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第五章
灰猫
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壬生が巻き込まれるのは今更と、子供が見たら泣きだしそうな顔で笑う。隣に立つ門桜に、乗りかかった船なら最後まで関わるさ、と片目を閉じる。
「こんな所にいたのか、何してるんだ?」
話し声が聞こえたからだろうか、誰も見当たらないと探していた戦鬼も合流する。
結局、全員集まったなと笑うシシィとは対照的に、門桜は頭を抱えた。
「今ちょうど、わっちの質問に答えてもらってるとこにゃ。あぁ後さっきは、悪かったにゃ。龍は君の知り合いだったんにゃろ?悪く言うつもりはにゃかった」
戦鬼に目を細めてシシィは、激昂した戦鬼を思い出してまず謝る。戦鬼は慌てて首を振ると、頬をかく。
「いや……そもそも、確証はないんだ。だから……その、俺こそすまない。あんたは、ただ知ってることを、話してくれただけなのに」
こちらこそすまんと頭を下げれば、しゃがみこんで、うずくまって頭を抱える門桜に視線を向け首をひねる。どうしたのか問えばなんでもないと、力なく答えが返ってきた。
「そういや……さっきの話は、お前達の探してる場所の話とは違ったのか?」
戦鬼の言葉に、壬生が思い立ったように隣に蹲る門桜に問う。
「私たちの探す国の話であってると思う。他かに、この近郊で女性優位、龍と深く関わったような国はある?」
確認するようにそう問えば、シシィが首を振る。
「それに、その閉じた山というのは、ここだね?」
「ご名答、よくわかったにゃぁ」
この地域の歴史を受け継ぐと言う答え。見覚えのある、間取りも懐かしい小屋。流石に隆起した事で麓の社はなくなってはいたが、かつて、不知夜と過ごした山に、間違いはないだろうと結論付けた。
「その話に出てくる龍は、私達の探していた始祖の龍、地に降りた純粋な女神だ」
もう、ここまできたら隠すのも面倒だと投げやりに話す。
「戦鬼もこのまま聞くといい、ここにいて聞かせられないから、一人だけ席を外してくれとか、そんな事はしたくないし……」
どうせ、いつか話さなければいけないのなら、今でも同じと、師を恨めしく思いながら深くため息を吐いた。
「わかった」
自分の話は後でいいかと、頷くと門桜の近くに寄り、元気づけるように背中を撫でた。
「灰猫は私達の師、空牙のことだと思う。人との間に鬼が人間の子を産めたのは、あの人だけだから」
門桜の言葉に、会いたかったと呟くシシィとは対照的に、壬生があいつ子持ちだったのかと呟く。
「子供を産んだ……?師匠が?」
「あいつ、父親だったのかよ」
へぇと驚き、顎を撫でるようにしながら、壬生が笑えば、門桜がゆるりと首を振る。
「いや、産んだ方を母、産ませた方を父と言うなら、師匠は母親だよ」
壬生の言葉を、否定したかと思えば、しれと答える門桜に、壬生が「嘘だろ」と声を上げる。壬生の反応に、そんなにおかしいのかと戦鬼が翠眼を向けた。
空牙は6尺程、壬生が知る限り、一般的な成人男性としても背の高い方、線は細いがそれなりに体つきもしっかりしている。女性というには、幾ばくか体つきが逞しい。まだ目の前の門桜が、子を産んだと言われた方が、早ければ嫁ぐ娘の年頃なのだから、納得できる。
「何を、そんにゃ怪訝そうにゃ、顔してる?そんにゃにおかしいのか?」
戦鬼は師匠は凄いんだなと呟く横で、黙る壬生に首ひねる。壬生が、あの時酒場で俺が、声かけてた男だよと呟く。ことごとく自身の持つ常識が崩されていき、顔を覆うように眉間をつまみ揉み込む。
「んにゃ?あの兄ちゃんが?」
会話の流れ、随分と詳しい反応から門桜が鬼であり、あの時の男も目の前の二人の知り合いなら、そうだろうとは思っていた。しかし、まさかあれがと驚いたように目を見開くと同時に、門桜へ目を向ける。
壬生が自身に向けた目に、また失礼なこと思ってるなと言う目で睨むと、こちらを見るシシィの言葉に頷く。
「前にも言ったけど、鬼に性別の概念はないよ。いや……師匠の場合は子のあるなしでいうなら女でいいのか……」
壬生脛を蹴りながら、はぁとため息を吐く。戦鬼は全くイメージがつかないのか、「師匠の子供……」と呟きながら首をひねっていた。
「しかし、随分と簡単に確定するにゃ?他の鬼とか、その可能性はにゃいのか?」
シシィが、既に空牙一人に確定して話す門桜に、知らないだけで他の可能性もないのだろうかと尋ねる。門桜はふる、と首を左右に揺らしてすぐに否定した。
「ない、鬼が自然発生でこの体質を持つことはありえない。作為的にやらないと不可能なんだ。例え少ない事例でも、自然発生出来るようなものだったら、もっと知れ渡ってるし、わざわざ作ろうなんて思わないでしょ」
子が作れる可能性は、造られた鬼以外に存在はしない。もとより、鬼を造ろうとする者たちの目的は、子を成せる鬼を作るため。今の、不安定な生きても死んでも居ない存在ではなく、安定した生きた器を持つ鬼を作る事。人間たちが、鬼の力欲しさに、鬼を作ろうとするのとわけが違う。
「生きた鬼?なんだ、詳しく知ってんじゃねぇか……」
「造ってるものは知ってる、でも目的は知らないよ」
以前に詳しくは知らないと、答えていた門桜をさして、眉を寄せる壬生に、あくまで造ろうとしてるものだけで、詳しくは知らないと首を振る。
「それに、これをだれかに知らせるつもりはなかった」
こうなれば、話すより他ないでしょう、とため息を吐き赤灰色の髪が、首の揺れに合わせて、ふわふわと揺れた。
「これまでに子を成せた鬼は2つ……ただそのどちらも成功ではなく不完全だった」
門桜が袖先から、指を立てる。戦鬼はきょとと、なぜこの話が始まったのか、そもそもなんの話なのかよくわからず、首をひねりながら黙って聞きに徹した。
戦鬼の様子に、気づいたのか、門桜が苦笑いする。そして、先程までの事の次第を掻かい摘んで話す。シシィが鬼の血族である事も驚いたが、それよりもその祖先にあたるのが、空牙だということに驚いた。
「あれ、でも……2つ?ならもう1つの鬼は……灰猫ってのに当てはまらないのか?」
「うん、だってシシィは、猫又らしい尾と耳持ってるでしょ?それにもう一方は、真っ赤な目をしてる、髪の色の特徴も……猫でもないし」
師匠から聞いた話だけどね、と笑う。
空牙の子供は、人間だった。能力者には変わりなかったが、500年ほどで寿命を迎え、子を残し、世代を繋いだ。その血族には時折、猫又の容姿を持つ子供も、居たという。
シシィのようにと、その姿を指す。
「師匠の伴侶は、鬼狩りの祖と言える人間だったって。だから、その血を引いた子供達は、師匠の鬼の血に耐えれたのかもしれない」
鬼狩りは今でこそ、冒険者や、退治屋のように動くが、以前は神官の類であった。そもそも、今のように倒して、利用したりするものではなく、悪霊の類として消滅させていた。
「師匠が言うには、その伴侶は三度、贄として、自分のところに来たんだって」
転生、寿命、事故、他殺、どれに関わらず、命を落とした際、その魂は天へ、神のもとへ還る。そこで歩んだ時間を神へ返し、罪を洗い、徳を元に、新たな命となって、再び地へ生まれる。そうして、魂は世界を回る。壬生も、よく知る話だ。
時折、前世と呼ばれる、今とは違う時間軸の記憶を有する者がいる。
彼らは、神から役割を与えられた、神の使者として特別な者として、高位な神官となる事が多い。
無論、前世の記憶に狂う者もいるため、神からの罰でもある。その罪を流すため、彼らは神官として、人に尽くすとも言われる。全員がそうではなく、その前世を悪用する者もいる。
鬼は、輪廻転生への道の、障害とされていた。
そのため、その力を利用することは、禁忌であり、輪廻の輪に帰れなくなる、邪業とされていた。
多々ある思想の違うどの宗教でも、その扱いである。その為、時折、鬼狩りの寄合所や、街中で、聖職者と鬼狩りの小競り合いもあった。
壬生は、三度も喰われず(喰われたのかもしれないが)転生した、その人間は、何者なんだと目を開く。
「師匠が気まぐれで、喰わずに看取ったんだ。そしたら三回も来た」
四度目、空牙はその者によって、外に連れ出された。
「んにゃ、それでその相手と子をにゃした……と?」
子供は数人おり、その後二人の元を離れて、生活していたから、そのうちの一人が君の祖だろうと、門桜は頷く。
「しかし、鬼の血を引くことを、公言しないにせよ代々伝え受け継ぐって、なかなかだな」
「多分、知ってる子供と、知らない子供がいるんでしょ?」
シシィに目を向けて、首をかしげた。
ふふと、笑みを浮かべたシシィは、頷いて口を開く。
「当主とにゃる者、その候補者」
当主は、自分たちに鬼の血があること、あの問いに、門桜の呟いた言葉通り、応えたものがいれば、真実の歴史を伝えよ、それだけが伝えられていた。
今はそれがどう伝わっているかはわからない。シシィは探究心故に、言葉の片鱗を知ることができた、というだけだった。
「もう一人の候補者がにゃ、裏切った。伝えを守ろうとした者達を、皆殺し、そして今の座についた」
とても、優しい兄だったと、静かに目を細めてから呟く。理由は分からず、唐突に自分の知る、兄ではなくなったのだった。シシィは、いずれ見つかれば殺されるだろうと笑う。
そして、今この話は受け継がれておらず、既にシシィの代で途絶えたのだという。
壬生も戦鬼も、空牙に子孫がいるという事実だけで、既に理解が追いつかない、と顔を見合わせて肩をすくめた。
門桜は、何か思いついた顔をしたが、それ以上尋ねる事はしなかった。
「そういや、その合言葉か?あれはなんて意味なんだ?」
壬生がほにゃほにゃ言ってたやつと首をひねると、シシィが吹き出して笑う。
「にゃはは、悪いがその意味は教えられにゃい」
すぅっと静かに、目を細めると、先ほどまでの柔らかい雰囲気は無くなる。発せられた言葉に、門桜が、すこし驚いた顔でシシィを見る。ここまできてと、壬生が眉根を寄せた。
「この言葉の意味を知るって言うのは、ちと厄介にゃ、言葉の意味がではにゃく、知った後が」
シシィの言葉に、三人が同時に首をかしげる。それを見てくす、と笑うと頭上で、指先を鋏に見立てて何かを切る仕草をした。
「なんだそりゃ?」
シシィの行動に、つられるように壬生は頭上で同じように、手を動かす。そして、さらにわからないと、なんども繰り返す。戦鬼も、壬生の行動を見ながら、再び首をひねった。
門桜だけが、その動きに目を見開き納得したように黙る。
「だぁから、今更だろ。ンなこと、ここまで来たなら、勿体ぶらずに教えろっての」
「壬生は運命を信じるかにゃ?」
「あ?突然なんだ?まぁ、あるとは思うけどそれがどうした?」
唐突なシシィの質問に、また訳のわからない事をと、頭をかきながら頷く。
「シシィ、もうここまで来たならいいと思う。どうせもう引き下がれないでしょう」
「まっそうにゃ……どうせにゃに言っても、聞くまで納得せんだろうし。言葉を教えるのは明日、そして明日には、ここを発つ支度をするにゃ。そして壬生、ここまでの話にゃら、お前はまだ人にゃ、襲われる程度にゃけど、この先は、人としては戻れにゃい所に、足を踏み入れる。覚悟をしておくにゃ」
諦めたように肩をすくめた、シシィが笑う。よく考えて、辞めるなら今のうちと、手を振って今日はここまでと、立ち去った。
その言葉に、門桜も何故と不思議そうに首をひねるが、すでにシシィは家の中に戻ってしまった。
戦鬼は、シシィの言葉の真意を測ろうと、考え込む壬生に、話すタイミングを失ったなと首をかしげた。
「こんな所にいたのか、何してるんだ?」
話し声が聞こえたからだろうか、誰も見当たらないと探していた戦鬼も合流する。
結局、全員集まったなと笑うシシィとは対照的に、門桜は頭を抱えた。
「今ちょうど、わっちの質問に答えてもらってるとこにゃ。あぁ後さっきは、悪かったにゃ。龍は君の知り合いだったんにゃろ?悪く言うつもりはにゃかった」
戦鬼に目を細めてシシィは、激昂した戦鬼を思い出してまず謝る。戦鬼は慌てて首を振ると、頬をかく。
「いや……そもそも、確証はないんだ。だから……その、俺こそすまない。あんたは、ただ知ってることを、話してくれただけなのに」
こちらこそすまんと頭を下げれば、しゃがみこんで、うずくまって頭を抱える門桜に視線を向け首をひねる。どうしたのか問えばなんでもないと、力なく答えが返ってきた。
「そういや……さっきの話は、お前達の探してる場所の話とは違ったのか?」
戦鬼の言葉に、壬生が思い立ったように隣に蹲る門桜に問う。
「私たちの探す国の話であってると思う。他かに、この近郊で女性優位、龍と深く関わったような国はある?」
確認するようにそう問えば、シシィが首を振る。
「それに、その閉じた山というのは、ここだね?」
「ご名答、よくわかったにゃぁ」
この地域の歴史を受け継ぐと言う答え。見覚えのある、間取りも懐かしい小屋。流石に隆起した事で麓の社はなくなってはいたが、かつて、不知夜と過ごした山に、間違いはないだろうと結論付けた。
「その話に出てくる龍は、私達の探していた始祖の龍、地に降りた純粋な女神だ」
もう、ここまできたら隠すのも面倒だと投げやりに話す。
「戦鬼もこのまま聞くといい、ここにいて聞かせられないから、一人だけ席を外してくれとか、そんな事はしたくないし……」
どうせ、いつか話さなければいけないのなら、今でも同じと、師を恨めしく思いながら深くため息を吐いた。
「わかった」
自分の話は後でいいかと、頷くと門桜の近くに寄り、元気づけるように背中を撫でた。
「灰猫は私達の師、空牙のことだと思う。人との間に鬼が人間の子を産めたのは、あの人だけだから」
門桜の言葉に、会いたかったと呟くシシィとは対照的に、壬生があいつ子持ちだったのかと呟く。
「子供を産んだ……?師匠が?」
「あいつ、父親だったのかよ」
へぇと驚き、顎を撫でるようにしながら、壬生が笑えば、門桜がゆるりと首を振る。
「いや、産んだ方を母、産ませた方を父と言うなら、師匠は母親だよ」
壬生の言葉を、否定したかと思えば、しれと答える門桜に、壬生が「嘘だろ」と声を上げる。壬生の反応に、そんなにおかしいのかと戦鬼が翠眼を向けた。
空牙は6尺程、壬生が知る限り、一般的な成人男性としても背の高い方、線は細いがそれなりに体つきもしっかりしている。女性というには、幾ばくか体つきが逞しい。まだ目の前の門桜が、子を産んだと言われた方が、早ければ嫁ぐ娘の年頃なのだから、納得できる。
「何を、そんにゃ怪訝そうにゃ、顔してる?そんにゃにおかしいのか?」
戦鬼は師匠は凄いんだなと呟く横で、黙る壬生に首ひねる。壬生が、あの時酒場で俺が、声かけてた男だよと呟く。ことごとく自身の持つ常識が崩されていき、顔を覆うように眉間をつまみ揉み込む。
「んにゃ?あの兄ちゃんが?」
会話の流れ、随分と詳しい反応から門桜が鬼であり、あの時の男も目の前の二人の知り合いなら、そうだろうとは思っていた。しかし、まさかあれがと驚いたように目を見開くと同時に、門桜へ目を向ける。
壬生が自身に向けた目に、また失礼なこと思ってるなと言う目で睨むと、こちらを見るシシィの言葉に頷く。
「前にも言ったけど、鬼に性別の概念はないよ。いや……師匠の場合は子のあるなしでいうなら女でいいのか……」
壬生脛を蹴りながら、はぁとため息を吐く。戦鬼は全くイメージがつかないのか、「師匠の子供……」と呟きながら首をひねっていた。
「しかし、随分と簡単に確定するにゃ?他の鬼とか、その可能性はにゃいのか?」
シシィが、既に空牙一人に確定して話す門桜に、知らないだけで他の可能性もないのだろうかと尋ねる。門桜はふる、と首を左右に揺らしてすぐに否定した。
「ない、鬼が自然発生でこの体質を持つことはありえない。作為的にやらないと不可能なんだ。例え少ない事例でも、自然発生出来るようなものだったら、もっと知れ渡ってるし、わざわざ作ろうなんて思わないでしょ」
子が作れる可能性は、造られた鬼以外に存在はしない。もとより、鬼を造ろうとする者たちの目的は、子を成せる鬼を作るため。今の、不安定な生きても死んでも居ない存在ではなく、安定した生きた器を持つ鬼を作る事。人間たちが、鬼の力欲しさに、鬼を作ろうとするのとわけが違う。
「生きた鬼?なんだ、詳しく知ってんじゃねぇか……」
「造ってるものは知ってる、でも目的は知らないよ」
以前に詳しくは知らないと、答えていた門桜をさして、眉を寄せる壬生に、あくまで造ろうとしてるものだけで、詳しくは知らないと首を振る。
「それに、これをだれかに知らせるつもりはなかった」
こうなれば、話すより他ないでしょう、とため息を吐き赤灰色の髪が、首の揺れに合わせて、ふわふわと揺れた。
「これまでに子を成せた鬼は2つ……ただそのどちらも成功ではなく不完全だった」
門桜が袖先から、指を立てる。戦鬼はきょとと、なぜこの話が始まったのか、そもそもなんの話なのかよくわからず、首をひねりながら黙って聞きに徹した。
戦鬼の様子に、気づいたのか、門桜が苦笑いする。そして、先程までの事の次第を掻かい摘んで話す。シシィが鬼の血族である事も驚いたが、それよりもその祖先にあたるのが、空牙だということに驚いた。
「あれ、でも……2つ?ならもう1つの鬼は……灰猫ってのに当てはまらないのか?」
「うん、だってシシィは、猫又らしい尾と耳持ってるでしょ?それにもう一方は、真っ赤な目をしてる、髪の色の特徴も……猫でもないし」
師匠から聞いた話だけどね、と笑う。
空牙の子供は、人間だった。能力者には変わりなかったが、500年ほどで寿命を迎え、子を残し、世代を繋いだ。その血族には時折、猫又の容姿を持つ子供も、居たという。
シシィのようにと、その姿を指す。
「師匠の伴侶は、鬼狩りの祖と言える人間だったって。だから、その血を引いた子供達は、師匠の鬼の血に耐えれたのかもしれない」
鬼狩りは今でこそ、冒険者や、退治屋のように動くが、以前は神官の類であった。そもそも、今のように倒して、利用したりするものではなく、悪霊の類として消滅させていた。
「師匠が言うには、その伴侶は三度、贄として、自分のところに来たんだって」
転生、寿命、事故、他殺、どれに関わらず、命を落とした際、その魂は天へ、神のもとへ還る。そこで歩んだ時間を神へ返し、罪を洗い、徳を元に、新たな命となって、再び地へ生まれる。そうして、魂は世界を回る。壬生も、よく知る話だ。
時折、前世と呼ばれる、今とは違う時間軸の記憶を有する者がいる。
彼らは、神から役割を与えられた、神の使者として特別な者として、高位な神官となる事が多い。
無論、前世の記憶に狂う者もいるため、神からの罰でもある。その罪を流すため、彼らは神官として、人に尽くすとも言われる。全員がそうではなく、その前世を悪用する者もいる。
鬼は、輪廻転生への道の、障害とされていた。
そのため、その力を利用することは、禁忌であり、輪廻の輪に帰れなくなる、邪業とされていた。
多々ある思想の違うどの宗教でも、その扱いである。その為、時折、鬼狩りの寄合所や、街中で、聖職者と鬼狩りの小競り合いもあった。
壬生は、三度も喰われず(喰われたのかもしれないが)転生した、その人間は、何者なんだと目を開く。
「師匠が気まぐれで、喰わずに看取ったんだ。そしたら三回も来た」
四度目、空牙はその者によって、外に連れ出された。
「んにゃ、それでその相手と子をにゃした……と?」
子供は数人おり、その後二人の元を離れて、生活していたから、そのうちの一人が君の祖だろうと、門桜は頷く。
「しかし、鬼の血を引くことを、公言しないにせよ代々伝え受け継ぐって、なかなかだな」
「多分、知ってる子供と、知らない子供がいるんでしょ?」
シシィに目を向けて、首をかしげた。
ふふと、笑みを浮かべたシシィは、頷いて口を開く。
「当主とにゃる者、その候補者」
当主は、自分たちに鬼の血があること、あの問いに、門桜の呟いた言葉通り、応えたものがいれば、真実の歴史を伝えよ、それだけが伝えられていた。
今はそれがどう伝わっているかはわからない。シシィは探究心故に、言葉の片鱗を知ることができた、というだけだった。
「もう一人の候補者がにゃ、裏切った。伝えを守ろうとした者達を、皆殺し、そして今の座についた」
とても、優しい兄だったと、静かに目を細めてから呟く。理由は分からず、唐突に自分の知る、兄ではなくなったのだった。シシィは、いずれ見つかれば殺されるだろうと笑う。
そして、今この話は受け継がれておらず、既にシシィの代で途絶えたのだという。
壬生も戦鬼も、空牙に子孫がいるという事実だけで、既に理解が追いつかない、と顔を見合わせて肩をすくめた。
門桜は、何か思いついた顔をしたが、それ以上尋ねる事はしなかった。
「そういや、その合言葉か?あれはなんて意味なんだ?」
壬生がほにゃほにゃ言ってたやつと首をひねると、シシィが吹き出して笑う。
「にゃはは、悪いがその意味は教えられにゃい」
すぅっと静かに、目を細めると、先ほどまでの柔らかい雰囲気は無くなる。発せられた言葉に、門桜が、すこし驚いた顔でシシィを見る。ここまできてと、壬生が眉根を寄せた。
「この言葉の意味を知るって言うのは、ちと厄介にゃ、言葉の意味がではにゃく、知った後が」
シシィの言葉に、三人が同時に首をかしげる。それを見てくす、と笑うと頭上で、指先を鋏に見立てて何かを切る仕草をした。
「なんだそりゃ?」
シシィの行動に、つられるように壬生は頭上で同じように、手を動かす。そして、さらにわからないと、なんども繰り返す。戦鬼も、壬生の行動を見ながら、再び首をひねった。
門桜だけが、その動きに目を見開き納得したように黙る。
「だぁから、今更だろ。ンなこと、ここまで来たなら、勿体ぶらずに教えろっての」
「壬生は運命を信じるかにゃ?」
「あ?突然なんだ?まぁ、あるとは思うけどそれがどうした?」
唐突なシシィの質問に、また訳のわからない事をと、頭をかきながら頷く。
「シシィ、もうここまで来たならいいと思う。どうせもう引き下がれないでしょう」
「まっそうにゃ……どうせにゃに言っても、聞くまで納得せんだろうし。言葉を教えるのは明日、そして明日には、ここを発つ支度をするにゃ。そして壬生、ここまでの話にゃら、お前はまだ人にゃ、襲われる程度にゃけど、この先は、人としては戻れにゃい所に、足を踏み入れる。覚悟をしておくにゃ」
諦めたように肩をすくめた、シシィが笑う。よく考えて、辞めるなら今のうちと、手を振って今日はここまでと、立ち去った。
その言葉に、門桜も何故と不思議そうに首をひねるが、すでにシシィは家の中に戻ってしまった。
戦鬼は、シシィの言葉の真意を測ろうと、考え込む壬生に、話すタイミングを失ったなと首をかしげた。
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