鬼神伝承

時雨鈴檎

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第五章

運命の糸

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翌朝、シシィの言葉通り、発つ準備を済ませた三人は昨晩と同じ庭へ出る。
すでに、待っていたシシィが、そばの岩の上で座っていた。
「さてと、覚悟できてるかにゃ?」
祈るように、一度手を組むと、岩から飛び降りる。壬生も門桜も、その姿に眉を寄せた。シシィは、その手にスラリとした細身の刀を持っていた。
「おい、なんだってんな、武装を」
「にゃぁに、これから話す事の為にゃ」
これが必要にならなければいいがと、シシィが笑う。門桜も言葉の意味が分からないと、眉を寄せると、「これは、君も知らにゃいか」と門桜の反応に、くつくつとシシィが笑う。

「話すのに刀がいるのか?」
きょと、と首をかしげた戦鬼に、壬生が同調するように頷く。門桜も、眉を寄せたまま、なんの話だと、シシィを警戒する。
「言ったにゃ、この話を聞くと言うことは、壬生は人から離れる。別に種族が変わる訳ではにゃいが」
「古来の言葉の意味を知る者は、輪廻の輪から外れ、転生が叶わなくなる。でしょ?」
そんなことは知ってると、言うように門桜が言えば、ギョッとしたように壬生が目を開く。
「転生だとか、また……んなもんただの言い伝えだろ?」
実際あるわけでもねぇと、首を振る壬生に門桜は笑う。
「なら、どうして鬼がいるの?鬼の食事は確かに君たちの魂だよ」
血肉を求めているわけじゃない、と輪廻は存在すると断言する。
「にゃはは、神はこの世におるし、常に運命を握ってるにゃ、輪廻というのはその糸を辿って、魂が神の元に戻ることにゃ」
「その話と、その武装が繋がらん」
納得していないという顔で、それでも無理に頷くと、シシィの手元を指差す。
「この話を知れば、奴らは必ず現れる。そして、それを退けた時、神へ刃を向けた者は死ぬにゃ」

「そんな話、知らない……この真実を知ったら、輪廻を外れて死後の魂は、彷徨うでしょ?」
魂の回収のために、巡る神の使いに見つかれば、襲われはするだろう。輪廻から外れるきっかけが、そもそも奴らに襲われるというのは知らなかった。空牙は知っているのだろうか、そんな場違いな事を考える。
「そりゃ、この世界に生きる人間すべてを管理にゃんて無理だから、自然と切れるやつも自力で自由をもぎ取るやつもおるにゃ。大概は神の使いを退けた時に切れるやつがほとんどにゃ」

壬生をゆっくり見ると、目を細める。だからこれが、ただ普通に生きていける、最後のチャンスだと言うように。
「ぜんっぜん意味がわからんが、なんとかなるだろ」
教えろと首を捻ってから、顎を撫でる。不敵な笑みを浮かべれば、俺が信じてるのは、俺が見てきたものだけだと。
「神だとか俺は、興味ねぇんだよな。輪廻とかも……死んだ後なんざ俺には関係ねぇしな。かかってくるなら、それをなぎ倒すまでだ。」
信仰心なんて存在しないと言うように、壬生が刀を撫でる。「祈って救われるなら、この世の中もっと救われてんだろ?」そう、鋭利な歯を見せて笑うと、シシィを見た。
「相変わらず雑にゃ」
呆れた溜息を吐いたシシィは、壬生を見ると目を細める。愛おしいものを見るような、優しい、悲しみを含む視線。その視線の意味に気付いたものは、いなかった。

シシィが、岩から飛び降りるとここを戦場にはしたくないと、移動を促し着いたのは、先の日に、三頭首のコヨーテル達と戦ったひらけた場所だった。
「こいつは聞かせていいのかよ」
移動してすぐ、壬生は戦鬼を顎で示す。昨晩の話に途中から参加した戦鬼は、そもそも、シシィと門桜のやりとりを知らない。
「戦鬼は、問題ないよ」
門桜が代わりに答える。戦鬼は、不思議そうに首を傾げ、門桜を見る。壬生もなんで言い切れるんだと言うように眉を寄せた。
「戦鬼は女神と人が元。女神という糸の持ち主そのものだったわけだし……なにより、鬼は、運命の糸を持ってない。生きてないんだからね」
神に影響されない、と生きていなければ、運命は存在しないのだと目を細めた。そして、その通りと頷いた、シシィの話が始まる。

「昨晩のは、神の手から離れた者を知る手段。神の操り人形のうちは決して、この言葉の存在すらしることはできにゃーからにゃ」
知った時点で、神からの運命の介入が始まる。運命が死へと向かう。人間は、生きているものは、全て等しく神の操り人形。ただ、気まぐれに糸を緩められて自由に動けている。それだけに過ぎない。
一度神が、その糸先を引けば、神の望むまま、己の意思と錯覚した人形達は動く。運命も示された通りに、その周りすら巻き込み進んでいく。
神は人にある共通の認識だけは与えた。それによって人は、失われた言葉を手に入れることはできない。世界の言葉は1つだと、なんの疑いもなく信じる。
「……最初からその言葉を継いでたっていう、お前らはどうなる?その言葉を知った時点で、襲われるんだろ?」
なら、その時点でそう壬生が眉を寄せると、シシィが目を細める。
「そうにゃ、伝わる、それに例外はにゃい。知ったものの運命は凄惨な死。わっちらの家系は……当主になったもの以外は、その後すぐに死んでいた。守る者が居にゃいから仕方にゃい。そうやって幾度となく、狙われてきたし。その対策もしてきた。操られる運命を逆手に、襲いくる奴らを蹴散らしたにゃ。当主はだから、強くなければにゃらんし、守る者達も、当主の秘密は知らずとも、狙ってくるものたちへの知識もあった」
だから、伝えてこれた。真実を知る当主と、何も知らされずそれでも、ただ守れと用意された者達。それもシシィの代で途絶えた。
秘密を知った当主候補者の一人に、何度も殺せぬその一族へ、刺客ではなく、鼠を紛れ込ませた。人に化けた神の使者は、一人の候補者を唆した。
そこで、自分の糸がたわんだのかもしれない。継ぐ者は、唆された者、どうせ殺す有象無象ならほっといてもいいと。事が済めば、すべてが思いのままだと。
この言葉の意味を、何故そんな危険を冒してまで、この言葉を失われた歴史を繋ぐのか知られても、構わない。人形が意識を持ったのは、神の油断だったのか、敢えて知らせたのか、今更知るすべもないが。

「壬生、本当に聞くかにゃ?これに足を踏み入れれば、いやが応にもお前は……」
自分は、もとよりそう生まれた。けれど、目の前の男は違う。自分に巻き込まれて、今も鬼に巻き込まれている。
何度か知らず、自分のせいで、奴らの相手をさせたこともある。だから、やられるという心配はない。
巻き込まれ知らずとも、打ち返してきた強さがある。壬生は強い、それは自分がよくわかっている。
どうせ、鬼といれば、自ずと知る真実もあるだろうから、教えてもいいとは思った。
「だぁ、もうしつけぇな。いいって言ってんだろ。第一もう、無関係だとほっとける程度じゃねぇんだ、ここに戻るまでに15年位だ。分かるか?15年、俺はここを中心にあちこち回る。ならその半分は、こいつらとここに向かう道だったって事だ」
ここまできて、怖じ気付いたのか?そう不敵に笑った壬生は、シシィの言葉を遮って、まっすぐと見る。
「壬生はほんに、変にゃやつにゃぁ」
降参するように呟く、ここまで興味を持つとは思わなかった。いや、そう仕向けた自分も少なからずいる。神から奪うなんて無理だと、わかっていながら。
しかし、壬生は興味を持った。壬生の性格だけを見れば、ありえなくはない。だが、神の意志に逆らえるわけがないから、知った所で受け入れることも、それ以上興味を持つこともない。それが、当たり前、今の壬生の方が異質だ。だから、なん度も繰り返すもったいぶるような確認で、少しずつ、しつこいぞと苛立ちを見せる壬生に確信を持つ。

もとより、壬生にはその兆しはあった。
「なぁ、鬼ってなんだろうな」
久々に帰ってきた壬生はそう呟いて、新しく背負ってきた刀を撫でる。どうしてと聞いても、なんでもねぇと呟いてそれきり黙ってしまう。その日がきっかけだった。
手当たり次第、鬼であれば楽しそうに、強い相手として構わず殺してきた壬生は、ある鬼を殺すためではなく、なんのためにそんな事をするのか、知りたいと言ったのだ。そのために探すと。
多分あの時にはすでに、壬生は自由だった。
どうして切れたのか、それは分からない。神に刃を向け、神に背を向けるきっかけがあったはずだが、壬生は頑なにそのことを話したがらない。
わかることは、何者かの手により、死の運命を回避できたのか、かすでに狙われる者として、生きてきたシシィと、共にいた事で対処の術を持っていたからこそ、返り討ちにして生き延びたのだろうという事。いつもと同じように、文句を言いながら、奴らを蹴散らしていたのかもしれない。
守られたより、やり返してる方が容易に想像がつくと、眉を寄せて黙り込んだシシィに、勿体ぶるなと、口をへの字に歪めて腕を組む壬生に、笑った。
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