とける

田中葵

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「それじゃモテないよ」

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「それじゃモテないよ」
「へー」
「で?」
「で?って何よ」

 昼下がりのカフェ。ガラス越しの光が、溶けきれないミルクみたいにテーブルをにじませていた。
 向かいの席で、友梨はあからさまに眉をひそめた。
 私の返しが、気に入らなかったらしい。

「なんかさ、せっかくアドバイスしてあげてるのに、その態度はなくない?」
「アドバイスっていうか、“圧”だよ、それ」
「圧ってなにそれ。あたし、ただ心配してるだけじゃん」

 はい出た、“心配してるだけ”。
 便利な言葉だ。あらゆる干渉に正当性を与える免罪符。

 私はラテの泡をストローで崩しながら、ぼんやり答えた。
「モテたいわけじゃないから」
「でもさー、女として損してるって。もっと笑えばいいのに」
「笑いたくない時に笑うの、損って言うの?」
「……そういうとこだよ」

 友梨の声が、マドラーみたいに冷たく揺れた。
 周囲のテーブルでは、誰かがスマホで写真を撮るシャッター音。
 別の誰かが「映え」を確認している。
 私たちの会話だけが、場違いに静かだった。

「“モテ”って、誰の評価基準なの?」
「え?」
「自分を好きになってくれる人の数? それとも、誰にでも好かれる無難さ?」
「……あんた、めんどくさくなったね」
「昔からだよ。気づくの遅いだけ」

 友梨はため息をついた。
 その仕草のなかに、どこか“正しい側”でありたいという安堵が見えた。
 彼女にとって“モテる”は、社会に馴染むための方程式。
 私にとっては、それを解くより、紙の端に落書きしてるほうがまだましだった。

「……まあいいけどさ。幸せになれよ」
「それ、呪いの言葉だよ」
「は?」
「“あたしの基準で幸せになれ”って意味でしょ」
「……もういい。はいはい、めんどくさい」

 友梨は席を立った。
 残されたラテの泡が、さっきよりも静かに沈んでいる。
 私はその白を見つめながら、ひとつ思った。

 “モテない”って、案外、自由の言い換えなのかもしれない。


      *


テーブルに残った光の泡が、ひとつ、ふっと消えた。
それが、他人の期待という膜のように見えて、
私は思わず微笑んだ。
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