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🍸9話.上書き🍾
しおりを挟む「何かあるやんな?」
よく見ると暗い目をしてる。
オニキスみたいに黒く沈んで、しかし輝く瞳から視線を逸らす。
あると思われてるのは、お金。
そして、他の誰にも打ち明けられない秘密。
「お、おかね·····」
「金?」
彼はふっと笑った。
「そんなもんどの卓行っても沸いてんねんで?」
彼のこういうところを、他の人は知ってるんだろうか。
また逃げたくなってきて、グラスをテーブルに置く。
たまに混ざる関西出身の訛りが、彼にはとても良く似合う。
「ナイショにしてるの見してよ」
「ぁ、」
上質なベストは前のめりになると少し窮屈そうだ。
こんなのおかしい。店の中で、それもハルキ以外の男がこんな距離で、逃げ場もなくて。
(にげるとこ、ない)
店の騒音が2人を隠すみたいだ。
「なぁ、いつまで黙ってられんの?」
彼が話すと、鼓膜が揺れる。
それほど近い。
こんな雰囲気は、ハルキ以外知らない。
「ち、近·····っ」
「我慢できなくなるまで·····」
(こわい)
彼しか知らないのに。
「·····全然待つで?」
「面白そうな話してんね」
───不意に、ザラついて陽気な低音が加わる。
見覚えのある革靴。
パッと顔を上げたミチルとは目を合わせないまま、ハルキはツバサへニコリとした。
「何を待つって?」
「ハハ。お水ちゃんからの告白かな」
「あ、そう。で、いつまで座ってんの?お前」
『カサ・ディアブロNo.1のハルキ』と、『No.3のツバサ』。
この舞台でハルキの意向に従うのは暗黙の了解だ。
「·····──おっとっとー、こりゃ失礼しました」
スルリと圧が抜けて、隣の男が立ち上がる。
こちらを見た彼はそっと唇を舐めた。嫌な鳥肌がして俯くが、ツバサはさっさとその場を去ってゆく。
「は、ハル·····」
「ヘルプ指名したんだね」
「へ」
一言目から思いがけない言葉だ。
ミチルはぶんぶん首を振った。
「へえ」
どっちでも良さそうな返答である。
それもそうだ。へんな期待を捨てた時、「違うなら」と、彼は店内を横目に続けた。
「酒ぶっかけていいよ」
冷めた声が言うから、聞き間違いかと思ってしまう。
けれど聞き返そうと思ってやめる。
ハルキは同じことを二度言うのが嫌いだ。
今日は髪をセンター分けにしてる。高い鼻から眉に沿っての曲線や、形のよい額が丸見えだ。
ハルキしか知らなかった距離に、誰かが来たのが嫌だった。
キスされた。逃げようと思ったのに、実際は少しもそんなことできなくて、どうしたら良いのかわからなくなった。
だからハルキに上書きして欲しい。
そんな色んな思いが湧き上がるのに、相手はちっとも気にしてない。
彼の気持ちは全くこっちにない。
「ハルくん·····」
だから、言える気がする。
人々の笑い声が遠のいた気がする。
「ハルくん、好き」
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