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《43》美しさは罪
しおりを挟むキースの知り合いらしい。
彼を待っている二人は、同時にこっちにも興味があるようだった。
「君と彼らを会わせたら何かと面倒だろう」
仕方なく頷く。
話せばボロが出てしまう。
「話しかけられたらどうするの?」
「黙礼だけで十分だよ。多少感じは悪いけど、お高く止まってるふうにしか見えないさ」
「他人事だと思って·····」
上機嫌なのが憎らしい。
ノワは、着飾った容姿からは想像もつかないほどふてぶてしい舌打ちを落とした。
「良い子だから、頼むよ」
キースはグラス越しにノワを眺めた。
女装をしているせいだろうか。
今日のノワは、どんな言動も妙に可愛らしく見えてしまう。
これも自分が女好きで、彼の女装姿が自分好みなせいだろう。
「キース·····」
心もとなさそうに自分の名を呟くノワに耳を傾ける。
調子の狂う気分を誤魔化すように、シャンパンを一口含んだ。
「早く戻ってこないと、だめだよ」
「ゴフッ」
突如、キースが飲み込んだシャンパンに噎せる。
「だ、大丈夫?」
驚いて聞くノワ。
キースは何度か咳を繰り返した。
「·····ああ、いや、問題ない」
彼は、すぐ戻る、という言葉を最後に、とうとうノワから離れてゆく。
それにしてもシャンパンに噎せるなん意外な面もあるものだ。
思い出してニヤニヤとする。
噎せた理由が、自分のセリフに動揺したせいだということは、勿論露ほども分からないのだった。
ノワは会場の端に落ち着き、深く息を吸い込んだ。
ベ○サイユ宮殿を思わせるような創りだ。
自ずと、いつかの第三宮殿を思い出させられた。
どこか儚く哀しげな宮殿。
人知れず咲く夜の薔薇と、しっとり濡れた庭。
白い月は外から剥離された宮殿を慰めるように優しく地面を照らしていた。
豪華で輝かしい宮殿は、まさに乙女ゲームの舞台にふさわしい。
しかし、どちらかといえば自分は、第三宮殿の方が好きだ。
若い頃の王が、寵愛した女性のみを招待したという禁断の楽園。
別名憎愛の檻。
子供を身ごもった若い妾は幽閉され、やがて疲弊し衰弱死した。
今日は第二皇子の凱旋パーティーだが、皆の表情が硬いのには"ワケ"がある。
第二皇子は妾の子供だ。
貴族社会から離れ、戦の実権を握っていた影の皇子。
虐殺ともいわれる非道なやり口で敵を屈服させていった戦闘狂───そう噂されている彼は、今回の戦で勝利を収めたことにより、英雄としての名誉と一部の政権を与えられた。
集められた貴族たちも、今まで疎外していた皇子にどう取り付こうかと必死らしかった。
(第二皇子·····)
妾の子供として生まれただけで、存在を疎まれ、死を望まれた存在。
16になったばかりの少年を死地へ追いやるなど、死ねと言っているようなものだ。
ノワはじっと床を見つめた。
輝かしい皇家の影を見るようだ。
第二皇太子はゲーム中にただの少しも登場しない。
さほど重要人物では無いのは分かっているが、ノワの目線はそれらしき人物を探し、さまよわれた。
(腹違いとはいえフィアン様の弟なんだから、きっと凄く····)
整っているのなんだろうな、と、見たことの無い第二皇子の顔を想像する。
転生しても、やはりイケメン好きなのは変わりない。
「麗しいご令嬢」
ふいに声をかけられ、ノワは後ろを振り返った。
グラスを片手に持った男が恭しく礼をする。
「.......」
ノワは視線だけで挨拶を返した。
我ながら感じが悪い。しかし、相手は変わらず、惚れ惚れとノワを見つめていた。
「一目見た瞬間、貴女の虜になってしまったようです」
いくつか年上の、物腰が柔らかそうな紳士。
相手の表情は真剣そのものだ。
彼に背を向け、その場を離れようと歩き出す。
しかし男は行く手を阻むように立ち塞がった。
「!」
「どうかお名前だけでも───」
(?!)
相手の腕が不意にこちらへと伸びてくる。
"美しさは罪"。
どこかのことわざを思い出しながら、ノワは嫌悪感に青ざめた。
「ライフォート卿」
高い天井に、男の声が響く。
その場が、しんと静まり返った。
───ゲーム中、何度も再生した凛々しい声だ。
ノワはあっと口元を覆った。
「──皇太子殿下に、ご挨拶申し上げます!」
その場にいた全員がいっせいに頭を垂れる。
王族主催の舞踏会。
彼が出席しているのは、当たり前の事だった。
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