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《54》ポエム
しおりを挟む一度息を吸い込む。
そして、一息に叫んだ。
「ユージーン様をお慕いする余り、公爵邸に忍び込んでしまいました!!」
残声は2人だけの空間にじんわり響き、やがて静寂が訪れる。
「····························は?」
ノワは勢いのまま先を続けた。
「で····出会った頃から、その、一目惚れだったんです!日に日に想いは増してゆきました。慈愛のこもった瞳や、えーと···や、優しく紳士的な振る舞いに、僕は···」
優しいとは何だっけ。
口から出る嘘八百に心で涙を流す。もう取り返しはつかない。
「休暇中会えないのだと思うと、胸が切なく疼き、どうしようもなかったんです····安らかな寝顔だけでも見ることが出来たのなら、どんなに嬉しいかと、愚かなことを考えてしまいました」
我ながら完璧な即興ポエムだ。
正当な理由が見つからないのなら、不当でも生き延びる道を探さなければいけない。
ユージーンに気付かれぬよう手の甲を抓る。
涙が滲むほど痛みを与え、まるで恥じらうように視線を伏せた。
前世で20年間、今世では7年。
合わせて27年を生き抜いた男の中の男は確信している。
今まで以上に必死になったことは無い。
「ぶっ」
驚いて顔を上げる。相手の口元はしなやかな指に遮られ、口元を確認することが出来ない。
(わ、笑われた?)
優美な瞳と視線が合う。
「なるほど」
なるほどとは。疑問は彼の美貌を前にすれば、たちまち空虚へと消えていった。
「あの日はパーティーで行動を共にしたばかりだが」
鋭い指摘が飛ぶ。
手のひらは、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
「ふむ···それでも我慢できず夜中に侵入するとは、どうやら"余程"俺が好きらしい」
違うかい?と問いたユージーンに、ノワは大きく首を縦に振った。
「は──はい!その通りです!だから、本当に、悪意とか、危害を加えようとしたんじゃなくて、純粋な好意で····」
「その好意とは、」
必死の訴えを遮ったのは、先程よりも半音低い声。
艶やかな瞳に見つめられ、不覚にもドキリとする。
視線を泳がせると「逸らすな」と行動を制御された。
こちらの心を見透かすような含み笑いが零される。
「恋愛感情としての好意だね?」
意図のわからぬ質問だ。
「は、はい·····?」
「それでは、勿論俺を性の対象として見ているわけだ」
「へっ」
素っ頓狂な声が漏れる。
しかし、ここで怪しまれて嘘がバレでもしたら、今度こそゲームオーバー。
即ち待つのは「死」のみ。
「そ、そうです」
こうなればイチもバチもない。ノワは激しく頷いた。
「どうか、命だけは····今回の件のようなことは、もう絶対にしないと違います。ユージーン様のこともきれいさっぱり諦めて·····」
「"ジェダイト"」
「·····?」
ユージーンが呟く。
ノワは首を傾げた。
「俺の事はそう呼ぶように。そして、君の熱い想いは十分に理解したよ」
「········?···············??」
"キミノアツイオモイハジュウブンニリカイシタヨ"??
まるで告白を受け入れるような発言だ。
ノワは彼の言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
目の前の美男がそっと微笑む。
瞳の奥に滲んだのは、嗜虐さを込めた熱だった。
ノワの背を、ぞくりとしたものが駈けてゆく。
一方で、ユージーンはノワが可笑しくてたまらなかった。
自分を騙せているつもりなのだろう。ことごとく愚かな後輩だ。
しかし、彼の話に乗ってやった方が、こちらとしても面白い。
「ノワ」
こちらへ、と、ノワを手招きする。
ノワは困惑しながらソファを立ち上がった。
「君を許そう。但し"裏切る"ようなことがあれば、その時は──」
「あっ!」
不意に腕を引っ張られ、前のめりに倒れ込む。
ノワはユージーンの膝の上にまたがった。
「制裁を下すだろう」
深い海のような瞳が、ノワの顔を覗き込む。
瞬きをした睫毛が鼻をくすぐった。
「キスでもしようか」
「·····へ·····?」
いっそう甘くなった声が、直接鼓膜へ囁く。
「誓いのキスを」
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