【完結】悪役令息に転生した社畜は物語を変えたい。

《９５》本当の死

皇后から贈られた茶葉は、若く孤独なリベラにとって毒であり、同時に幸福だった。

リベラは薬漬けにされていた。
彼女はそれを知りながら、食事を拒むことはしなかった。

全貌を知ると共に、少年は何よりも残酷な真実に気づいてしまう。
事件が起こるよりずっと前に、既に母親に捨てられていたのた。





   この首飾りは、どんな時でも肌身離さず身につけていなければならない。

冷たい鎖が、自分に皇帝の血が流れているという事を思い知らせるのだ。
自分はただの娼婦の子供ではなく、この国の皇帝の血を引いているのだと。

復讐を誓った。

自分を侮辱し嘲笑った者達を、この力で従える。それが、プライドの高い彼らの「本当の死」だ。

そうやって、復讐の炎を燃やしながら生きてきた。





「あなたが生まれることを、望んでいなかった。あなたさえいなければ·····」





彼女は、記憶の奥底で告げる。
久しぶりに見る幻だ。もう顔さえ思い出せない母親の姿が、だんだんと別の人間に変わる。




「嫌い」




これは、記憶に新しい声だった。

憎悪、侮蔑、恐怖。
孤独、苦しみ、悼み。

戦地の悲鳴や生臭い血肉の匂い。

畏怖と、好奇の視線。

諦めた方が楽になれると、何度も己が囁いた。

その度自分を奮い立たせたのは、激しい憎しみだった。

復讐だけを望んで生きてきた。
赤黒い世界に入り込んできたのは、そんなものとは縁のない、非力な少年だった。

小枝を折るように、彼の首を折ることだって、容易かったはずだ。
彼に対する好奇心は、やがてそれ以上のものへと形を変えていった。

彼を怖がらせたくなくて、目の前の敵を殺すのを躊躇った。
無駄に体力を消費し、怪我を負った。彼への醜い独占欲のせいで、最善の判断をすることさえ出来なかった。

彼の一挙一動に惑わされ、時には自制が効かなくなる。

彼の存在は、自分を弱くする。それは、戦地の死神と呼ばれた男とはまるで別の、人の心を持つ『人間』になるような気分だった。




「嫌いだよ✕✕✕✕」




ノワの表情は確認できない。ただ離れた場所から、他の人間と同じ目でこちらを眺めている。




「人殺ししかできない、呪われた皇子。誰もがお前の死を望んでる。お前は、人を不幸に導くから」




薄い唇が息を吸うように告げた。
憎みながら、恐れていた。彼らの言う通りなのではないかと。唯一ぬくもりをくれた母親が心の内で思っていたことこそ、それだったのではないかと。

姿形が記憶から消えたって、母親はこうして夢の中へ出てきて、その台詞を囁く。
何度も何度も何度も何度も囁くのだ。

けれど。


(こいつは·····)


夢の中のノワに手を伸ばす。
洗いたての朝日を浴びながら、ノワはケラケラと笑っていた。

彼を救うために人を刺した。人殺しだと、野蛮な戦闘狂だと、他の人間は云った。
けれど彼は違っていた。

耐えることの出来る強い人間だと、幼さの残る顔がこちらを振り返り、告げたのだ。


(あいつは、他とは違う)


これは幻想だ。ノワは、こんなことを言わない。


(なあ、そうだろ？お前は·····)





"お前のことなんか、信じないから！"


"嫌いだ····大嫌い····"





誰にともなく問いかけたリダルは、伸ばした手をピタリと止めた。
辺りは長い悪夢に飲み込まれるように、闇へと染まっていった。























数日後、ノワはとうとう机に突っ伏した。

やはりあの二人は付き合っていたんだ、なんて、心外な囁き声が聞こえてくる。
好奇の視線を廊下の方からも感じる。こちらを観察する他クラスの生徒達のものだ。


「一時はどうなるかと思ったけどさ、順調みたいだな」