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第五章
失われた言葉
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戦鬼が落ち着き、小屋の裏側に出ると一人になった門桜は、やはりこの建物はと呟く。
似ていると思っていたが中の間取りは、そのままだった。壬生掃除に付き合いあちこちの部屋を回ったが、思った通りの位置に部屋があり、窓があり、扉があった。
「この山は……」
以前よりも小屋の位置は遥か上にある。今いる山は、住んでいた頃に比べ明らかに上へと伸びてはいる。
全容は見えない上、山頂からこの山の距離を測ったところで形も大きく変わっている為あてにはならないが、それでも確信する。
コヨーテルの短期間での大型化に変異。すべての脈が集まる要地や同種又か近い種の魔獣を食えば可能ではある、しかし、何百年と必要になる。コヨーテルは群で生活するため、滅多に共食いはしない種。そしてこの山の原生魔獣は上層の結界の中。近い種がいたとしても、十年ほどの短期間、ここにいる程度の数を食べただけで育つわけがない。例え、要地で共食いをしていたとしても難しい。三頭首まで上がるならそれは、もっと強い別の要因、それこそ龍の血が染み込んだ大地である可能性が高い。
「あの話の通りなら、神月様は山の中で死んでる……多分山を閉じたのは不知夜のためだ」
ぶつぶつと考えに耽る門桜の元にざりりと近づく足音が響く。
視線だけを音の方に向ければ、歩みに合わせ頭の上部でくくり上げられた桃紫の髪を揺らし、機嫌よくこちらに向かってくるシシィだった。かさり、近くで草が風に揺れた。
「ウルゥト ザブオス ルゥファ トゥイズイ?」
シシィの笑みが月明かりに照らされると、シシィから懐かしい音が響く。その言葉に門桜が驚き、赤い目が溢れんばかりに見開いて固まった。
「なぜ……その言葉を」
金縛りにあったように動けない門桜が、なんとか声を絞り出せば、シシィが大きく笑い声をあげた。びくりと跳ね、警戒の色を見せる門桜に目を弧に歪める。
「やはり、古代語を理解出来るにゃな。にゃら改めて名を明かすにゃ。わっちはセシリア、セシリア・クライス・オールディア」
白衣を大げさに広げながら膝をつき、恭しく礼をすると、ぽかんと見下ろす門桜の前で名乗りあげる。
「古の人……」
自然と門桜の体に力が入る。
古の人オールディア、彼の名を持つものには注意しろ、それが空牙の口癖だった。
オールディアは裏切り者の名を引き継ぐもの達。師との間に何があったのかわからないが、苦渋の表情を浮かべて悲しげに呟く姿が脳裏をよぎる。
だが、と悩むのは、目の前の人物が確かに真実を追い求めるかと聞いた。それも自分の最もよく知る懐かしい言葉で。
裏切り者の名を持ちながら、協力者の証の言葉を使う。だからこそ答えるべきか悩むように黙り込む。
さわと二人の間に風がながれ、桃紫と赤灰の髪が揺れる。
「壬生、盗み聞きとは感心せんにゃ」
ふっと警戒する門桜に笑ってから、小屋影に声をかける。
「別に、そう言うつもりじゃねぇよ」
がたんと一度大きな音がなると、門桜の様子が変だったから様子見に来ただけだと、ばつが悪そうに頭をかきながら壬生が顔を出す。
壬生の姿を見て、更に渋い顔を浮かべる門桜に、ゆっくりと弧を描いた目を閉じる。
「それより、さっきのセシリアってなんだ?」
「なんだって、わっちの名にゃ。」
「じゃあシシィってのは……」
壬生が眉を寄せると偽名だったのかと尋ねれば首を振る。
「シシィはセシリアの愛称にゃ」
くつくつと笑うと、立ち上がり壬生の方へ視線を向ける。
門桜が相手の真意を伺うように、壬生が何だそれと言うように眉を寄せ、シシィを見る。
「そんにゃ熱い視線を向けられると照れるにゃぁ」
くねりと自身を抱いて笑うシシィは、門桜と壬生、二人の反応を楽しむように眺める。
「ドゥゴウト トイェファ ユトスレタ ウエゥユドゥ?」
重い口を開いた門桜の口から紡がれた、流暢な言葉運びに耳をぱたつかせ、二股に別れた尾が揺れる。一字一句逃さないようにと、その布に隠された口と、紡がれる音に集中する。
「ニィテス イデフ オトィ カーフィン ワザィ!」
シシィはその言葉にぱぁと目を開き、大きく首を振る。声高らかに、まるでそこにいない誰かに伝えるかのように答えた。
そして嬉しそうに門桜へ駆け寄ると、身構える門桜をそのまま抱き上げた。
「なんだ?今のは言葉……か?」
一人だけ二人の発した音が理解できず、首をひねる。抱き上げられ、困惑で動けないでいる門桜と、嬉しそうに抱き上げて頬ずりをするシシィに説明を求めるように見る。
「古代語、もう失われた言葉にゃ」
なんとか押しのけようとする門桜を腕に収めたまま、くすりと笑った。
「古代語は遥か昔、人がまだ神を視認していた時代に使われていた言語……今のはその中の一つだよ」
古代語と首をひねる壬生に、諦めたように力を抜いた門桜が呟く。
「不思議に思わにゃいか?通貨は共通通貨はあれど、国ごと地域ごとに独自の物が有る割に、言語だけはどこにいっても同じにゃ」
笑いながらそう呟いたシシィに、壬生は考えたこともなかったと言うように、顎をする。
「それが当たり前だったからな。けど言われてみるとそうだな……確かにどこも通貨はちげえけど言葉に困ったことはねぇな」
妖精や龍だとか、素質がなければ会話できない種はあれど《言語》としては同じだった。
彼らの言葉は、素質がなければそもそも彼らの声を言葉と認識できない。
「じゃぁ昔は、今の通貨みたいな感じなのか?各場所それぞれの言語があって、共通の言葉があった……とか?」
「いんにゃ、共通言語なんてものはにゃかったらしい」
そうだろうと言うように門桜を見下ろすと、どこまで知ってるんだと言うように眉を寄せ黙る。
「とは言え、かつて使われてた言語は何一つ残ってにゃい。わっちも受け継いだこの言葉しかわからにゃい、研究しようにも見つからにゃい」
代々目的があり、多少は無くしてはいるが言葉と意味を受け継いでいた。だから、他の言語の存在についての知識があった。
理由はわからないが、大きな力が働いたかのように、パッタリと言語が統一された。まるで最初から世界中がその言葉であったかのように。そのため、それ以前の言葉は残っていない。
シシィがつらつらと説明する中、腕の中でおし黙る門桜にしばし考えた後頬を突く。
「君は灰猫にゃ?しかし、思ってたより小さいにゃ」
「小さくは……ない!」
突然のシシィの言葉にムッとして、身をよじり逃げ出す。暴れて乱れた服をただしながら、灰猫の言葉に眉を寄せて首をひねる。
「うーん?伝え聞く話にゃら、美しい銀糸の髪に月を写した美しい金の目の猫又だったが……」
逃げ出した門桜をじっと上から下まで眺めると、シシィは顎に手を当てて記憶を辿るように呟いた。
門桜の髪色は、光に当たると煌めく細く柔らかい灰色ではあるが、銀糸というには赤みが強い。瞳は宝石を埋め込んだように美しい赤。それに猫又らしい特徴的な猫の耳も、二本に別れた尾もない。目も猫に似た細い瞳孔でもない。
どれをとってもその言い伝えに当てはまらない。何よりもまだ子供と言える見た目だ。
「その体で子を産むのはさすがに無理あるにゃ?そうだったとしたら……だんにゃは鬼畜にゃぁ」
「こっ……!?」
首をひねりながらケタケタ笑うシシィのつぶやきに、壬生と門桜が同時にびくりと目を見開いて固まる。
「急に何を言いだすんだお前は!」
気を取り直した壬生は、咳き込みながらシシィに訝しげな視線を向ける。門桜も困惑したように、目を見開き、大きく目を見開くと、じとりとシシィへ視線を向けた。
「んにゃ?わっちがこの言語を継いだ理由にゃ。さっきの質問は、灰猫に歴史の真実。伝え、改変された歴史との齟齬を知らせるためにゃ……わっちの担当はこの地域」
オールディアの名を持つものは元々、世界を粛々と自身の主観なしに記憶する役目を担ったもの達。今、その役目を全うしているのは自分だけだろうと悲しげに目を細めた。
「貴女の探す、その灰猫というのは……?」
ため息を含ませながら門桜は、何か思い当たるものがあるのか、確かめるように尋ねた。
「わっちの先祖にゃ、友人を失うのは忍びないがにゃぁ……まぁ、その程度で差別はしにゃい信じとるにゃ」
ちらりと壬生を見ると「なんだ?」と言うように訝しげに眉を寄せて首を傾げれば、静かにシシィが笑い口を開く。
「灰猫はわっちの先祖として伝わってる鬼にゃ。わっちは鬼の血を引く……といっても、何百代も経てるから鬼の血にゃんて微塵もにゃいが」
門桜が、子孫である事が想定外だというように目を見開く。子孫がいると聞いたことが無かったからだ。何より目の前の娘が彼の人の血族だった事にも驚きを隠せないで、眉を寄せる。
「鬼の子供なんて聞いた事ねぇぞ」
また、驚く話を聞かされ壬生は頭が痛くなってきたとこめかみを抑えながら、眉間のシワを濃くする。
「そりゃ、鬼は子を成せないからにゃ」
シシィは当たり前だと言わんばかりに、疑問を口にする壬生を見て頷く。
「それだとお前の話は矛盾してるだろ……できねぇのにどうやって血を引く子供ができるんだよ」
「鬼は子供は成せないにゃ。ただの鬼にゃらね」
ただの鬼と含ませ、唇に手を当てたシシィはしぃと内緒事とでも言うように笑った。
「……これ以上の深入りはきっと君の人生を大きく狂わせる、聞かないほうがいいと思うけど」
考えるように顎に手を当てる壬生に目を細めると、話を中断するように門桜が口を開いた。
「あ?ここまで聞かせて、辞めるはなしだろ」
門桜の言葉に、「いきなりなんだ」と視線を向ける。ここまできて引きさがれない壬生は、ずかずかと二人の近くにこれば、立ちすくむ門桜の隣にどかりと腰掛ける。聞かせろと態度で示した。
「まぁ、そうなるなにゃぁ」
「はぁ全く」
やれやれと門桜が首を振る。シシィも同じように笑うと壬生をへ視線を向ける。
「全てが今までのように行かにゃくにゃる。わっちと行動してた時とわけが違うにゃ。鬼とも違う、人にゃらざる者に常に命を狙われる。その覚悟があるにゃ?そこをよく考えてみるにゃ。興味本位なら絶対にやめておくべきにゃ……今までの生活がしたいにゃら、知らなくて良いこともある」
静かに目を細めてワントーン下げた声色で言葉を紡ぐ。座った壬生頭を撫でると、言い聞かせる教師のようでもあった。
「全てを捨てても聞きたいって覚悟があるにゃら止めんにゃ」
「阿保言え、俺がいる事分かってて話し始めた時点で聞かせて、巻き込むつもり満々だっただろうが、今更だ」
一体何年お前といると思うとふてくされたように、手を払って言う壬生に「ばれたにゃ?」とけたけた笑うシシィは、それは、それは嬉しそうに明るく笑った。
似ていると思っていたが中の間取りは、そのままだった。壬生掃除に付き合いあちこちの部屋を回ったが、思った通りの位置に部屋があり、窓があり、扉があった。
「この山は……」
以前よりも小屋の位置は遥か上にある。今いる山は、住んでいた頃に比べ明らかに上へと伸びてはいる。
全容は見えない上、山頂からこの山の距離を測ったところで形も大きく変わっている為あてにはならないが、それでも確信する。
コヨーテルの短期間での大型化に変異。すべての脈が集まる要地や同種又か近い種の魔獣を食えば可能ではある、しかし、何百年と必要になる。コヨーテルは群で生活するため、滅多に共食いはしない種。そしてこの山の原生魔獣は上層の結界の中。近い種がいたとしても、十年ほどの短期間、ここにいる程度の数を食べただけで育つわけがない。例え、要地で共食いをしていたとしても難しい。三頭首まで上がるならそれは、もっと強い別の要因、それこそ龍の血が染み込んだ大地である可能性が高い。
「あの話の通りなら、神月様は山の中で死んでる……多分山を閉じたのは不知夜のためだ」
ぶつぶつと考えに耽る門桜の元にざりりと近づく足音が響く。
視線だけを音の方に向ければ、歩みに合わせ頭の上部でくくり上げられた桃紫の髪を揺らし、機嫌よくこちらに向かってくるシシィだった。かさり、近くで草が風に揺れた。
「ウルゥト ザブオス ルゥファ トゥイズイ?」
シシィの笑みが月明かりに照らされると、シシィから懐かしい音が響く。その言葉に門桜が驚き、赤い目が溢れんばかりに見開いて固まった。
「なぜ……その言葉を」
金縛りにあったように動けない門桜が、なんとか声を絞り出せば、シシィが大きく笑い声をあげた。びくりと跳ね、警戒の色を見せる門桜に目を弧に歪める。
「やはり、古代語を理解出来るにゃな。にゃら改めて名を明かすにゃ。わっちはセシリア、セシリア・クライス・オールディア」
白衣を大げさに広げながら膝をつき、恭しく礼をすると、ぽかんと見下ろす門桜の前で名乗りあげる。
「古の人……」
自然と門桜の体に力が入る。
古の人オールディア、彼の名を持つものには注意しろ、それが空牙の口癖だった。
オールディアは裏切り者の名を引き継ぐもの達。師との間に何があったのかわからないが、苦渋の表情を浮かべて悲しげに呟く姿が脳裏をよぎる。
だが、と悩むのは、目の前の人物が確かに真実を追い求めるかと聞いた。それも自分の最もよく知る懐かしい言葉で。
裏切り者の名を持ちながら、協力者の証の言葉を使う。だからこそ答えるべきか悩むように黙り込む。
さわと二人の間に風がながれ、桃紫と赤灰の髪が揺れる。
「壬生、盗み聞きとは感心せんにゃ」
ふっと警戒する門桜に笑ってから、小屋影に声をかける。
「別に、そう言うつもりじゃねぇよ」
がたんと一度大きな音がなると、門桜の様子が変だったから様子見に来ただけだと、ばつが悪そうに頭をかきながら壬生が顔を出す。
壬生の姿を見て、更に渋い顔を浮かべる門桜に、ゆっくりと弧を描いた目を閉じる。
「それより、さっきのセシリアってなんだ?」
「なんだって、わっちの名にゃ。」
「じゃあシシィってのは……」
壬生が眉を寄せると偽名だったのかと尋ねれば首を振る。
「シシィはセシリアの愛称にゃ」
くつくつと笑うと、立ち上がり壬生の方へ視線を向ける。
門桜が相手の真意を伺うように、壬生が何だそれと言うように眉を寄せ、シシィを見る。
「そんにゃ熱い視線を向けられると照れるにゃぁ」
くねりと自身を抱いて笑うシシィは、門桜と壬生、二人の反応を楽しむように眺める。
「ドゥゴウト トイェファ ユトスレタ ウエゥユドゥ?」
重い口を開いた門桜の口から紡がれた、流暢な言葉運びに耳をぱたつかせ、二股に別れた尾が揺れる。一字一句逃さないようにと、その布に隠された口と、紡がれる音に集中する。
「ニィテス イデフ オトィ カーフィン ワザィ!」
シシィはその言葉にぱぁと目を開き、大きく首を振る。声高らかに、まるでそこにいない誰かに伝えるかのように答えた。
そして嬉しそうに門桜へ駆け寄ると、身構える門桜をそのまま抱き上げた。
「なんだ?今のは言葉……か?」
一人だけ二人の発した音が理解できず、首をひねる。抱き上げられ、困惑で動けないでいる門桜と、嬉しそうに抱き上げて頬ずりをするシシィに説明を求めるように見る。
「古代語、もう失われた言葉にゃ」
なんとか押しのけようとする門桜を腕に収めたまま、くすりと笑った。
「古代語は遥か昔、人がまだ神を視認していた時代に使われていた言語……今のはその中の一つだよ」
古代語と首をひねる壬生に、諦めたように力を抜いた門桜が呟く。
「不思議に思わにゃいか?通貨は共通通貨はあれど、国ごと地域ごとに独自の物が有る割に、言語だけはどこにいっても同じにゃ」
笑いながらそう呟いたシシィに、壬生は考えたこともなかったと言うように、顎をする。
「それが当たり前だったからな。けど言われてみるとそうだな……確かにどこも通貨はちげえけど言葉に困ったことはねぇな」
妖精や龍だとか、素質がなければ会話できない種はあれど《言語》としては同じだった。
彼らの言葉は、素質がなければそもそも彼らの声を言葉と認識できない。
「じゃぁ昔は、今の通貨みたいな感じなのか?各場所それぞれの言語があって、共通の言葉があった……とか?」
「いんにゃ、共通言語なんてものはにゃかったらしい」
そうだろうと言うように門桜を見下ろすと、どこまで知ってるんだと言うように眉を寄せ黙る。
「とは言え、かつて使われてた言語は何一つ残ってにゃい。わっちも受け継いだこの言葉しかわからにゃい、研究しようにも見つからにゃい」
代々目的があり、多少は無くしてはいるが言葉と意味を受け継いでいた。だから、他の言語の存在についての知識があった。
理由はわからないが、大きな力が働いたかのように、パッタリと言語が統一された。まるで最初から世界中がその言葉であったかのように。そのため、それ以前の言葉は残っていない。
シシィがつらつらと説明する中、腕の中でおし黙る門桜にしばし考えた後頬を突く。
「君は灰猫にゃ?しかし、思ってたより小さいにゃ」
「小さくは……ない!」
突然のシシィの言葉にムッとして、身をよじり逃げ出す。暴れて乱れた服をただしながら、灰猫の言葉に眉を寄せて首をひねる。
「うーん?伝え聞く話にゃら、美しい銀糸の髪に月を写した美しい金の目の猫又だったが……」
逃げ出した門桜をじっと上から下まで眺めると、シシィは顎に手を当てて記憶を辿るように呟いた。
門桜の髪色は、光に当たると煌めく細く柔らかい灰色ではあるが、銀糸というには赤みが強い。瞳は宝石を埋め込んだように美しい赤。それに猫又らしい特徴的な猫の耳も、二本に別れた尾もない。目も猫に似た細い瞳孔でもない。
どれをとってもその言い伝えに当てはまらない。何よりもまだ子供と言える見た目だ。
「その体で子を産むのはさすがに無理あるにゃ?そうだったとしたら……だんにゃは鬼畜にゃぁ」
「こっ……!?」
首をひねりながらケタケタ笑うシシィのつぶやきに、壬生と門桜が同時にびくりと目を見開いて固まる。
「急に何を言いだすんだお前は!」
気を取り直した壬生は、咳き込みながらシシィに訝しげな視線を向ける。門桜も困惑したように、目を見開き、大きく目を見開くと、じとりとシシィへ視線を向けた。
「んにゃ?わっちがこの言語を継いだ理由にゃ。さっきの質問は、灰猫に歴史の真実。伝え、改変された歴史との齟齬を知らせるためにゃ……わっちの担当はこの地域」
オールディアの名を持つものは元々、世界を粛々と自身の主観なしに記憶する役目を担ったもの達。今、その役目を全うしているのは自分だけだろうと悲しげに目を細めた。
「貴女の探す、その灰猫というのは……?」
ため息を含ませながら門桜は、何か思い当たるものがあるのか、確かめるように尋ねた。
「わっちの先祖にゃ、友人を失うのは忍びないがにゃぁ……まぁ、その程度で差別はしにゃい信じとるにゃ」
ちらりと壬生を見ると「なんだ?」と言うように訝しげに眉を寄せて首を傾げれば、静かにシシィが笑い口を開く。
「灰猫はわっちの先祖として伝わってる鬼にゃ。わっちは鬼の血を引く……といっても、何百代も経てるから鬼の血にゃんて微塵もにゃいが」
門桜が、子孫である事が想定外だというように目を見開く。子孫がいると聞いたことが無かったからだ。何より目の前の娘が彼の人の血族だった事にも驚きを隠せないで、眉を寄せる。
「鬼の子供なんて聞いた事ねぇぞ」
また、驚く話を聞かされ壬生は頭が痛くなってきたとこめかみを抑えながら、眉間のシワを濃くする。
「そりゃ、鬼は子を成せないからにゃ」
シシィは当たり前だと言わんばかりに、疑問を口にする壬生を見て頷く。
「それだとお前の話は矛盾してるだろ……できねぇのにどうやって血を引く子供ができるんだよ」
「鬼は子供は成せないにゃ。ただの鬼にゃらね」
ただの鬼と含ませ、唇に手を当てたシシィはしぃと内緒事とでも言うように笑った。
「……これ以上の深入りはきっと君の人生を大きく狂わせる、聞かないほうがいいと思うけど」
考えるように顎に手を当てる壬生に目を細めると、話を中断するように門桜が口を開いた。
「あ?ここまで聞かせて、辞めるはなしだろ」
門桜の言葉に、「いきなりなんだ」と視線を向ける。ここまできて引きさがれない壬生は、ずかずかと二人の近くにこれば、立ちすくむ門桜の隣にどかりと腰掛ける。聞かせろと態度で示した。
「まぁ、そうなるなにゃぁ」
「はぁ全く」
やれやれと門桜が首を振る。シシィも同じように笑うと壬生をへ視線を向ける。
「全てが今までのように行かにゃくにゃる。わっちと行動してた時とわけが違うにゃ。鬼とも違う、人にゃらざる者に常に命を狙われる。その覚悟があるにゃ?そこをよく考えてみるにゃ。興味本位なら絶対にやめておくべきにゃ……今までの生活がしたいにゃら、知らなくて良いこともある」
静かに目を細めてワントーン下げた声色で言葉を紡ぐ。座った壬生頭を撫でると、言い聞かせる教師のようでもあった。
「全てを捨てても聞きたいって覚悟があるにゃら止めんにゃ」
「阿保言え、俺がいる事分かってて話し始めた時点で聞かせて、巻き込むつもり満々だっただろうが、今更だ」
一体何年お前といると思うとふてくされたように、手を払って言う壬生に「ばれたにゃ?」とけたけた笑うシシィは、それは、それは嬉しそうに明るく笑った。
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