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2章

第19話

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《FRside》

 どうやらアルとお義父様には、既にリンヤ様の情報は行っていたようで、今後も引き続き注意深く行動するようにと言われた。それから数日。忠告を受けた通り、俺は慎重に行動していた。借りていた全ての本を読み終わって図書館へと向かった。朝方や昼間に会うのなら夜ならと思って、わざわざアルが浴室にいる間に寝室を抜け出してきた。護衛も何人かいるけれど、正直頼りにはしていない。アルに続く暗殺者なんだから、護衛が負けるに決まっているもの。それに今日はもう夜だから会わないだろうし。今思えば、このときの俺は高を括っていたのだけれど…。

「こんな時間までご苦労様です」
「これはこれは、フィリアラール様。こんな夜更けにいかがなさいましたか?」
「本を返却しに来たのです。すぐに済みますので」

 大図書館を管理しているお爺さんにそう言って、中へと入る。昼間とは明らかに雰囲気が違う。オレンジ色の光で包まれている幻想的な空間に見蕩れながら、本を全て返却しに本棚の間を歩く。無駄に広い空間に戸惑いながらもあと一冊、となったとき。パッと光が消える。

「っ…」

 叫びそうになったのを何とか堪えた。何故光が消えたのか。理由は分からないけれど、今頼りになるのは大窓から差し込む月明かりだけ。何とか月光だけを頼りに残り一冊を本棚へと戻した。小さく息をついて呼吸を整える。緊張しているのだろうか。感じたことのない恐怖に、思わず怖くて足が竦む。こんなことになるのなら、やっぱり昼間とかに来た方がよかったのかな。でも、その時間帯はリンヤ様に会う確率が高いし。夜ならと思っていたけれど、もしかしたら逆効果…?

「はぁ…。最悪」
「何が最悪なんだ?」

 薄暗い中に、突如近くで聞こえた声。バッと振り返ると足が縺れてしまった。転ぶ…!と思ったが衝撃はいつまで経ってもやって来ない。恐る恐る目を開けると、目の前には何とリンヤ様の美しい顔があった。本棚にもたれかかるようにして座り込んでいる俺を支えるリンヤ様。ドキッと高鳴る胸。それがかき消されるように、感じた恐怖。

「ダメじゃねぇか。姫様が夜更けにこんな場所に来るなんてよ」
「り、リンヤ様…」
「わざわざオレと会わないように時間ずらして来たのかもしんねぇけどさ。オレがずっとこうなることを待ってた、っつったら、どーする?」

 形の整った薄い唇が楽しそうに吊り上がる。アルが入浴を終えるまで残りあと少しだ。それまでには寝室に戻らなければいけないのに。何だかこの男、帰してくれなさそう。危険な雰囲気に飲み込まれないように、俺は無理矢理ニッコリと微笑んだ。

「どうもしませんので、退いてください」
「ったく。相変わらずツレねぇな。まぁそんなとこも可愛いとは思うけど」

 少しずつ近づいてくる顔に、俺は焦る。き、キスしようとしてるのこの人!?子供を産める体とは言え、俺は男だよ!?正気!?
 リンヤ様の分厚い胸板を必死に押し返して抵抗するが、ビクともしない。やばい、本格的にやばい。やっぱり夜に来るんじゃなかった。

「お、男にキスするんですか!?」
「男だろうが女だろうが関係ないだろーが。オマエにしたいからするんだ」
「は、はぁ?本当に訳が分からないんですけど!?」

 訳の分からないことを言っているこの男の腕の中から、どうにかして抜け出さないと。そう思って目に入った分厚い本を手に取り、力任せにリンヤ様の頭上に振り下ろした。しかし人を叩いた衝撃はしない。その代わり、手首に激痛が。思わず声を上げると、リンヤ様は力を緩めてくれる。抵抗するために振り下ろした手首は、リンヤ様によって止められていた。

「乱暴なのも可愛いな」
「ひっ…」

 腰も取られ、手も取られ。もう抵抗できない。そう思った矢先、その場に絶対零度の寒気が駆け巡った。リンヤ様もそれを感じたのか、ピシリと体を凍らせる。感じたことのない寒気は、殺気の部類だろう。たぶん、アルの。

「俺の妻に何をしている。リンヤ・クルシュラ・エウデラード」

 月光を背にして佇む、圧倒的支配者。入浴終わりなのか、纏っている服こそ緩いバスローブだが。雰囲気は戦場そのものだ。目の前の獲物を何が何でも殺す、という冷たい殺気に俺は震え上がった。若干濡れている濡鴉の髪が美しい。細められた青紫の眼も、こんな状況ではなければとても綺麗だと思えたはず。

「お怒りか?アルトリウス」
「おまえには俺が怒ってないように見えるのか?」
「ハハッ。見えねぇわけねぇだろうがよ」

 静かに怒りを見せるアルに対し、リンヤ様も対抗心を剥き出しにするかのように吠えた。一族の一番の実力者と二番の実力者がこの神聖なる大図書館で戦争を起こすなど、あってはならないこと。まだここには俺が読んでいない多くの本が残されているし、そんな貴重な本が粉々になってしまったらと思うと俺も怒れてくる。
 覚悟を決めた俺は、立ち上がり相対するアルとリンヤ様の間に立ち塞がった。

「どうかお怒りを鎮めてください、御二方。俺が夜更けにこの場へと来たことも責められると思いますが、こんな場所で殺り合おうとなんてしないでください」

 有無を言わさない雰囲気で二人に対してそう言うと、少しだけ雰囲気が和んだような気がする。アルは俺の元へと歩み寄って来て、俺の腕を半ば強引に引く。

「生かしてやるからさっさと根城に帰れ。だが、次はねぇぞ」
「はっ、テメェこそな」

 アルに諭され、大人しく姿を消したリンヤ様。徐々に光も戻って来て、ようやく安心できる空間となった。

「さて、フィリア。おまえには仕置が必要のようだな」
「は、はひ…」
 
 前言撤回。やっぱり全然安心できなかった。





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