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《94》噺
しおりを挟む同時に、安堵している自分がいた。
2度目の落胆は今度こそ裏切られることは無い。でなければ、面倒なことになりそうだと予感していた。
ノワが求めたのは、物でも金でも無かった。
「"公爵家でのこと"を、忘れて欲しいんです。それで、将来のお話は、無かったことにしてください」
窓の向こうを、一羽の野鳥が飛んでゆく。
ユージーンは、おもむろに彼を振り返った。
提案されたのは、自分との繋がりを完全に絶つ内容だった。
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これは、今から十数年前の噺である。
「どうして母上とぼくは、外に出られないのですか?」
駆け寄って来た息子に、美しい母親は歌をきかせた。
彼女の故郷の歌だ。
安全な宮殿の中に幽閉された母子。5歳の子を持つリベラは、当時まだ23歳という若さだった。
彼女は何一つ我儘を言わなかった。ただ宮殿で本を読み、花を積み、幼い我が子へ歌をきかせる。それが彼女の選んだ人生だった。
「これは、あなたがお父様の子供だという証なのよ」
リベラは、息子の首にかけたネックレスを指先で撫でた。
「どんな運命が待っていても、その瞳とネックレスが、間違いなくあなたがお父様の子供だという印。決して忘れず、肌身離さず持っていなさい」
「ぼくは、母様の子供でもあるのに」
母親は、少年の言葉に寂しげな微笑を浮かべるだけだった。
ザヴォンは3日に1度、第三宮殿へやってきた。
少年は外の世界を知らない。しかし、幸せだった。
ある日の昼食が、母子の最後の時間になった。
食事を口にしながら、少年は強い眠気に襲われた。それ以降の記憶はない。
彼が目を覚ました時には、全ての事が終わった後だった。
リベラの護衛騎士カヤンは、彼女が皇帝の寵愛を受けていることを忌まわしく思っていた。
カヤンだけでは無い。王宮に仕える者は、皆上流貴族出身の者。プライドの高い彼らにとって、リベラは邪魔な存在だった。
后妃ミシェリア側の人間が、リベラを排除しようと目論んだ。
計画の実行を後押ししたのは、公爵家の人間。彼らは第1皇子であるフィアンを皇帝に迎えることを望み、ミシェリアの陰謀を手助けすると誓った。
計画はまもなくして実行された。
リベラが護衛騎士と深い仲にある。彼女を愛するザヴォンは、初めその噂を断固信じなかった。
ザヴォンは、それを自分の目でしかと確認することになる。
ザヴォンが第三宮殿へやって来た深夜の事だった。
淫らな喘ぎ声は、廊下を進むにつれ大きくなってゆく。
半開きになった扉の先で、発情した雌猫のように叫ぶリベラが、男の上で腰を振っていた。
カヤンはザヴォンの信頼する数少ない人間だった。
怒り狂ったザヴォンは、その場でカヤンを手にかけた。剣が振りかざされる瞬間、彼が口にしたのは、命乞いではなかった。
「我が主よ、どうか目を覚ましてください。これは男を誘惑する悪女です」
首の無くなった男の上で、最愛の女は、構わず腰を振り続けていた。
次に目を覚ました時、リベラはその事実を受け入れなかった。
信じてくれと懇願するリベラの言葉は、意味を成さない。
この事件をきっかけに、ザヴォンの知られざるリベラの姿が告発されていった。
メイド達は、カヤンとリベラが夜な夜な情事を楽しんでいたと、口々に告白した。
口止めをされたと言う者も複数人いた。
皇帝は重い持病を患い、美しい金髪はみるみる枯れていった。
リベラは自害し、その死は、尊厳死として世に知らされた。
それからというもの、リベラに関する話は、今後一切誰一人として口にすることを禁じられたのだ。
第二皇子の乳母や周りの人間は、反逆を目論んでいる可能性があるとし、皆拷問の末処刑された。
後に、少年はその事件の真相を知る。
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