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第一章

《第3話》お供え物

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関係が大きく変化するまでは、あと少しだった。

























その日の昼休み、姫宮は机の上へ並べられたパンの数々に、ため息を着いた。


「相変わらずヤベぇ~量だな」


姫宮の言葉を代弁したのは、クラスメイトの荒井だ。
彼はその中からメロンパンを取り出すと、豪快にかぶりついた。
がっしりとした図体の割に、甘党な男だ。


「荒井、勝手に食うと姫宮のファンに刺されるぜ」


野次を飛ばしてきたのは、隣席のチャラついた風貌の男子生徒。
同じくバスケ部の松川だ。

月曜と木曜は4限目が体育。その曜日は、決まってファンからの差し入れが机の上へ並べられている。

通称"お供え物"とか言われているが、自分は神でも仏でもない。
荒井からの肘鉄を受け止める松川を横目に、姫宮は今一度深くため息をついた。

松川が、食らった肘鉄に「痛いなぁ~」とさして痛くもなさそうに言う。


「···松川も食う?」


姫宮が話題を振る。
彼は荒井などそっちのけで身体ごと姫宮へ向き直った。


「じゃあ、みずき君っていうパンを一つ」


爽やかな笑みは、今度こそ荒井に羽交い締めにされた。
部活でも教室でも、相変わらず仲のいい2人だ。
姫宮は1番上の焼きそばパンを手に取った。

袋から取り出したそれに、かじりついた時だった。


「姫宮くん、あの·····」


廊下の方からやってきたクラスメイトが、遠慮がちに話しかけてくる。


「2年生の人が呼んでるよ」


どこか焦ったような様子の女子生徒だ。礼を言うと、彼女は「キャッ」と叫び声を上げ、教室を出ていってしまった。

急いでいるなら他のやつに頼めばいいのに。ぼんやりと思いつつ、荒井と松川をほったらかして廊下へ向かう。

廊下は異常な賑わいを見せていた。
掲示板の前に人だかりができている。

一体何事かと目をこらす。
台風の中心には、周りよりも背の高い男子生徒がいた。
形の良い眉に、高い鼻。俯きがちに周りの人間へ対応する視線は、少しばかりつり上がって知的な印象のある、茶眼だ。

学内にいれば間違いなく目立つ容姿の男子生徒だった。
彼は周りの人間に言葉を返しつつ、時折誰かを探すように視線をさまよわせ、姫宮と視線を絡ませる。

目が合うと、涼し気な目元はすっと見開かれた。


「姫宮先輩」


姫宮にとって全く認識のない彼は、はっきりとこちらの名前を呼んだ。


「?」


知らない生徒に呼ばれることは珍しくないが、彼みたいな生徒を覚えていないというのが疑問だ。
姫宮が近づく前に、相手は長い足を大きく開き歩み寄ってくる。

真っ直ぐにこちらを見た美形は、心做しか嬉しそうだ。
背が高いな、バスケ経験者ならうちの部に来ればいいのに、なんて思いながら、姫宮は彼を見上げた。


「2年A組、[[rb:庵野雅 > あんのみやび]]です」


声優にいそうな、滑舌のはっきりした声だ。
あんのみやび。
少し珍しい苗字は、やはり聞き覚えがない。

ぱっとしない表情のまま、用件を聞こうと小さく頷く。
そんな姫宮を、庵野はどこか熱の篭った瞳で見つめていた。

上品に持ち上げられた口角は均等だ。見れば見るほど綺麗な顔をした男である。


「先日この学校へ編入してきました。バスケ部に入部希望です」


進学校の編入試験に合格するくらいなのだから、成績は優秀なようだ。
赤点で大会出場不可になる心配はない。彼を軽く脳内調査し、姫宮はいくつか質問した。 


「庵野、バスケ経験ある?」

「はい、あります」

「遅刻厳禁休む場合は必ず連絡」

「勿論です」

「全国大会出場校だから、他よりもずっと厳しいけど」

「はい、問題ありません」


頼もしい返事が返ってくる。


「よし」


姫宮はぽんと両手を叩いた。


「じゃ、早速今日から入部届持って部活来いよ」

「はい!」


気持ちの良い返事をし、切れ長の目元が細められる。
やはり整った顔面に気後れしていると、大きな手のひらが差し出された。


「よろしくお願いしますね、姫宮先輩」


握手を求めてきた庵野に、姫宮は今度こそ怪訝そうな顔を見せる。
男らしく角張っているのに、細く長い指がとてもしなやかな手だ。


「おう」


相手の表情を伺う限りふざけているようには見えない。
が、素直に手を握るのは姫宮の性格上少し抵抗があった。

短く返事をし、姫宮はくるりと彼へ背を向けた。


「あなたを探していたんです」

「·····?」


つぶやきを振り返りかけた時、休み時間終了5分前のチャイムがなる。
庵野は他の人間には興味もなさそうに、さっさと廊下を歩いていってしまった。


「姫宮、休み終わっちまうぞ」






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