2 / 30
ワケワカメ―コンテクスト至上主義さようなら
しおりを挟む
第1章 静けさの中の会話
カフェの窓際、佐藤と浜田はノートPCを挟んで向かい合っていた。
新しい企画の打ち合わせ、という名目の、ほぼ雑談。
「えっと、この提案書なんですが、方向性としては“体験価値の最大化”というか、いわば──」
佐藤が話し始めると、浜田がうんうんと頷いた。
「うんうん、そうそう。なんか、“ぬるっと”感じるやつだよね」
「……ぬるっと?」
「そう。言葉にすると固くなるけど、温度みたいな……あの感じ」
佐藤は苦笑した。
浜田は感覚で話す。佐藤はロジックで話す。
そしてどちらも、相手をわかろうとするたびに疲れていく。
沈黙。
コーヒーの湯気が、間の悪い空気をなだめるように揺れている。
「なんか、静かだね」
浜田が言った。
「うん。でも、静けさの中にも“会話”ってある気がする」
「へえ」
「ただ、ないと困るのも確かで……深刻になる」
ふたりは笑い合った。
それが、今日いちばん自然な呼吸だった。
会話が少し落ち着いたころ、佐藤がぼそりとつぶやく。
「もう、説明しなくていいかも」
浜田は一瞬目を丸くして、ゆっくり笑った。
「うん、なんか伝わった」
何が伝わったのかは、どちらにもわからない。
けれど、ふたりの間に小さく湧いたぬるい笑いの中で、
佐藤がぽつりと冗談めかして言った。
「ワケワカメだな」
浜田が声を立てて笑う。
その音が、沈黙よりずっと穏やかだった。
第2章 悪を注視するとき
数週間後。
SNSで浜田の投稿が炎上しかけていた。
「感じるままに発信するのも表現のうち」
そんな曖昧な言葉が、思わぬ方向で解釈され、攻撃的なコメントが並んだ。
佐藤がメッセージを送った。
「浜田、それ、誤解されてる。ちゃんと説明したほうがいい」
「でも、説明したらしたでまた別の誤解が生まれるよ」
「それでも、黙ってたら“悪い側”に見られる」
「悪い側って、誰が決めるの?」
やり取りの間に、既読マークがついたまま沈黙が流れる。
互いに“正しさ”を守ろうとして、相手を悪く見てしまう。
その視線が、じわりと心を蝕む。
浜田が最後に送ったメッセージは短かった。
「ねぇ、ワケワカメって便利な言葉だったね」
佐藤はしばらく画面を見つめ、指を止めた。
“ワケワカメ”――
意味はなくても、今だけはその音の曖昧さに救われる気がした。
翌朝、佐藤はコメント欄をそっと閉じた。
悪を注視することが、時に悪を増やす。
だから今日は、何も言わないことにした。
エピローグ コンテクスト至上主義さようなら
夕暮れ。
再び同じカフェで、佐藤と浜田は向かい合っていた。
話すでもなく、スマホを見るでもなく、ただ座っている。
静けさが、以前より柔らかい。
「ねぇ」
浜田が言う。
「“ワケワカメ”って、もうちょっと残しておこうか」
「うん。意味のない言葉も、使い道あるし」
佐藤はカップを傾けた。
言葉が壊れても、人は残る。
そのことに気づいたとき、ようやく、息がしやすくなった。
外では街灯が灯りはじめる。
理解できなくてもいい。
理解しようとしすぎないことが、少しだけ優しい世界をつくる。
“コンテクスト至上主義さようなら”
その言葉を胸の奥で呟いて、ふたりは小さく笑った。
(了)
カフェの窓際、佐藤と浜田はノートPCを挟んで向かい合っていた。
新しい企画の打ち合わせ、という名目の、ほぼ雑談。
「えっと、この提案書なんですが、方向性としては“体験価値の最大化”というか、いわば──」
佐藤が話し始めると、浜田がうんうんと頷いた。
「うんうん、そうそう。なんか、“ぬるっと”感じるやつだよね」
「……ぬるっと?」
「そう。言葉にすると固くなるけど、温度みたいな……あの感じ」
佐藤は苦笑した。
浜田は感覚で話す。佐藤はロジックで話す。
そしてどちらも、相手をわかろうとするたびに疲れていく。
沈黙。
コーヒーの湯気が、間の悪い空気をなだめるように揺れている。
「なんか、静かだね」
浜田が言った。
「うん。でも、静けさの中にも“会話”ってある気がする」
「へえ」
「ただ、ないと困るのも確かで……深刻になる」
ふたりは笑い合った。
それが、今日いちばん自然な呼吸だった。
会話が少し落ち着いたころ、佐藤がぼそりとつぶやく。
「もう、説明しなくていいかも」
浜田は一瞬目を丸くして、ゆっくり笑った。
「うん、なんか伝わった」
何が伝わったのかは、どちらにもわからない。
けれど、ふたりの間に小さく湧いたぬるい笑いの中で、
佐藤がぽつりと冗談めかして言った。
「ワケワカメだな」
浜田が声を立てて笑う。
その音が、沈黙よりずっと穏やかだった。
第2章 悪を注視するとき
数週間後。
SNSで浜田の投稿が炎上しかけていた。
「感じるままに発信するのも表現のうち」
そんな曖昧な言葉が、思わぬ方向で解釈され、攻撃的なコメントが並んだ。
佐藤がメッセージを送った。
「浜田、それ、誤解されてる。ちゃんと説明したほうがいい」
「でも、説明したらしたでまた別の誤解が生まれるよ」
「それでも、黙ってたら“悪い側”に見られる」
「悪い側って、誰が決めるの?」
やり取りの間に、既読マークがついたまま沈黙が流れる。
互いに“正しさ”を守ろうとして、相手を悪く見てしまう。
その視線が、じわりと心を蝕む。
浜田が最後に送ったメッセージは短かった。
「ねぇ、ワケワカメって便利な言葉だったね」
佐藤はしばらく画面を見つめ、指を止めた。
“ワケワカメ”――
意味はなくても、今だけはその音の曖昧さに救われる気がした。
翌朝、佐藤はコメント欄をそっと閉じた。
悪を注視することが、時に悪を増やす。
だから今日は、何も言わないことにした。
エピローグ コンテクスト至上主義さようなら
夕暮れ。
再び同じカフェで、佐藤と浜田は向かい合っていた。
話すでもなく、スマホを見るでもなく、ただ座っている。
静けさが、以前より柔らかい。
「ねぇ」
浜田が言う。
「“ワケワカメ”って、もうちょっと残しておこうか」
「うん。意味のない言葉も、使い道あるし」
佐藤はカップを傾けた。
言葉が壊れても、人は残る。
そのことに気づいたとき、ようやく、息がしやすくなった。
外では街灯が灯りはじめる。
理解できなくてもいい。
理解しようとしすぎないことが、少しだけ優しい世界をつくる。
“コンテクスト至上主義さようなら”
その言葉を胸の奥で呟いて、ふたりは小さく笑った。
(了)
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる