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《46》告白
しおりを挟む「あの月、幾つ見える?」
問いかけられ、ノワは首を傾げた。
フィアンが真似するように首を傾げてみせる。
ノワの頬は安易に熱くなった。
「それはもちろん、1つ·····」
「俺は五つ、重なって見える」
可笑しな返答だ。
当の本人は変わらず夜空を眺めていた。
「乱視なんだ。暗闇では、明かりが何重にも見える」
「え·····」
ノワは目を見開いた。
だって彼は、物語上では騎士団の夜行訓練でも先陣を従えていたし、暗闇で飛び交う炎の弓から主人公を守りきるエピソードだって、朝飯前のように描かれていたのだ。
生まれながらにして才能と地位を持つ勝ち組。
さすが乙女ゲームの攻略対象だと羨んでいた。
なぜ、会って間もない女性に、こんなことを打ち明けるのだろうか。
彼の弱点になり得る情報だ。
フィアンは、驚くノワに苦笑を返し、再び夜空を見上げた。
──期待や憧れよりも熱心で、同性でもまれにいる下心とは違う眼差し。
自分の役に立てたと喜び、褒美を聞けば、嬉しそうに名前を呼んだ。
こんなところに紛れ込んでいる理由も、全てが不思議な後輩だ。
純粋すぎる好意に、ふと疑問が浮かんだ。
この告白に意味はない。
ただ彼が、こんな場所に、それも他人のフリをして紛れ込むのだから、この出来事もなかったことになるはずだ。
完璧ではない自分を知り幻滅するのなら、今夜だけの姿とともに、その好意を葬り去れば良い。
「じゃあ、フィアン様の見てる世界は、もっと鮮やかなんですね」
楽しげな声が夜空に溶ける。
言葉を失ったのはフィアンの方だった。
キラキラと光る瞳は、すぐに"げ"とでも言いたげな表情をする。ノワはごほんごほんと咳払いした。
大方、無意識に「フィアン様」と呼んでしまったことを誤魔化そうとしているのだろう。
「·····ふっ·····」
フィアンは耐えきれず笑い声を漏らした。
(笑われちゃった)
ノワはちょっと恥ずかしくなりながらも、正体がバレなかったことに安堵する。
「同じ景色が見てみたいです」
なんとはなしに言った、純粋な好奇心だった。
「見てみるか?」
「え?」
宝石のような瞳がノワを捉えた。
逃げることも出来ず、しかし嫌ではない、甘く拘束するような視線。
また、あの時のような感覚だ。
(·····あれ?)
腰に回った手が、熱い。
瞬きをした金の睫毛が、光をまといながら、ノワの額をくすぐった。
「────·····」
囁きと共に鼻先へ吐息がかかる。
「あっ··········へ?」
ノワは思い切り彼の胸元を押した。
フィアンはこちらの様子を確かめるように、未だ視線をそらさない。
数歩後ずさる。
そして一目散に走り出した。
─────────────
"遊び相手が必要なんじゃないの?"
ノワの後ろ姿を眺めながら、自身の唇へそっと触れる。
自分へ向けられていたノワの気持ちが、他人の物になるかもしれない。
そんなことを、ここ数日間、無意識のうちに何度か想像した。
月光の下、口元からは感情が消える。
距離が縮んだ時。
薄桃に色付いた唇を、いっそ塞いでしまおうかと、一瞬でも考えたのだ。
「·····不味いな」
長い指は、そっと唇をなぞった。
「~~~~っ!!!!」
大理石の廊下を駆け抜け、人気のない場所を探す。
気がつくと、ノワは庭へ飛び出していた。
途中、会場で見かけた数人の令嬢に「見つけた」とか「待ちなさい」などと呼び止められたような気がするが、相手をする余裕はなかった。
"よそ見をするなよ"
頭の中は疑問符でいっぱいになる。
暗い庭に目が慣れた頃、うるさかった心臓は、やがてキリキリと痛みだした。
格好良くて、清廉潔白なフィアン。それがノワの知る彼だ。
とても手の届かない、崇高な存在なのだ。
(どうして·····)
出会ったばかりの女性に、易々と手を出すような人ではない。
そう思いたいのに、戯れた熱が、たしかにまだ残っている。
知りたくはなかった。
それ以上に困惑している理由が他にあった。
(彼が、初対面の女性に手を出すような男なら)
自分が、もしも本当に女なら、一度でも愛してくれたのかもしれない。
そんな下品な考えが、頭を埋めつくしていたのだ。
彼が好きだ。
だから、彼のどんな一面を知っても、失望したり愛想をつかすなんてことは、到底無理だ。
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