とける

田中葵

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ヨリカがより好んだ、その後

気づかれない孤立

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 3

 ヨリカはスマホを開いて、閉じる。
 それだけの動作が、以前よりずっと増えた。

 誰に送るかを考える前に、
 画面を伏せる癖がついた。


        *

「今度さ、みんなで集まろうって話してて」

 誰かがそう言いかけて、
 その名前は出されなかった。

 言わなくてもいい、という判断が、
 一瞬で共有される。

 理由を説明するほどのことじゃない。
 ただ、そうなっただけだ。


        *

 ヨリカかカレンダーに予定を書き込む。

 仕事。
 用事。
 私的なメモ。

 空白は多い。
 でも、埋めようとはしない。

「その日は誰かと会うかも」という前提が、
 もう浮かばなくなっていた。


        *

 以前は、何かあるとミカコやユリアに聞いていた。
 段取り。
 連絡先。
 ちょっとした判断。

 今は、
 自分で調べる。

 時間はかかるが、
 誰にも気を遣わなくて済む。

 それが、思ったより楽だった。


        *

 ヨリカのスマホの
 通知音が鳴る。
 一瞬だけ、期待する。

 違う。
 広告だった。

 落胆するほどの感情も、
 もう動かない。


        *

 ユリアから皆に、
「あの人、最近どうしてる?」

 ミカコとリクは、
 そう聞かれて、少し考える。

「さあ」

 本当に、分からなかった。
 知ろうともしていなかった。


        *

 ヨリカは、
 仕事明けの電車の中でSNSチェック。

 誰かが引っ越した。
 誰かが結婚した。
 誰かが仕事を辞めた。

 後から知る。

 驚きはするが、
 連絡を取ろうとは思わない。

 今さら、何を話せばいいのか分からない。


        *

 夜、ベッドに入ってから、
 ふと思い出す。

 以前は、
 困ったら誰かがいた。

 その「誰か」の顔を、
 順に浮かべようとしてみる。

 途中で止まる。

 名前が出てこない。


        *

 ミカコはふと思う。

 助けなくなったのではない。
 助けられなくなったのでもない。

 ただ、
 関係を動かす理由が消えた。

 それだけだった。


        *

 彼女のスマホには、
 連絡先が残っている。

 消してはいない。
 ブロックもしていない。

 でも、
 もう使われない番号だった。




 4

 返事が来ない。

 スマホをテーブルに置いたまま、
 ヨリカはコーヒーを淹れる。
 湯気が立つあいだ、画面は見ない。

 忙しいだけ。
 そう思えば、それで済む。

 以前は、すぐ返ってきていた。
 でも、状況は変わる。
 みんな、余裕がなくなったんだ。

 カップを持ってソファに座る。
 時計を見る。

 まだ昼前だった。

「今どき、こんなもんでしょ」

 誰に向けたわけでもない言葉を、
 口の中で転がす。


        *

 少し前なら、
 誰かに声をかけていた時間だ。

「今日、空いてる?」
「ちょっと聞いてほしいんだけど」

 そんな短い文を、
 いくつか並べて送っていた。

 今は、送らない。

 理由は単純だ。
 返事が遅いと、気分が悪くなるから。

 だったら、最初から送らなければいい。
 それは合理的な判断だった。


        *

 街に出る。

 人は多い。
 皆、誰かと話している。

 自分だけが、特別ではない。
 そう思うと、少し楽になる。

「一人の時間も大事だし」

 前に誰かが言っていた言葉を、
 そのまま使う。


        *

 ふと、思う。

 ——困ったときは、どうするんだろう。

 その考えは、すぐに打ち消す。

 困らないようにしているし、
 実際、今は困っていない。

 それに、
 誰かに頼らなくても、何とかなる。

 そうやって、ここまで来た。


        *

 帰り道、
 ショーウィンドウに映った自分を見る。

 疲れてはいない。
 でも、少しだけ硬い顔をしている。

「気のせいか」

 そう言って、目を逸らす。


        *

 夜。

 スマホを手に取る。
 連絡先を開く。

 スクロールする。

 止まらない。

 誰に何を送ろうとしていたのか、
 途中で分からなくなる。

 画面を閉じる。

「……薄情だな」

 口に出た言葉は、
 誰のことを指しているのか曖昧だった。

 自分じゃない、
 とだけは、はっきりしている。


        *

 ベッドに横になる。

 静かだ。

 この静けさは、
 自分が選んだものだ。

 面倒なやり取りも、
 気を遣う時間も、
 全部、いらなかった。

 だから、
 これは正しい結果だ。

 そう思いながら、
 目を閉じる。
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