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第四章

《第24話》遠い人

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視線の先で彼を追いかける時、今も、度々その時と同じような気持ちになる。
一度固くまぶたを閉ざし、脳裏の情景を取り払う。

こんなことを今思い出したところで何になる。
自嘲するように口の端が歪む。

屋上から校庭を見下ろす。
昼休み、校庭のバスケコートの下で、3年生達がミニゲームをしていた。
更衣月の視線は、姫宮にだけ注がれていた。

憧れていた。
そして恋い焦がれていた。

自分は、彼を諦めなければいけない。
何度も心にいいきかせては、彼との思い出を辿っている。
惨めだ。

更衣月は思わず、後ろへ引き下がった。
フェンス越しに、力強い瞳と目が合った。
姫宮だ。

もう一度、そっと顔を出す。
同級生たちに取り囲まれながらも、彼は確かに、こちらを向いていた。

三階建ての校舎の屋上と地上では、微細な表情の変化など見えやしないだろう。
しかし、更衣月は動揺を必死に押し殺し、姫宮を睨み返す。

逸らしたら負けな気がした。
意地でも逸らしてやるもんか。

対して姫宮は、挑発的な笑みを見せた。
そして、まるで興味が失せたと言わんばかりに、ふいと顔ごと視線を外した。

もうこちらを見ることはないだろう。


「くそっ·····」


彼の残像一つ一つが、脳裏に焼き付いて離れなくなる。
完敗だ。
更衣月は憎々しげに奥歯を噛み締め、転落防止用の手すりを蹴った。





























「お前、またサボってんのかよ」


飄々とした態度で屋上のドアを開けたのは、さっきまで校庭にいた姫宮だった。

気づけば、5限目はもうとっくに始まっている時間だ。
先程まで校庭にちりばめられていた生徒達は一人もいなくなっていた。


「···あんただってそうだろ····」


喉に異物が詰まっているような感覚を押し切って、無愛想に言う。


「俺んとこは担当がヤニ吸いに行ってて自習だからいーの」


てか名前、と、尻へ軽い蹴りが飛んでくる。
更衣月は渋々「姫宮先輩、」と言い直した。

どこか得意げに笑って見せた姫宮が憎たらしくて、視線を逸らす。
なんなんだ、この部長は。

気まぐれで、いつも感情を弄ばれて、振り回される。
手すりを背もたれにして座り込むと、姫宮も真似るように隣へ腰かけてきた。


「お?テーピング、ちょっと上手くなってね?」


突然伸びてきた手に、身構える。
姫宮はテーピングが施された更衣月の手を掴み、ひっくり返したりして確認していた。

それをしばらく見つめてから、更衣月は、思わず溜め息をもらす。
ねえ先輩、今あんたがお節介焼いてる隣のクソ無愛想な後輩はさ、アンタの事恋愛的な意味で好きなんすよ。
そう言ったら、どんな顔するんだろう。


「まあ及第点って感じだな。1つ気がかりが減ったわ」


悪戯っぽく笑った姫宮の言葉は、3年生のバスケ部引退を見据えているものだ。

受け止めたくない将来の現実。
立ち止まったままの更衣月を置いて、彼はどんどん先へ行ってしまう。

真っ直ぐな笑顔を見るのが辛い。
更衣月は俯いたままボソリと言った。


「いちいち言われなかったら、んなめんどくせぇの、しないっす」


アンタが、怒りつつ心配そうな目でこちらを見るから。
だから俺は面倒なこともするし、それでもたまに、わざと出来の悪い後輩のふりをする。


「はぁ~?」


呆れるような声の語尾は、少し笑っていた。


「なに、お前、俺にいつまでも説教くらいたいのかよ」


ケラケラと笑う彼。
直視するのは、眩しすぎる。

太陽みたいな、けれど優しい月みたいな笑顔。

怯んでしまった内心を誤魔化すように、空を仰ぎみる。
空が青く高く、どこまでも澄んでいた。
その清々しい空が、この先輩の笑顔にはとても良く似合う。

綺麗で清々しくて、そして、とても遠い人。

ひとしきり笑った姫宮は、ぽつりと呟いた。


「俺がいなくても、ちゃんとやれよ」


過ぎ去った高校生活でも思い返しているのだろうか。姫宮の眼差しが、懐かしむように伏せられる。

自分を叱る時は手加減を知らない粗暴な振る舞いをする男の、見てはいけないものを盗み見た気分になる。
更衣月は慌てて顔を背けた。


「極力喧嘩はすんな、遅刻も、あと授業のサボりはバレないよーにすんだぞ?お前堂々としすぎだから」

「は」


もう会えなくなるみたいな言い方だ。
息が止まりそうになる。
なんでそんなこと言うんだ。

ずっとしつこく構ってきたくせに、卒業と同時にさようなら?
そんなの無理だ。


「姫宮さん」

「ん?」

「好きです」

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