鬼神伝承

時雨鈴檎

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第五章

龍と大国

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見上げた小屋は、小屋というよりは、何かの施設だったかのような。
複数の木杭の上に建てられた高床。
床より一回りほど小さく、四方を外廊下に囲まれるような作りの建物。
木組みの合間を土壁と思われる壁で覆われている。
屋根はせり出し、外廊下にかぶるように作られた四隅には、灯籠がかけられていた。
入り口は、山のように積まれた酒瓶や屑で風情はないが、両開きの重厚な扉があった。
扉の上部や窓は、四角く区切られた間に白い紙が貼られていた。
所々穴が空いていたり、穴を直した跡だろう、少し色の濃くなっている箇所も見られる。

戦鬼は既視感に首をひねる。門桜が何事か思案するように、建物をじっと見つめて黙り込んだ。
夢の中、空牙と母龍が寛いでいた場所を思い出す。
「やっぱり、屋根からそんな気はしてたけど……不知夜達が暮らしてた小屋によく似ている」
戦鬼が思ったことに気づいたのだろう、笑いながら門桜が呟く。
「あぁ……見たことあると思ったらそう言う事か」
門桜の呟きに頷くと、だから夢の中のを思い出したのかと納得する。
多少違いはあれど、目の前の建物は記憶の中の物とよく似ていた。

「おい、お前ら何してんだ。早く来い」
立ったままの2人に気づいた壬生が、振り返ると、手招いた。
その日は夜も遅く、壬生とシシィが10年ぶりだと酒を飲み交わし、長旅で疲れただろうと布団を用意し、久方振りの布団で体を休めた。

急ぐ旅でもないからと、翌日は、旅で汚れた服の洗濯や、壬生が落ち着かないからと、散らかっている小屋の片付けを済ませた。
戦鬼は、シシィに魔獣石を喰ったんなら検査させろと追い回され、逃げ回っていたのは言うまでもない。
シシィに触れられる事を拒むように逃げる戦鬼を見かねた壬生に、いい加減にしろとシシィにげんこつを落とした事で、それには触れない事となった。異変があればすぐ言うようにそれだけは約束させていた。

食休みに話をしようということになり、革張りの3人でも座れそうな大きな椅子の中心に腰掛けるシシィ。
机を挟んで、向かいに同じサイズの椅子に、並んでくっつくように座る門桜と戦鬼。
壬生は、革張りと作りは同じだが半分ほどのサイズになった、1人がけの椅子に腰掛ける。
四人はコの字を描くように机を囲んだ。

「さて、わっちに聞きたい事ってなんにゃ?」
腰を落ち着かせてこっちも聞きたい事があると言わんばかりに膝に肘を、その上で組んだ手に顎を乗せる。
少し、緊張した顔で門桜が口を開く。
「この辺りでかつて……正確な年数はわからないけど、私が知る限りは9千年は超えてると思う……その頃に栄えてた女ノ国めのくにえぇと……正式な国名はわからないけど、女性が多く王政も女性中心でした。」
遺跡でも、噂でも知ってることや話は聞かないかと首をかしげる。

「ふぅむ……随分と古い、そういえば君達を預けたのがあの酒場の者にゃら……調べてた始祖龍とも関係あるのかにゃ?」
9千年という言葉に目を細めると、探るように空牙の酒場での言葉を思い出す。
門桜が悩みながらも小さく頷く。
「信じられないかもしれないけど、始祖龍はおとぎ話じゃない……」
「んにゃ、知ってる。その様子だと彼は気づいてにゃーな?当時を知る者ならそのまま過ぎると思える内容だったんだがにゃぁ」
門桜の言葉に、至極あっさりと頷くと、人間側の歴史としてと付け足し、含みを見せた笑みを浮かべた。

「それはどういう……」
「そのままの意味にゃぁ、もうあの辺りにあの言い伝えは残ってにゃい。調べてけばわかるがにゃぁ……」
似たようなおとぎ話なら、形を変えていろいろ残っているけどと笑うと、指をぴんと立てる。
「そういえば、師匠あれから、惜しい事をしたって言ってたけどもしかして……貴女の話のことか」
ふと思い出したように門桜が手を打つと、シシィを見る。空牙の話では男だったはずでは、と首をひねる。
「んにゃはは、わっちは此処を出るときは男に化けてるからにゃ」
門桜の視線に気づけば、くすくすと笑って口元に手を当てる。壬生も俺も最初はびっくりしたというように、苦笑いを浮かべた。

「貴方は、あの国と始祖龍に起きた事を知ってるんですか?」
「そこが知りたいか。あぁ、君らが求めてる国と龍の事かどうかはわからにゃいが、一つの国と龍の話にゃら知っている……と言っても完全にゃ真実とはいえにゃいが」
それでもいいならと言うシシィに門桜が頷くと、知りうる限りの出来事を語り始めた。


まだ人と神が密接に関わり合っていた神代かみよりの時代から続く、地に降った女神を祖とする女大国あまたいこく-天衣龍國あまのいたつくのくに-そこで起きた、滅亡の悲劇。
天衣龍國が龍の首を打ち取った事が全ての始まりだった。
龍の首、特にその目には力が宿るとされ、龍狩りが盛んに行われていた時代もある。中でも言語持つ龍は特に優れるとされた。
言葉を持つ龍がほとんど滅び、その中で生き延びていたのが、黒衣の龍。

龍は、突如国に飛来し力の限り城を崩し、暴れたかと思えば、城下には目もくれず立ち去った。
王は辛うじて一命を取り留めたが、その傷は大きく、城も大破し多くの騎士が命を落とした。数年後王も、傷が元で亡くなった。
国の民は、象徴である城を、王を穢されたと怒り嘆いた。そして、王は「かの龍への復讐を復興の基礎とせよ」そう龍への復讐を願い最期まで探し続けた。王亡き後、王となった王の子は民と共にその意思を受け継ぎ、数年にわたり探し回った。

ひとりの少女が神の声を聞いた。その少女は、龍はここにいると死した山を指す。
春だというのに、木々は眠るように葉を落とし大地は白い雪に覆われ、音ひとつしない山は、生命の息吹も時の流れもない閉じた山。
生き物のいない山に龍がいるものかと半信半疑でありながらも、民は若き王を神の声を聞く少女を担ぎ上げ山へ向かう。
山頂近く色を失った草木に紛れ、そこに龍はいた。黒い大きな体を丸め規則的に体を揺らし眠っていた。

若き王は神の声を聞く少女とともに勇猛に、龍を打ち取った。結果として人々はその首を持ち帰る事が叶う。そうして、国は再び栄、民達の生活も潤った。

それだけで終わるのなら、今もなお国は残っていただろう。恐ろしき黒龍を討ち取った誉ある素晴らしい国として。龍の首は得た万年の富を持つ国として。
しかし、討たれた龍は奪われた首を求め、再び国へ降り立った。荒れ、怒り狂う龍は最早美しかった黒は消えていた。禍々しい赤と黒を纏い、神の声を聞く少女を、若き王を、国そのものを食い荒らし、動くものはひとつも許さず破壊し尽くした。


「随分と……」
「都合がいい話にゃ?」
これがあの国の最期の話しと括ったシシィに門桜は眉を寄せる。口ごもる門桜の言いたい言葉を繋げるシシィに頷く。
「まるで悪しき龍を倒した英雄国が、その龍の逆恨みをかって滅ぼされたみたいだ」門桜が苦虫を噛み潰したような渋い顔で呟く。
「何故、最初に龍が城を襲ったのかそれもわかんねぇよな」
壬生が繋げて首をひねる。
シシィもわかるのはこれぐらいと苦笑いを浮かべて首を振った。

「龍って首がなくなっても動くんだな」
ぽつりと、戦鬼が呟く。
戦鬼は少し眉を寄せながら、首がじわじわと熱くなるのを感じさする。
「そう、言われてるだけで実際それが龍ではにゃい、わっちはその暴れた龍は鬼にゃと思ってる」
山を閉じれる龍は、祖そのものか、祖の力を受け継ぐ知恵ある龍だけなのだからと目を細める。
その龍が首を奪われた恨みを持ったのなら可能性はあるにゃと目を細めた。

「なぁ、そのさっきから言う山を閉じるってなんだ?」
鬼という言葉にピクリと反応した戦鬼を、横目に見ながら、疑問を口にする。

「ある一定の範囲の力の流れを抑制するんだ。この世界には、人間が扱える精脈、鬼だけが扱える鬼脈、龍の力と言われる龍脈、そして神の宿る神脈。4つの力がある。
人間の中にはたまに龍脈を扱えたり、神脈を視ることのできる存在もいるけど……。
神の脈はその世界に流れる基礎みたいなもの。祖となる龍はそれを留め、新しく流れ込む力を止める事ができる。全ての脈を自在に扱えるんだ。無論それぞれ得意不得意はあるけど、そうすると、土地は時間の流れが止まって、住んでいた生き物たちはその時、深い眠りにつく、大地の主人がもう一度力を流すまで」

閉じる事で力が飽和し弱った大地に力を戻す目的がある。影虚えんろに侵されたとしても、少量ならそれで取り戻せる。
閉じるには危険も大きく、長く閉じれば閉じるほど、眠っている命が徐々に失われていく。そして、中途半端な力であれば逆に、影虚の餌。

門桜が、つらつらと話してからしまったという顔をしてシシィを見る。当たり前のように龍ではなく、龍の恨みによって生まれたいた鬼と話したシシィにつられて、鬼だけが、正確には祖龍を身近にしていた時代の者たちのみが知る話をしてしまった。
何よりその話ぶりが……。

「なるほどなぁ……全然話からねぇ…精脈ってのは魔力とかそういうののことか?」
「そうだね、魔力とかは、精脈の一部だ。精霊たちもそうだよ。それぞれの力が流れから外れて意識を持ったもの」
壬生の質問に答えて、静かに誤魔化す方法を考えていると、壬生がそう言えばと顎を擦りシシィへ向き直る。
「にしたってよぉ、シシィお前の話はまるで見てきたみたいな話だな?それに、龍が恨みで鬼になるなんて、聞いた事ねぇぞ」
門桜がシシィへ向けて思ったことと同じことを壬生も思っていたのだろう、何故そこまで詳しいと訝しげに視線を向ける。

鬼になる方法を本来は知らない、門桜から聞いていたからすんなりと納得できるが、シシィは聞く前からそう言った。壬生は知らぬ話のふりをしながらたずねる。
「にゃはは、そうにゃぁ、普通は、龍が悪と思うにゃ……だからこそわっちは……」
「違う!あの龍母上は我欲で人を襲う事をしない!」
シシィが龍が悪と言った瞬間戦鬼が目を見開き、叫ぶ。

「せっ…戦鬼?急にどうしたの落ち着いて」
話を中断されたシシィが驚いたように、戦鬼へ目を向ける。門桜も突然の戦鬼の行動に慌ててなだめようと、首を押さえながらシシィをにらみつける戦鬼の背を撫でた。
それまで静かだった戦鬼が、これまで何度か起こした発作以上に、シシィへ向けて嫌悪の憎悪の表情を向けた。

「シシィ、貴女にはまだ聞きたいことが山ほどある……けれど少しそれどころじゃなくなった。今日はここまで……聞いてる身で申し訳ないが私と彼の二人にさせてほしい」
壬生も少し席を外してと、今にもシシィへ向けてその爪を立てようとする戦鬼を抱き止めながら、壬生とシシィに視線を向ける。
状況的にその方がいいと判断した壬生は、視線だけで門桜へ大丈夫かと訪ねてから静かに立つ。シシィも頷くと立ち上がる。
「わっちも聞きたい事以上に君達に少し興味が湧いたにゃ……また後でゆっくりと」
去り際に振り返ると目元に弧を浮かべて微笑めば、含ませる笑みを浮かべて門桜へ視線を投げてから出て行った。


戦鬼が落ち着き、漸く息をついた門桜は静かに、戦鬼と対面する。
「わかってる、神月様はそんなことをしない。あれは人間側のわかる歴史なんだ」
「すまん……気づいたら勝手に動いてた」
何度目かわからない門桜の言葉に、戦鬼が息を吐いて止めてくれてありがとうと礼を言う。
にこりと笑えば戦鬼の頭をゆっくりと撫でた。

「まだ、さっきの話が神月様の話である確証は無いけど、ほぼ確定と考えてもいいと思う。多分最初の城への攻撃あれは、何か訳があったはずだ」
少し考えるように黙り込むと戦鬼を見る。
「母上は……おれ…不知夜を助けに来たんだ」
こめかみをおさえ少し眉を寄せるとぽつりと呟く。門桜も頷く、あの静かな黒龍が激情を表すなど、己のことではなくきっと大切な何かのためだ。
思い出さなくてもいいと思いながらも、思い出す手伝いをしている自分に自重気味に笑うと、立ち上がる。

「門桜?」
「戦鬼、君はもしかしたら……いや、やめておこう。思い出してから話すよ……」
神託を受けた少女の話を聞いた時から考えていることだった。言いかけた言葉を飲み込むと、不思議そうに見上げる戦鬼の頭を撫でる。思い出して欲しい、思い出して欲しくない……矛盾していると、不思議そうに見上げる戦鬼に笑いかけた。
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