とける

田中葵

文字の大きさ
13 / 30
「いい年して―やさしくなれた」第1章

5話 いい年して結婚しないで

しおりを挟む
「先生、もったいないですね」
 園児の祖母が言った。
「そんなにしっかりしてるのに、いい年して結婚しないなんて」

 茜は笑って、
「ありがとうございます」と返した。
 それ以上、話を広げると面倒になることを、もう知っていた。


---

 放課後。
 子どもたちが帰った園庭は静かだった。
 風がブランコを揺らして、その音がやけに柔らかい。

 職員室では、同僚の美奈がスマホを見ながら言った。
「私の同級生、また結婚したんだって。しかも三回目!」
「おお、記録更新」
「ね? でもすごいよね、あの行動力」
「行動力、って言葉にできるの、いいね」

 美奈が首をかしげる。
「どういう意味?」
「なんか……結婚も離婚も、挑戦扱いされるのに、
 “しない”だけは停滞みたいに言われるでしょ?」

 美奈は一瞬黙って、それから笑った。
「確かに。それ、名言っぽい!」


---

 夜。
 帰り道のスーパー。
「半額シール貼りたて!」という声に、
 茜は足を止めた。
 隣の主婦二人組が笑いながら惣菜をカゴに入れている。

 その笑い声を聞きながら、
 ふと「家に帰って誰かが待ってる」って、
 どんな感じだったっけ、と思った。

 でも次の瞬間、
“誰かを待たせる”側の自分も想像して、
 少し疲れた。

 ——待つのも、待たせるのも、
 どっちも得意じゃないんだよな。


---

 家に帰って、
 パジャマに着替えて、
 テレビをつけずに部屋の灯りを落とす。

 カップスープの湯気が立ちのぼる。
 一人分の静けさが、悪くない。

 スマホのメッセージに母からの文。

> 「茜、元気? いい年して、いつまで一人でいるの」



 その文字を見て、茜はカップを置いた。
 少し間をおいて返信を打つ。

> 「いい年だから、いられるんだと思う」



 送信ボタンを押したあと、心がふっと軽くなった。


---

 窓の外で風が鳴る。その音が、どこかやさしく感じた。
 ひとりの夜の静けさも、ちゃんと生きてる音だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

処理中です...