とける

田中葵

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「いい年して―やさしくなれた」第1章

5話 いい年して結婚しないで

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「先生、もったいないですね」
 園児の祖母が言った。
「そんなにしっかりしてるのに、いい年して結婚しないなんて」

 茜は笑って、
「ありがとうございます」と返した。
 それ以上、話を広げると面倒になることを、もう知っていた。


---

 放課後。
 子どもたちが帰った園庭は静かだった。
 風がブランコを揺らして、その音がやけに柔らかい。

 職員室では、同僚の美奈がスマホを見ながら言った。
「私の同級生、また結婚したんだって。しかも三回目!」
「おお、記録更新」
「ね? でもすごいよね、あの行動力」
「行動力、って言葉にできるの、いいね」

 美奈が首をかしげる。
「どういう意味?」
「なんか……結婚も離婚も、挑戦扱いされるのに、
 “しない”だけは停滞みたいに言われるでしょ?」

 美奈は一瞬黙って、それから笑った。
「確かに。それ、名言っぽい!」


---

 夜。
 帰り道のスーパー。
「半額シール貼りたて!」という声に、
 茜は足を止めた。
 隣の主婦二人組が笑いながら惣菜をカゴに入れている。

 その笑い声を聞きながら、
 ふと「家に帰って誰かが待ってる」って、
 どんな感じだったっけ、と思った。

 でも次の瞬間、
“誰かを待たせる”側の自分も想像して、
 少し疲れた。

 ——待つのも、待たせるのも、
 どっちも得意じゃないんだよな。


---

 家に帰って、
 パジャマに着替えて、
 テレビをつけずに部屋の灯りを落とす。

 カップスープの湯気が立ちのぼる。
 一人分の静けさが、悪くない。

 スマホのメッセージに母からの文。

> 「茜、元気? いい年して、いつまで一人でいるの」



 その文字を見て、茜はカップを置いた。
 少し間をおいて返信を打つ。

> 「いい年だから、いられるんだと思う」



 送信ボタンを押したあと、心がふっと軽くなった。


---

 窓の外で風が鳴る。その音が、どこかやさしく感じた。
 ひとりの夜の静けさも、ちゃんと生きてる音だ。
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