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《15》友達になろう

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男は初めて会った頃と同じ言葉を吐く。



「はっ?」


彼はノワから手を離すと、袖口から茶色い毛の塊を引っ張り出した。


「··········?」


男性用ウィッグだ。


「リダルだ」


短く名乗り、それを頭に被る。

ノワはあっと叫んだ。
こんな風貌の生徒を、クラスで見かけたことがある。
1番後ろの席で、大抵机に伏せて居眠りをしている生徒だ。
探しても見つからないわけだった。


「なんで変装なんか·····」


「フィアン」


不意に出された名前に、身体が強ばる。


「お互い余計な事は気にせず、良い"友達"でいようぜ」


目の前の男は、例の変態行為を公言されたくなければ詮索するなと脅しているのだ。

ノワは素直に頷いた。
ムカつく野郎だが、大人しくしていた方が身のためだ。


「も、いい加減、退いて·····」


くれ、と、言いかけた言葉は、扉を開く音にかき消される。


「ノワく~·····ん·····?」


入ってきたのはキースだった。
彼の語尾が疑問形に変わる。整った顔立ちはたちまち不振そうに歪んだ。


「何だいこの状況は」


良からぬ誤解をされてもおかしくない光景だ。
ノワはぶんぶんと首を振った。


「いや、違う!違───んむっ?!」


リダルがノワの口元を塞ぐ。


「どういう状況かなんて、聞かなくても分かるだろ?」


(はぁぁぁぁ?!)


声を出すどころか、身動きさえ叶わない。

リダルを睨み上げる。彼は愉快そうに笑っていた。
壁にもたれかかったキースが、視界の先でわざとらしく肩を竦める。


「ノワくん、僕の事をたぶらかしておきながら、他の男まで·····」


「!?」


今、その冗談は全く笑えない。

リダルがくいと眉を持ち上げる。
彼はノワを見下ろし、唇だけを動かした。


『ビッチ』


「なっ·····?!」


ぱっと口元を解放される。

リダルはノワの上から退くとキースを通り過ぎ、こちらをチラとふりかえった。



「邪魔入ったし、また今度な」


「いや何が·····おい!」


彼はさっさと部屋を出て行ってしまう。
引き止めようとした手は行き場をなくした。


「大丈夫かい?」


差し出されたのはキースの手の平。
ノワは不満げにそれを眺めた。


「さっきの、誤解だから」

「分かってるよ」


彼が唇の端を軽く持ち上げる。

ここぞとばかりにからかわれると思っていたが、彼はそれ以上何も言わなかった。
キースの手を握り立ち上がる。


「ありがと」

「ノワくんが僕にゾッコンなのは、知ってるからさ」


キースが白い歯を零して笑う。

ちょっとでも感謝した自分が馬鹿みたいだ。
ノワは真顔を貫いた。


(あれ、でも…)


『プライベートで男と握手なんて冗談じゃない』


触れ合った手のひらを見下ろす。
案外悪い奴ではないのかもしれない。


(そうだ、リダルを探しに行こう)


ノワは部屋を飛び出した。
広場を出てすぐのところに、彼はいた。












「ノロマ」


開口一番言われた文句に顔をしかめる。
待っているつもりだったなら、部屋の前にいてくれれば良かったのに。こっちの方が文句を言いたいくらいだった。


「なんであんなこと言ったの?」

「ならどう説明するつもりだったんだ?まさかティーカップで殴りつけたクラスメイトに返り討ちにあってるとでも?」


リダルが胸ポケットから取り出した黒縁眼鏡をかける。

切れ長の目がノワをとらえた。


「いいんだぜ、俺は別に」


何もかも話したって、と、肩をすくめるリダル。
ノワは唇をかみ締めた。


「つーかお前、さっきの奴と付き合ってるってのは本当なのかよ。フィアンが好きな癖に?」


「ちょっ·····声でかいって!」


高い天井に彼の声が響く。ノワはリダルの口元を押さえつけた。


間近で見ると、やはり息を忘れるほどの美青年だ。
相手が軽く目を見開き、ふっと笑う。
いけ好かない奴だ。

ぱっと手を離す。


「付き合ってるわけない」

「あっちは満更でも無さそうだけどな」


こんな話は、嘘でも、口にして欲しくない。

貴族の間では噂話が印象の大半を占める。もしもさっきの出来事が知れ渡れば、キースとも良からぬ噂のある自分のイメージは、ただの同性愛者ではなく"男好き"になってしまう。

『ノワ』は、天性の悪役令息キャラクターだ。
悪い噂を出汁に、最悪の事態に追いやられるかもしれない。

想像しただけで鳥肌ものの死亡エンドだ。


「勝手なことばっかり·····」


「あ?」


リダルが面倒そうにノワを振り返る。








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