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《169》りんご飴
しおりを挟む「時期にわかるだろう」
彼は短く言って、再び先を歩き始めた。
広い背中を眺める。なんだ今の決めゼリフ、格好よすぎる。やはり、彼の後釜を務めるなど、自分にはとても無理だろう。
「ウォルター先輩の背中って頼もしいですね!」
「·····俺じゃなくて、周りを見ろ」
初っ端から注意されっぱなしだ。
砂埃りが舞う。嚔は、息を飲み込んで耐えた。
「うわあ!」
ノワは噴水の前の屋台に目を輝かせた。
ガラス棒に刺さった果物が、丸々一個、砂糖やラメでコーティングされている。
「ウォルター先輩、見てください!りんご飴みたい」
「リンゴアメ?なんだそれ」
「あっ」
また怒られてしまう。
ロイドが、屋台の方に向かう。暫くして、彼は飾り付けられた果物を片手に戻ってきた。
「ほら」
「·····?」
ごつごつした手が、砂糖の塊を差し出してくる。
ノワは反射的に受け取った。
持っていろということだろうか。甘党だなんて、初めて知った。
「食べろ」
「僕がですか?」
「欲しかったんだろ?」
まさか買って貰えるとは思っていなかった。
呆然とそれを見つめ、ひと口かじる。
「おいしいです」
みずみずしい果汁に砂糖が溶ける。
酸っぱさが二割、八割は甘味だ。
夕日が沈み、あたりは薄暗くなていった。
周りの店が灯りをともし、町は夜の顔をのぞかせる。
二人は夜の町を進んだ。
いくらか涼しい風が混雑を抜けてゆく。
広場では、炎を囲んで、人々が踊りを踊っていた。
ノワは果物を全部食べきって、指に付いた砂糖を舐める。
「口の周りが砂糖だらけだ」
「えっ」
ロイドが仕方なさそうに笑う。
「取れましたか?」
手の甲で口元をこする。
大袈裟に拭き取ったのは、照れ隠しだ。
伸びてきた指が、優しく唇を拭った。
「·····あ!だ、大丈夫です!」
ノワは慌てて舌で唇を舐めとる。ロイドの指も一緒に舐めてしまった。
「パトリック」
(あれ?)
鋭い瞳と、視線が絡み合う。
妙に近い。研ぎ澄まされた三白眼には、自分だけが映っていた。
「·····すまない」
商店街の灯りが遮断された。
被ったフードが触れ合う。町の騒音が、一瞬遠のいた。
ロイドは、くるりと背を向け、先を歩きだした。
「···ウォルター先輩!」
ノワはロイドの背を追って小走りになった。
(びっくりした)
彼の吐息が、頬にかかるほど近かった。
一瞬、キスされるかもなんて、ありえない事を思ってしまった。
「先輩、待ってください」
「·····そろそろ戻るぞ」
隣に並ぶが、彼はこちらを振り返らなかった。
(どうして謝ったんだろ?)
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