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《53》運の尽き

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「何か事情があるんだろう?なんなら何も気づかなかった振りをしてあげよう」


バーテンベルク家は、帝国一の情報ギルドを運営している。

国の機密情報さえ握っているギルド。それはバーテンベルク家と皇室の深い信頼関係から成り立っていた。

常に全ての貴族を見張り、怪しい動きがあればすぐさま皇室に密告する。

如何なる時も皇帝へ忠誠を誓ってきたバーテンベルク家は、知る者の間では、別名"皇室の番犬"とも呼ばれていた。


「僕のルームメイトにちょっかいを掛けるな」


果たして返ってきたのは、乾いた笑い声だった。


「キャンキャンうるせえな·····」


リダルが階段を登りきる。二人の体制は逆転した。

キースは目を見開いた。
見下ろした赤い瞳が、ある人物と重なったのだ。


「まさか·····」


リダルはもう振り返ることなく廊下の先を進んだ。

男嫌いなキースが、ノワへの介入を牽制した。
どうやらノワを相当気に入っているようだ。
リダルは呆れたようにため息を落とした。

無意識に男を誑かすのだから、どうしようもない奴だ。

ノワを知る度蔑視感は募る。同時に、決意の込められた瞳に、何か訳があるのかと考えさせられてしまう。

フィアンの為に流す涙など見たくない。
すぐに、この自分で上書きしてやろう。

ノブを捻ると、寮室の扉は簡単に開いた。

そこにノワはいなかった。

























裏庭に逃げ込んできたのが運の尽きだった。

太陽の下でサラリと揺れる白髪に、涼し気な碧眼。
同じ制服を着ているというのに、おとぎ話からやってきた王子様のような容貌の男だ。

彼は目の前に飛び出してきたノワを捉え、軽く瞳を見開いた。

先ほどよりも不味い状況だ。


「これはこれは」


微笑まれた口元がとてもいじわるく見えるのは気の所為ではない。


「こ、んにちは…」


裏返りそうな声でなんとか挨拶をする。
じゃあ、と、踵を返すノワの行先は、ユージーンの腕に阻まれた。


「どこへ行くんだい?」


ノワの頭上に影が落ちる。


「えと·····」


ふっと笑った吐息には、見下すような雰囲気があった。


「この後、予定は?」



少し話そうかという提案に、イエス以外の選択肢はない。
ノワは泣く泣く頷いた。







ユージーンに連れられ、やってきたのは温室だった。


「誰も来ないから、安心すると良い」


いっそ誰かがいた方がマシだ。

テーブルを挟んだ椅子に向かい合って座る。
こちらを眺めるユージーンの視線に虐められること数分、ノワは完全に萎縮しきっていた。


「君を呼び出す手間が省けたな」


これはいわゆる、死亡フラグ一直線コースだ。
拳を握りしめる。なんとかしなければ。


「ゆ、ユージーン様!」


震えた声が情けないが、この際気にしている場合ではない。


「その·····例の件については、本当に申し訳ありません。しかし、僕は危害を加えようなんて、これっぽっちも·····」


「例の件とは、君が俺の邸に不法侵入した事かな」


わざわざ濁した案件を具体的に暴露される。

今更シラを切っても無駄だ。
そう思い自ら白状したノワだが、ユージーンはそれを予想していたかのように、愉快気な表情を崩さなかった。


「では、公爵邸に侵入するだけの理由を、是非教えてもらいたいものだ」


さわやかな笑みが恐ろしい。


「ああ、それともう一つ」


ユージーンは思い出したように口を開いた。


「少なくとももう1人、この件に関与している人間がいるだろう?」


「!」


パッと顔を上げるノワ。
「しまった」と思うが、もう遅い。


「素直な所が好印象だね」


優しげな瞳がすっと細められた。


「優しく聞いているうちに答えた方が良いのは、優秀な君にならわかるはずだが」


ノワは震え上がった。
思わず頷きそうになってから、思いとどまる。

ユージーンを気絶させたのはリダルだ。

東〇湾に沈めてしまいたい程腹立たしいクラスメイトだが、あの時は危機一髪のところを助けてくれた恩人でもある。

彼を売ることは出来ない。

ノワは一度口を噤み、自身の手の甲を見下ろした。

まさか、ここが乙女ゲームの世界で、あなたはあの日叔父の刺客のせいで片眼を失う筈だったんだなんて、言える訳が無い。

ユージーンが長い足を組みかえる。

ノワは顔面蒼白だった。
下手なことを言えば、この命は安易に消されてしまう。
そもそも、公爵邸に不法侵入した者が許される理由など存在するわけが無いのだ。


「ぼ、僕は·····」


思考時間は時間にすれば20秒にも満たなかった。











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