とける

田中葵

文字の大きさ
29 / 30
ヨリカがより好んだ、その後

気づかれない孤立

しおりを挟む
 3

 ヨリカはスマホを開いて、閉じる。
 それだけの動作が、以前よりずっと増えた。

 誰に送るかを考える前に、
 画面を伏せる癖がついた。


        *

「今度さ、みんなで集まろうって話してて」

 誰かがそう言いかけて、
 その名前は出されなかった。

 言わなくてもいい、という判断が、
 一瞬で共有される。

 理由を説明するほどのことじゃない。
 ただ、そうなっただけだ。


        *

 ヨリカかカレンダーに予定を書き込む。

 仕事。
 用事。
 私的なメモ。

 空白は多い。
 でも、埋めようとはしない。

「その日は誰かと会うかも」という前提が、
 もう浮かばなくなっていた。


        *

 以前は、何かあるとミカコやユリアに聞いていた。
 段取り。
 連絡先。
 ちょっとした判断。

 今は、
 自分で調べる。

 時間はかかるが、
 誰にも気を遣わなくて済む。

 それが、思ったより楽だった。


        *

 ヨリカのスマホの
 通知音が鳴る。
 一瞬だけ、期待する。

 違う。
 広告だった。

 落胆するほどの感情も、
 もう動かない。


        *

 ユリアから皆に、
「あの人、最近どうしてる?」

 ミカコとリクは、
 そう聞かれて、少し考える。

「さあ」

 本当に、分からなかった。
 知ろうともしていなかった。


        *

 ヨリカは、
 仕事明けの電車の中でSNSチェック。

 誰かが引っ越した。
 誰かが結婚した。
 誰かが仕事を辞めた。

 後から知る。

 驚きはするが、
 連絡を取ろうとは思わない。

 今さら、何を話せばいいのか分からない。


        *

 夜、ベッドに入ってから、
 ふと思い出す。

 以前は、
 困ったら誰かがいた。

 その「誰か」の顔を、
 順に浮かべようとしてみる。

 途中で止まる。

 名前が出てこない。


        *

 ミカコはふと思う。

 助けなくなったのではない。
 助けられなくなったのでもない。

 ただ、
 関係を動かす理由が消えた。

 それだけだった。


        *

 彼女のスマホには、
 連絡先が残っている。

 消してはいない。
 ブロックもしていない。

 でも、
 もう使われない番号だった。




 4

 返事が来ない。

 スマホをテーブルに置いたまま、
 ヨリカはコーヒーを淹れる。
 湯気が立つあいだ、画面は見ない。

 忙しいだけ。
 そう思えば、それで済む。

 以前は、すぐ返ってきていた。
 でも、状況は変わる。
 みんな、余裕がなくなったんだ。

 カップを持ってソファに座る。
 時計を見る。

 まだ昼前だった。

「今どき、こんなもんでしょ」

 誰に向けたわけでもない言葉を、
 口の中で転がす。


        *

 少し前なら、
 誰かに声をかけていた時間だ。

「今日、空いてる?」
「ちょっと聞いてほしいんだけど」

 そんな短い文を、
 いくつか並べて送っていた。

 今は、送らない。

 理由は単純だ。
 返事が遅いと、気分が悪くなるから。

 だったら、最初から送らなければいい。
 それは合理的な判断だった。


        *

 街に出る。

 人は多い。
 皆、誰かと話している。

 自分だけが、特別ではない。
 そう思うと、少し楽になる。

「一人の時間も大事だし」

 前に誰かが言っていた言葉を、
 そのまま使う。


        *

 ふと、思う。

 ——困ったときは、どうするんだろう。

 その考えは、すぐに打ち消す。

 困らないようにしているし、
 実際、今は困っていない。

 それに、
 誰かに頼らなくても、何とかなる。

 そうやって、ここまで来た。


        *

 帰り道、
 ショーウィンドウに映った自分を見る。

 疲れてはいない。
 でも、少しだけ硬い顔をしている。

「気のせいか」

 そう言って、目を逸らす。


        *

 夜。

 スマホを手に取る。
 連絡先を開く。

 スクロールする。

 止まらない。

 誰に何を送ろうとしていたのか、
 途中で分からなくなる。

 画面を閉じる。

「……薄情だな」

 口に出た言葉は、
 誰のことを指しているのか曖昧だった。

 自分じゃない、
 とだけは、はっきりしている。


        *

 ベッドに横になる。

 静かだ。

 この静けさは、
 自分が選んだものだ。

 面倒なやり取りも、
 気を遣う時間も、
 全部、いらなかった。

 だから、
 これは正しい結果だ。

 そう思いながら、
 目を閉じる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

処理中です...