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《10》ロイド教官
しおりを挟む「ご、ごめんなさい、僕·····」
視線の先でノワが赤らんだ手首を押さえつける。
痕は、強く掴まれたせいで出来たものだった。
「はぁ·····一体どうしたんだ」
ロイドは仕方なくため息を着いた。
「うう·····」
ノワは事の経緯を簡単に話した。
「それで、逃げようとしたら、扉に鍵がかかってて·····!」
「扉は一定の時間が経つと鍵がかかるようになってる」
防犯の為だという。あれは超常能力では無かったらしい。
しかし怪しい男だったのは間違いない。
「どんな奴だったんだ?」
「目がこう·····ギラギラした赤で、真っ黒な髪と、死人みたいな青白い肌で、ドラキュラみたいな」
「死人にドラキュラって…」
ロイドの顔には「やっぱり幻覚でも見たんじゃないか」と書かれている。
「本当です!本当に·····」
ノワは必死に訴えた。
ロイドは呆れたように首を振り、注意しておこうと話をまとめた。
まだ心許ないが、しつこくすると嫌われてしまうかもしれない。
「受け取れ」
渡されたのは数枚の紙が挟まれたファイルだった。
「1枚目から順に学園の規律事項と生徒会の活動表、各委員会のメンバーと活動表、予算案だ。規律事項とメンバーは全部覚えておくように」
A4の紙には文字がびっしりと打ち込まれていた。
記憶力には自信がある。ノワは元気よく返事をした。
「それと、問題ないとは思うが、社交界でのマナーも身につけておくように」
彼の説明中、部屋には誰もやってこなかった。
「なにか聞きたいことはあるか?」
「あの、フィ·····いや、他の生徒会の方は·····」
フィアンはいつやって来るのかが気になって仕方ない。
聞くと、ロイドはあっさり首を振った。
「今日は俺だけだ。もう終わったから、戻っていいぞ」
彼はノワに書類を渡すためだけに生徒会室へ足を運んだらしい。
ステータスに書かれていた通り、面倒見が良いようだ。
さすがみんなの兄貴、ロイド教官。
ノワは思わず表情をほころばせた。
「ありがとうございます」
「·····ああ」
目一杯可愛い角度を狙ったはずだが、相手の反応は相変わらず素っ気ない。
ちぇっ、と、脳内で舌打ちをする。
「あー·····腕痛むか?」
部屋を出ようとしたノワは不意に呼び止められた。
「え?」
手首を見下ろす。
うっすらと痣が出来ている。指摘されるまで気づかなかった。
「大丈夫です!」
学生たちは普段の鍛錬で大小様々な怪我を作るのが当たり前だ。
特にロイドは、剣練部の鬼教官として有名である。
彼がこんな傷跡を気にかけるなんて変な話だった。
(世にいうギャップ萌えか)
「優しいんですね」
厳つい顔つきは不可解そうに歪まれた。
「先輩?」
「·····次の招集日は、紙に書いてある通りだ」
ロイドはさっさと部屋を出ていってしまった。
ノワも彼に続いて部屋を出る。
ニコニコとしながら逞しい後ろ姿を見送り、1人になると、顔色はたちまち曇ってゆく。
窓の向こうにいた男は一体何者なのだろう。
三階の高さから真っ逆さまに飛び降り、跡形もなく消えたのだ。
不気味な奴にトンデモナイ秘密を知られてしまった。
(早く口止めしないと)
相手と同じように、自分もまた彼の弱みを握っている。
皇族に対する不敬罪だ。証拠がない為罪には問われないが、密告された者には、少なくとも1ヶ月監視が着くことになる。
自由奔放な様子のあの男には痛手になるだろう。
そうと決まれば捕まえて口止めの交渉をしなければ。
最悪、言葉が通じなければ武力行使だ。
ヒッヒッヒと不気味な笑い声をこぼすノワは、この時余程悪役らしかった。
───出会った頃から、彼は"そんな"視線を向けていた。
好意があるのかとかまをかければ、白けたような視線を向けてくる。ならば敵意だろうか。失礼な発言を繰り返して挑発してみたが、殺意は感じられなかった。
結局妥協するように怒りを沈める様子は、まるで自分のことをよく知っていて、「だから仕方ない」とでも言いたげだ。
軽くあしらわれるような、それよりも前に見透かされるような気分だった。
「ふっ」
キースは笑みを零した。
何を企んでいるのか分からないが、面白いルームメイトだ。
「君、ちょっといい?」
話しかけてきたのは、教室内で見た事のある顔つきだ。
「パトリックくんと仲、良いんだって?良ければ友人として紹介して欲しいんだけど·····」
パーティーで一度会ったことのある家紋の息子だった。
どうやら、ノワに興味があるらしい。
断るも相手は執拗かった。
基本男は嫌いで、醜い男は更に嫌いだ。
ため息をこぼし席を立ちあがる。
目線が逆転する。キースは冷ややかな視線でクラスメイトを見下ろした。
相手は、その場に立ちすくんだ。
「男色に友人を紹介するやつがいると思うかい?」
「·····!」
同性の使用人に手を出したことがある男子生徒だ。情報は殆ど外部に漏れていないようだが、キースの家は"特殊"だった。
相手の顔は真っ青だ。
ノワを助けたつもりは無い。
あのルームメイトは、退屈しのぎには丁度良い、それだけだ。
男ばかりの檻に閉じ込められるなど地獄だと信じて疑わなかったが、案外悪いものでもない。
次はどのようにしてノワをからかおうか。
口元は思はずにほくそ笑んだ。
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