立ち去っていった。
てんてんかやかや、太鼓や鐘の音が響く通りは、それほどごった返していると言うほどではないが、程よく人が歩いていた。昼間の男の言う通り、時計塔の下では提灯を下げたいくつもの出店が並んでいた。
酒を片手に歩く男、面を頭に乗せ並んで歩く男女、子に手を引かれ屋台の品を強請られる親、多種に渡りそれぞれの人が楽しそうに笑いあっていた。
「すごいな、昨日までは何もなかったのに…」
まるで違う場所のように様変わりしたとおりに驚いたように目を見開いて呟いた戦鬼に門桜も同意するように頷く。
「あの蝶の羽化の前兆は当日にならんとわからんからな…それに合わせてやる祭りだから、手慣れてんだろ」
合わせて用意されたであろう、組み立てやすい簡単な作りの店に視線を向ける。
だから、狙ってこの祭りに参加することは難しい。
「それでも大体の目星はつけれるんでしょう?」
「いや、結構不規則らしい…なかなか予報は当たらんな」
首を振った壬生にそうなんだと、呟く門桜は戦鬼の手を引いて祭りの人混みを避けるように歩く。
「おっ旦那ら!やっぱりきたな!こっちだこっち!」
蜂蜜がたっぷりと付いた提灯の光に合わせて、きらめく蜂の巣を、口に運ぶと、不思議な風味を持つ甘さが口の中に広がる。うまいなと、堪能する壬生と戦鬼、戦鬼の口元についた蜜を拭き取ってクスクスと笑う門桜が歩いていると、離れたところから声がかかる。
なんだと、3人が顔を上げれば、昼間祭りの話をした男が手を振っていた。
「これは…射的……?」
男の方へ近寄れば門桜が呟く。そこには銃身の長い、先端に瓶の蓋に使われる木栓を詰める、銃によく似たおもちゃが並べられていた。
「やってかないかい?」
にやっと笑って銃を差し出す男に、少し顔を見合わせる。
「やめとけやめとけ、そこの店はぼったくりだぜ」
ぐいっと門桜の頭の上に腕を乗せてきた男が店を指差して首を振る。
「あ?何を根拠に、自分が負けたからってそれはないんじゃねぇかにいちゃん」
へらりと笑って首を傾げた店主に、客の男は眉を寄せてから、銃を指し、倒れないよう威力を下げてあると指摘する。その上、向かいの景品に関しては中に重しでも入れてるんだろう、うまく落ちない加工もされてあり、当てても落とすことは出来ないと首を振る。
「まっすぐ飛ばないようにもしてあるな」
ぽつっと戦鬼が呟く。そちらへ向けば置いてある銃を手に持ち銃口を覗き、弾である木栓を見ていた。
「そんなん作りが甘いだけだろ、重りなんてそんなせこいことしねぇよ、言いがかりはよしてくれ」
店主はかっと赤くなると戦鬼から銃をふんだくり、やらねぇなら帰れと途端に態度を変える。周りも声を荒げる店主になんだなんだと視線を向け、段々と人が集まってくる。
「人が集まってきた、移動しよう」
ぽそりと小さく壬生の裾を引っぱり声をかけると、さっさと立ち去ろうと戦鬼の手を引く。
「あー、そんな声荒げんなよ、悪かったよほらいくぞお前ら」
門桜の言葉に頷いた壬生は、わざとらしく声を上げて言えば、門桜と戦鬼の背を押して人の薄い場所を狙って立ち去る。
遊んだ客も何人かいたのだろう、立ち去る背後から店主に詰め寄るほかの客の声に、皆はすぐにそちらへと意識が向いた。
「とんだめにあった…」
「全く…これだから人間は」
抜け出した3人は、祭り会場から少し離れた場所に、壬生に連れられて着く。門桜と壬生は、疲れたと深く息を吐く。
戦鬼は、ちょっとやってみたかったなと呟き二人から、あの状況で言いだしてくれなくてよかったよと、しらんだ目を向けられる。
「こういう祭りにゃ、やっぱいるもんだなぁ…多分俺らがカモれそうに見えたんだろうな」
あの後、袋叩きににでもあってないといいがと笑いながら、空を見上げそろそろかと呟く。
何がと二人が首をかしげると、壬生は指を指す。
「この辺りはあれがよく見える穴場なんだ」
指差す先では時計塔が下に広がる祭り明かりに照らされていた。
「光の海に浮いてるみたい」
眼に映る光景にへぇと呟き、戦鬼も綺麗だなと頷く。
「おっ話してれば」
壬生の言葉と同時に、時計塔の上部からふわふわと淡い光が漏れ始める。
合わせるように、塔を中心に足元の灯りが輪が広がるように消えていく。
一つふわりと光の塊から、落ちていく。ひらひらと風に舞うように等の周りを揺れ、また上へと上がっていく。
一粒の光を合図に、次々と白い光が飛び出る。それは暗闇の塔から舞う光る花びらのように、一斉に散る。
「あの蝶が花吹雪なんて呼ばれる所以があれだ。名前の通りすごいだろ?あぁやって光るのは羽化してすぐだけなんだ」
広がる光景に目を奪われている二人にくっくと笑う。目を細めて広がる蝶の群れをその光が消えて静かな暗闇に戻るのを眺めた。
祭りも見たいものは終わったとそこそこに、宿に戻る途中通りかかった湯屋で、湯浴みに向かう。
「すごかったな…師匠にも見せたかった」
「そうだね、また来れたらいいけど」
その時にも祭りがやってるか、わからないけどと笑う。
「運が良かったってとこだな」
「壬生はあの祭り知ってたのか?」
番頭に金を払いながら頷くと、この辺りは何度かきてるから、見る機会もあったと頷いた。
「明日に出立送らせておいて良かったな。あれを見ることのできると、旅が安泰なんだよ」
そう言う言い伝えと笑う壬生に、門桜が早々にトラブルに見舞われたけどねと返せば、確かになと3人は笑う。
「射的は面白そうだった」
「旅してるなら、またあるよ」
「あそこだけの特別な遊びでもねぇから、そのうちやれるさ」
相当やりたかったんだなと戦鬼の言葉に、二人は顔を見合わせてから、慰める。
「でも、そんなこと言えるんなら、今日は結構大丈夫だったんだね?」
門桜が、戦鬼の容態にホッとしたように言えば、そう言われれば不思議と昨日以降、感じていないと首をひねった。
「条件がわかってくると、心構えができるからかな…?このまま安定してくれるといいね」
無意識でも変化は起きてるのかなと、話を続けながら風呂場へと向かう。
「人払いは済ませたのか?」
「うん、もう風呂場には人いないと思う。いるのはあそこの番頭だけかな」
頷いて男湯へと向かい、暖簾をくぐる。
空気が湿り気を帯びた広い脱衣場に入ると近めの籠を選び服を脱いでいく。
「っ!ばっかお前…それ、女湯行け女湯!」
服を脱ぎ終われば壬生が驚いたように声を上げる。
なんだ、と壬生をみれば、偶々門桜の方に向いたのだろう壬生が、目頭を押さえていた。
「なぜ私が女湯に行かなければならない?」
「いやどうみても女…んなげせんみたいな顔すんな、俺がしてぇわ」
解せぬと不満そうな顔をした門桜と、頭を抱える壬生に、何故だと言うように戦鬼が首をかしげる。
ため息を吐きながら壬生が門桜の下腹部足の間を指す。追いかけるように視線を向ければ、門桜の足の間には何も無かった。それが問題なのか?と再び首をひねった戦鬼に、だめだこいつらと首を振る。
「その体で男は無理があるだろ、人払いがあってよかったけどよ、せめて言えよ…」
「私に性別はない、ないからといって女であるわけじゃない。というか、見た目なんて別に気にすることでもないでしょ」
首振って心底理解できないという顔で、門桜がジト目で言う。その言葉に見た目の問題だろうと呆れた声で、諦めた用にうなだれる。
「お前が良くても俺達……いやこいつは気にしねぇか……どうせ人払いしてんなら女湯でいいだろ」
「そもそも人の股間見て喚くな」
ぶつぶつと文句を呟く壬生に、腰にタオルを巻きながら半目でいえばすたすたと、風呂場へ向かう。
時々袖の間から見えてはいたがあの腕もたしかに人前では、晒せないなと赤黒い硬殻の腕に視線を向ける。
人間の感性を持ち込む俺がおかしいのか…と頭を抱えながら壬生は、思考を別へとそらそうとぼさっとする戦鬼へ視線を向けてタオルを投げる。
「お前はお前で隠せ前を…ったくこいつら…」
腕、足と所々鱗で覆われた体は、不思議と傷がなく、これも鬼所以なのかと衰えの知らなそうな体に羨ましく思いながら、そのまま、立っている戦鬼にせめて前は隠せと、自分腰に巻いたタオルを指差す。
この先こいつらとやってくんだよなと、風呂にきて余計疲れたとため息を吐きながら壬生は、風呂場へと向かった。
湯浴みも済ませ、祭りも終わりを迎え人の減る通りを抜け宿に戻れば、最後でどっと疲れたと寝台に突っぷす。
「そういや性別がねぇってどういう意味だ」
ふと思い出したように呟く。
「私は人間でいう男でも女でもない、それだけの事。そして私は他と違って標的に合わせて、雌雄をどちらかに寄せることも出来ない」
大元がどっちかによってれば、戦鬼のように基本的な体がもともと決まってるものもいるが、鬼は食べる相手に合わせて誘いやすい性別へと姿を変える。その点でいうなら、鬼の雌雄は好む餌の傾向で変わる。
門桜は、そのどちらかに性を寄せることは出来ず、どちらの性も持てないのだと、そんな事気にしてどうすると言うように説明した。
「そうだったのか…じゃぁ俺みたいなのの方が珍しいのか?」
「珍しくはないよ、鬼は子を為せないし、肉体に性がある必要性がないだけで、大抵は自分の狙いたい餌の傾向に合わせて固定してる事多いから」
私の方が寧ろなかなかいないねと苦笑いを浮かべる。
「なるほどそれはわかったが…次からは、こう言う時はお前は女風呂に入ってくれよ」
「まだ言うの?だから……」
「わぁってるっての!でも気分の問題だっての!こっちはそう言う認識がしっかりしてる人間なんだよ…ぱっと見女に見えると色々困るんだよ」
壬生が勘弁してくれと呟くと、門桜が何か気づいたように眉を寄せて黙る。
「まさかと思うけど…私にそう言う視線を向けてるっていわないよね?」
「んなわけねぇだろ!ガキの裸なんぞ見て勃つわけないだろ、そう言う話じゃねぇよ…あーもう、どっちでもない、気にしないなら女湯でもいいだろうがよなんで男湯にこだわるんだお前は…」
はぁと疲れたように言えば、門桜はすこし不満そうな顔をしながら、私だけ一人で入るのは嫌だと小さく呟く。
門桜の言葉にキョトンとした壬生は、拗ねたように顔をそらす姿に、思わず吹き出す。
「あー、なんだ寂しいから嫌なのか……」
「寂しいわけでは……!」
「なら女湯でいいだろ?」
くっくと笑いながら指摘すれば反論しようとして、壬生の言葉におし黙るとさらに機嫌悪そうにそっぽを向く。
体を起こすと、素直でよろしいと言うように門桜の頭を撫でてから、そんなに言うなら仕方ねぇなと、見た目で気にしてるのは自分だけでもあるし此処は折れるかと笑う。
「馬鹿にしてるだろ…」
「いんやー、思ったより可愛いとこあんだなと感心してるんだよ、なぁ戦鬼」
「可愛い…?まぁ門桜は可愛いな、小さいし」
「戦鬼まで……」
戦鬼の言葉に毒気を抜かれたように、脱力するともうそれでいいよと不満そうに呟いた。
「今日は国の中見て回るか?それとも早々にここでて次に行くか?」
「うぅん、今日はもう一日羽を伸ばしてもいいかもしれないね、温泉に入りたい」
壬生と合流してちらりと寄った湯屋の前で聞いた、浮かべる花によって効能が変わるのが面白いと門桜は、目を輝かせる。
門桜の言葉に別にいいが運良く、人が来ないとは限らないぞと、眼帯とマスクを外せない二人に、半目で見る。
「それは平気、人払いするから人は来ないよ」
「お前さん時々さらっと言うな…」
ふっと笑みを浮かべて袖をひらつかせた門桜に、こいつも空牙程ではないが実力はかなり上かと目を細める。
結局、寄り合い所で調べた人型種の鬼の中に、猫又と九狐どちらも一致する情報はなかった。猫又に関すればいくつかあったが、そのどれもとも合わない。目の前でふわふわと赤灰色の髪を揺らして、歩く門桜に視線を向け、結局こいつに付いては何もわからないと首を振る。
「戦鬼は先、急ぎたい?」
「いや、面白いからゆっくりでもいい…ただ迷惑をかけないか心配だ」
昨晩倒れたことを指しているのだろう。少ししょんぼりと眉をじりを下げる。
それなら決まりだと、戦鬼の言葉に笑うと、その時はその時だよと振り返り壬生を見る。
「それで壬生は?」
「んぁ?俺は滞在に反対はねぇよ。お前らがいいなら出立は明日の朝にするか?」
頷いた門桜に、思考を戻すと頷いて新しい提案をする。
そうしようと、門桜も戦鬼も頷いた事で、今日は一日国の中を散策することになった。
「昨日は到着も遅かったし、店通りを軽く歩いただけだったけど…やっぱりどこみても綺麗だね」
「ここは本当に綺麗だろ?…ほれ、あそこに飛んでるのは花雪蝶って蝶でな、群れて飛び上がるとそりゃもう綺麗な花吹雪みたいに見えるんだ」
壬生が指差した方に視線を向けると、ふわふわと小さく、花に合わせたように淡いピンクや紫の色をした蝶が数羽飛んでいた。
「あれだけでも、花が飛んでるみたいだな」
名前の由来に納得ができると言うように戦鬼が頷く。
「おっ旅人さんら、その蝶に興味ありで?ならちょうどいいや今晩は華蝶来来だぜ?楽しんでいきなよ」
「ふらんふぇあ?」
「おっ、そうかそりゃちょうどいいタイミングに来てたな。」
壬生が見てくかフランフェアと笑うと、不思議そうに門桜と戦鬼が首をかしげる二人の頭を撫でた。
今年の羽化は盛大だぜと、祭りの話をした男は笑いながら、昨日待合にした時計塔を指差す。
「あの辺りに屋台が出て賑わうぞ、今準備の最中だが…祭り自体はどんなものか楽しみにしてるといい」
男はすげぇぞといえば、来たらうちの屋台にも来てくれよとぽんっと壬生の背を叩くとそのまま立ち去っていった。
てんてんかやかや、太鼓や鐘の音が響く通りは、それほどごった返していると言うほどではないが、程よく人が歩いていた。昼間の男の言う通り、時計塔の下では提灯を下げたいくつもの出店が並んでいた。
酒を片手に歩く男、面を頭に乗せ並んで歩く男女、子に手を引かれ屋台の品を強請られる親、多種に渡りそれぞれの人が楽しそうに笑いあっていた。
「すごいな、昨日までは何もなかったのに…」
まるで違う場所のように様変わりしたとおりに驚いたように目を見開いて呟いた戦鬼に門桜も同意するように頷く。
「あの蝶の羽化の前兆は当日にならんとわからんからな…それに合わせてやる祭りだから、手慣れてんだろ」
合わせて用意されたであろう、組み立てやすい簡単な作りの店に視線を向ける。
だから、狙ってこの祭りに参加することは難しい。
「それでも大体の目星はつけれるんでしょう?」
「いや、結構不規則らしい…なかなか予報は当たらんな」
首を振った壬生にそうなんだと、呟く門桜は戦鬼の手を引いて祭りの人混みを避けるように歩く。
「おっ旦那ら!やっぱりきたな!こっちだこっち!」
蜂蜜がたっぷりと付いた提灯の光に合わせて、きらめく蜂の巣を、口に運ぶと、不思議な風味を持つ甘さが口の中に広がる。うまいなと、堪能する壬生と戦鬼、戦鬼の口元についた蜜を拭き取ってクスクスと笑う門桜が歩いていると、離れたところから声がかかる。
なんだと、3人が顔を上げれば、昼間祭りの話をした男が手を振っていた。
「これは…射的……?」
男の方へ近寄れば門桜が呟く。そこには銃身の長い、先端に瓶の蓋に使われる木栓を詰める、銃によく似たおもちゃが並べられていた。
「やってかないかい?」
にやっと笑って銃を差し出す男に、少し顔を見合わせる。
「やめとけやめとけ、そこの店はぼったくりだぜ」
ぐいっと門桜の頭の上に腕を乗せてきた男が店を指差して首を振る。
「あ?何を根拠に、自分が負けたからってそれはないんじゃねぇかにいちゃん」
へらりと笑って首を傾げた店主に、客の男は眉を寄せてから、銃を指し、倒れないよう威力を下げてあると指摘する。その上、向かいの景品に関しては中に重しでも入れてるんだろう、うまく落ちない加工もされてあり、当てても落とすことは出来ないと首を振る。
「まっすぐ飛ばないようにもしてあるな」
ぽつっと戦鬼が呟く。そちらへ向けば置いてある銃を手に持ち銃口を覗き、弾である木栓を見ていた。
「そんなん作りが甘いだけだろ、重りなんてそんなせこいことしねぇよ、言いがかりはよしてくれ」
店主はかっと赤くなると戦鬼から銃をふんだくり、やらねぇなら帰れと途端に態度を変える。周りも声を荒げる店主になんだなんだと視線を向け、段々と人が集まってくる。
「人が集まってきた、移動しよう」
ぽそりと小さく壬生の裾を引っぱり声をかけると、さっさと立ち去ろうと戦鬼の手を引く。
「あー、そんな声荒げんなよ、悪かったよほらいくぞお前ら」
門桜の言葉に頷いた壬生は、わざとらしく声を上げて言えば、門桜と戦鬼の背を押して人の薄い場所を狙って立ち去る。
遊んだ客も何人かいたのだろう、立ち去る背後から店主に詰め寄るほかの客の声に、皆はすぐにそちらへと意識が向いた。
「とんだめにあった…」
「全く…これだから人間は」
抜け出した3人は、祭り会場から少し離れた場所に、壬生に連れられて着く。門桜と壬生は、疲れたと深く息を吐く。
戦鬼は、ちょっとやってみたかったなと呟き二人から、あの状況で言いだしてくれなくてよかったよと、しらんだ目を向けられる。
「こういう祭りにゃ、やっぱいるもんだなぁ…多分俺らがカモれそうに見えたんだろうな」
あの後、袋叩きににでもあってないといいがと笑いながら、空を見上げそろそろかと呟く。
何がと二人が首をかしげると、壬生は指を指す。
「この辺りはあれがよく見える穴場なんだ」
指差す先では時計塔が下に広がる祭り明かりに照らされていた。
「光の海に浮いてるみたい」
眼に映る光景にへぇと呟き、戦鬼も綺麗だなと頷く。
「おっ話してれば」
壬生の言葉と同時に、時計塔の上部からふわふわと淡い光が漏れ始める。
合わせるように、塔を中心に足元の灯りが輪が広がるように消えていく。
一つふわりと光の塊から、落ちていく。ひらひらと風に舞うように等の周りを揺れ、また上へと上がっていく。
一粒の光を合図に、次々と白い光が飛び出る。それは暗闇の塔から舞う光る花びらのように、一斉に散る。
「あの蝶が花吹雪なんて呼ばれる所以があれだ。名前の通りすごいだろ?あぁやって光るのは羽化してすぐだけなんだ」
広がる光景に目を奪われている二人にくっくと笑う。目を細めて広がる蝶の群れをその光が消えて静かな暗闇に戻るのを眺めた。
祭りも見たいものは終わったとそこそこに、宿に戻る途中通りかかった湯屋で、湯浴みに向かう。
「すごかったな…師匠にも見せたかった」
「そうだね、また来れたらいいけど」
その時にも祭りがやってるか、わからないけどと笑う。
「運が良かったってとこだな」
「壬生はあの祭り知ってたのか?」
番頭に金を払いながら頷くと、この辺りは何度かきてるから、見る機会もあったと頷いた。
「明日に出立送らせておいて良かったな。あれを見ることのできると、旅が安泰なんだよ」
そう言う言い伝えと笑う壬生に、門桜が早々にトラブルに見舞われたけどねと返せば、確かになと3人は笑う。
「射的は面白そうだった」
「旅してるなら、またあるよ」
「あそこだけの特別な遊びでもねぇから、そのうちやれるさ」
相当やりたかったんだなと戦鬼の言葉に、二人は顔を見合わせてから、慰める。
「でも、そんなこと言えるんなら、今日は結構大丈夫だったんだね?」
門桜が、戦鬼の容態にホッとしたように言えば、そう言われれば不思議と昨日以降、感じていないと首をひねった。
「条件がわかってくると、心構えができるからかな…?このまま安定してくれるといいね」
無意識でも変化は起きてるのかなと、話を続けながら風呂場へと向かう。
「人払いは済ませたのか?」
「うん、もう風呂場には人いないと思う。いるのはあそこの番頭だけかな」
頷いて男湯へと向かい、暖簾をくぐる。
空気が湿り気を帯びた広い脱衣場に入ると近めの籠を選び服を脱いでいく。
「っ!ばっかお前…それ、女湯行け女湯!」
服を脱ぎ終われば壬生が驚いたように声を上げる。
なんだ、と壬生をみれば、偶々門桜の方に向いたのだろう壬生が、目頭を押さえていた。
「なぜ私が女湯に行かなければならない?」
「いやどうみても女…んなげせんみたいな顔すんな、俺がしてぇわ」
解せぬと不満そうな顔をした門桜と、頭を抱える壬生に、何故だと言うように戦鬼が首をかしげる。
ため息を吐きながら壬生が門桜の下腹部足の間を指す。追いかけるように視線を向ければ、門桜の足の間には何も無かった。それが問題なのか?と再び首をひねった戦鬼に、だめだこいつらと首を振る。
「その体で男は無理があるだろ、人払いがあってよかったけどよ、せめて言えよ…」
「私に性別はない、ないからといって女であるわけじゃない。というか、見た目なんて別に気にすることでもないでしょ」
首振って心底理解できないという顔で、門桜がジト目で言う。その言葉に見た目の問題だろうと呆れた声で、諦めた用にうなだれる。
「お前が良くても俺達……いやこいつは気にしねぇか……どうせ人払いしてんなら女湯でいいだろ」
「そもそも人の股間見て喚くな」
ぶつぶつと文句を呟く壬生に、腰にタオルを巻きながら半目でいえばすたすたと、風呂場へ向かう。
時々袖の間から見えてはいたがあの腕もたしかに人前では、晒せないなと赤黒い硬殻の腕に視線を向ける。
人間の感性を持ち込む俺がおかしいのか…と頭を抱えながら壬生は、思考を別へとそらそうとぼさっとする戦鬼へ視線を向けてタオルを投げる。
「お前はお前で隠せ前を…ったくこいつら…」
腕、足と所々鱗で覆われた体は、不思議と傷がなく、これも鬼所以なのかと衰えの知らなそうな体に羨ましく思いながら、そのまま、立っている戦鬼にせめて前は隠せと、自分腰に巻いたタオルを指差す。
この先こいつらとやってくんだよなと、風呂にきて余計疲れたとため息を吐きながら壬生は、風呂場へと向かった。
湯浴みも済ませ、祭りも終わりを迎え人の減る通りを抜け宿に戻れば、最後でどっと疲れたと寝台に突っぷす。
「そういや性別がねぇってどういう意味だ」
ふと思い出したように呟く。
「私は人間でいう男でも女でもない、それだけの事。そして私は他と違って標的に合わせて、雌雄をどちらかに寄せることも出来ない」
大元がどっちかによってれば、戦鬼のように基本的な体がもともと決まってるものもいるが、鬼は食べる相手に合わせて誘いやすい性別へと姿を変える。その点でいうなら、鬼の雌雄は好む餌の傾向で変わる。
門桜は、そのどちらかに性を寄せることは出来ず、どちらの性も持てないのだと、そんな事気にしてどうすると言うように説明した。
「そうだったのか…じゃぁ俺みたいなのの方が珍しいのか?」
「珍しくはないよ、鬼は子を為せないし、肉体に性がある必要性がないだけで、大抵は自分の狙いたい餌の傾向に合わせて固定してる事多いから」
私の方が寧ろなかなかいないねと苦笑いを浮かべる。
「なるほどそれはわかったが…次からは、こう言う時はお前は女風呂に入ってくれよ」
「まだ言うの?だから……」
「わぁってるっての!でも気分の問題だっての!こっちはそう言う認識がしっかりしてる人間なんだよ…ぱっと見女に見えると色々困るんだよ」
壬生が勘弁してくれと呟くと、門桜が何か気づいたように眉を寄せて黙る。
「まさかと思うけど…私にそう言う視線を向けてるっていわないよね?」
「んなわけねぇだろ!ガキの裸なんぞ見て勃つわけないだろ、そう言う話じゃねぇよ…あーもう、どっちでもない、気にしないなら女湯でもいいだろうがよなんで男湯にこだわるんだお前は…」
はぁと疲れたように言えば、門桜はすこし不満そうな顔をしながら、私だけ一人で入るのは嫌だと小さく呟く。
門桜の言葉にキョトンとした壬生は、拗ねたように顔をそらす姿に、思わず吹き出す。
「あー、なんだ寂しいから嫌なのか……」
「寂しいわけでは……!」
「なら女湯でいいだろ?」
くっくと笑いながら指摘すれば反論しようとして、壬生の言葉におし黙るとさらに機嫌悪そうにそっぽを向く。
体を起こすと、素直でよろしいと言うように門桜の頭を撫でてから、そんなに言うなら仕方ねぇなと、見た目で気にしてるのは自分だけでもあるし此処は折れるかと笑う。
「馬鹿にしてるだろ…」
「いんやー、思ったより可愛いとこあんだなと感心してるんだよ、なぁ戦鬼」
「可愛い…?まぁ門桜は可愛いな、小さいし」
「戦鬼まで……」
戦鬼の言葉に毒気を抜かれたように、脱力するともうそれでいいよと不満そうに呟いた。
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