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《264》相手の気持ち
しおりを挟むいい歳をした大人たちよりも大人びていて、望むものは何だって手に入れることのできる男だ。
彼に命令されたら、逆らえない。だから今回の約束を破ってしまった時、ノワは真っ先に彼からの罰を恐れた。
しかし、待っていたのは甘すぎる罰だった。
自分は、罰を恐れるより先に、彼に少しでも申し訳ないと思っただろうか?
ノワは扉から離れた。
「ジェダイト様、ごめんなさい」
深く頭を下げる。
こちらにかかとを向けていた革靴が、少し振り返る。
「今度からは、絶対に忘れませんから」
ノワはユージーンの頬にそっと手を伸ばした。
吸い込まれそうなほど澄んだ湖に、自分だけが写っている。
初めて知った。
自分の言動で、彼が優しく笑ってくれるなんて。
「では、もうひとつ約束をしよう」
「·····へ?」
「約束を破った時のための約束だよ」
さっきまでしおらしかった人間が、スラスラと提案を口にする。
まさか演技だったわけではないだろうか。
誠に失礼ながら、そんな疑惑さえ抱いてしまう。
「今度俺を裏切ったら、代償は君自身で払ってもらう」
「僕自身、ですか?」
ノワはキョトンとして、ユージーンの言葉を反芻した。
彼が満足できるような金や品物なんて持っていない。
「僕、何も持ってません」
「君は馬鹿だね」
あまりに直接的な罵倒だが、その通りなので余計ショックだ。
項垂れたノワを見ながら、ユージーンがそっとほくそ笑む。
「持っているだろう?とっておきの秘蔵を」
「·····?」
しなやかな人差し指がノワの唇をなぞる。
「次、約束を破ったら──」
ノワは思わず生唾を飲み込んだ。
ただの会話なのに、妙になまめかしい視線に、苛まれている気分になる。
「直ちに、俺に純情を捧げろ」
「おっふ」
慌てて、両手で口を塞ぐ。
エッチな乙女ゲームみたいなセリフだ。
──いや、一応この世界は『イケロマ』という正真正銘R18乙女ゲームだった。
「あの、ジェ·····」
顔に影が落ちる。
言葉を紡ごうとして、丁度開いていたノワの唇は、ぱくりと塞がれた。
甘い口付けを甘受する。
大きな手は、ノワのこめかみから首筋をすっかり覆った。
「んう」
長いまつ毛が瞼に触れて、こそばゆい。
キスはしないと言ったのに、結局、舌まで濃厚に絡まり合う。
ノワは身をよじった。
「あ·····っ?」
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