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第1部
初対面、安全すぎる男
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インターホンが鳴った。
予定時刻、ぴったり。
「……時間守るんだ」
いや、守るだろ。仕事だし。
でもこの段階でもう、
元彼たちの平均値を軽く超えているのが悔しい。
私はドアスコープを覗いた。
そこにいたのは――
「……安全」
思わず声が出た。
背は高すぎず、低すぎず。
服は清潔だが主張がない。
髪はきちんと整っているのに、
“こだわり”を感じさせない。
危険そうな要素が、一個もない。
逆に怖い。
ドアを開けると、彼は一歩下がって頭を下げた。
「対面では初めまして、笹川迅翔です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
声も、ちょうどいい。
低すぎない。
張りすぎない。
感情が刺さらない。
私は反射的に言った。
「ササガワさん、よろしくお願いします。……なんか固いですね」
「はい。初期設定は“丁寧寄り”です」
設定。
もう一回言った、この人。
「どうぞ」
私が一歩退くと、
彼は靴を揃え、
揃えすぎなくらい揃えてから上がった。
几帳面というより、
模範解答。
「お飲み物、何がよろしいですか?」
「じゃあ、コーヒーで」
「かしこまりました。
カフェインの影響は大丈夫ですか?」
「……え?」
「動悸、睡眠、胃への刺激など」
「……大丈夫、です」
なんだこの問診。
私は自分の部屋なのに、
なぜか健康診断を受けている気分になった。
ソファに座ると、
彼はちゃんと斜めに座った。
近すぎない。
遠すぎない。
ソーシャルディスタンスの教科書に載りそうな角度。
「では、改めまして」
彼は微笑んだ。
歯の見え方まで計算された、
安心用の笑顔。
「レンタル新郎、笹川です。
本日より、契約期間中、
“夫相当”として対応いたします」
「……ちなみに」
我慢できずに聞いた。
「素のあなたって、どんな人なんですか?」
彼は、
一拍だけ考えたあと、答えた。
「そのご質問は、
オプション外になります」
「え」
「ご希望でしたら、
“個人的雑談”を追加できますが」
「いらないです」
即答した。
なんか、
知ったら戻れなくなりそうだった。
沈黙。
でも、
気まずくない沈黙。
気まずくならないように設計された沈黙。
「……安心、ですね」
私が言うと、
彼はすぐに頷いた。
「はい。
溺愛プランでは、
まず“安全”を最優先にしています」
そのとき私は、
なぜか笑ってしまった。
「ねえ」
「はい」
「危なくなること、ないんですか?」
彼は、
にこやかに答えた。
「ございません」
――その即答が、
今はただ、面白かった。
予定時刻、ぴったり。
「……時間守るんだ」
いや、守るだろ。仕事だし。
でもこの段階でもう、
元彼たちの平均値を軽く超えているのが悔しい。
私はドアスコープを覗いた。
そこにいたのは――
「……安全」
思わず声が出た。
背は高すぎず、低すぎず。
服は清潔だが主張がない。
髪はきちんと整っているのに、
“こだわり”を感じさせない。
危険そうな要素が、一個もない。
逆に怖い。
ドアを開けると、彼は一歩下がって頭を下げた。
「対面では初めまして、笹川迅翔です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
声も、ちょうどいい。
低すぎない。
張りすぎない。
感情が刺さらない。
私は反射的に言った。
「ササガワさん、よろしくお願いします。……なんか固いですね」
「はい。初期設定は“丁寧寄り”です」
設定。
もう一回言った、この人。
「どうぞ」
私が一歩退くと、
彼は靴を揃え、
揃えすぎなくらい揃えてから上がった。
几帳面というより、
模範解答。
「お飲み物、何がよろしいですか?」
「じゃあ、コーヒーで」
「かしこまりました。
カフェインの影響は大丈夫ですか?」
「……え?」
「動悸、睡眠、胃への刺激など」
「……大丈夫、です」
なんだこの問診。
私は自分の部屋なのに、
なぜか健康診断を受けている気分になった。
ソファに座ると、
彼はちゃんと斜めに座った。
近すぎない。
遠すぎない。
ソーシャルディスタンスの教科書に載りそうな角度。
「では、改めまして」
彼は微笑んだ。
歯の見え方まで計算された、
安心用の笑顔。
「レンタル新郎、笹川です。
本日より、契約期間中、
“夫相当”として対応いたします」
「……ちなみに」
我慢できずに聞いた。
「素のあなたって、どんな人なんですか?」
彼は、
一拍だけ考えたあと、答えた。
「そのご質問は、
オプション外になります」
「え」
「ご希望でしたら、
“個人的雑談”を追加できますが」
「いらないです」
即答した。
なんか、
知ったら戻れなくなりそうだった。
沈黙。
でも、
気まずくない沈黙。
気まずくならないように設計された沈黙。
「……安心、ですね」
私が言うと、
彼はすぐに頷いた。
「はい。
溺愛プランでは、
まず“安全”を最優先にしています」
そのとき私は、
なぜか笑ってしまった。
「ねえ」
「はい」
「危なくなること、ないんですか?」
彼は、
にこやかに答えた。
「ございません」
――その即答が、
今はただ、面白かった。
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