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嫌な人
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閲覧室のカウンター内に戻ったら、椎くんが堂々と私用電話してた。
「もしもし?ゆきちゃん? 嵩史です。申し訳ないけど、行けなくなったから代理の人にお願いしたんで、あとよろしく」
しかも『ゆきちゃん』ですって!
椎くんとお付き合いしている幼馴染くんとは違う名前に、耳を疑った。
ついでに隣に立って、突っ込みいれた。
少しばかりのいたずら心と、ちょっとだけの八つ当たり気分があったのは、否定しない。
「浮気?」
そう言ったあたしに、椎くんが返したのは苦笑いだった。
「なに言ってんですか。平田さんの代わりに残業です」
「え?」
「俺、今日早番だったんで、従兄と待ち合わせしてたんですよね」
あら。
思わぬところでご迷惑がかかっていたわけね。
「それは申し訳ない」
「や。安全第一なので、いいです。ただ、申し訳ないんですけど、待ち合わせ相手に、預かりもの渡してもらっていいですか?」
「お遣い? いいわよ」
「それと……男ですから、ね」
「椎くんの場合は、だからといって浮気疑惑が晴れるわけじゃないよね」
ヤサグレ気分が抜けてるわけじゃないから、困らせてやろうって絡んだら、思った以上に嫌そうな返事が返ってきた。
「あの人相手は、頼まれても嫌です」
わざわざ待ち合わせするくらいにつきあいがあるわけでしょ?
なのに、そんないやな顔するほどの人なの? って、おかしくなってしまった。
椎くんのお家は、いわゆる名家なので、名前の付け方にも決まりがあるそうだ。
名字は椎。
そして、跡取り候補には必ず名前に『たか』の音が入るらしい。
椎くん本人は『嵩史』。
待ち合わせの相手はその法則からいけば、『しい たかゆき』というお名前だということになる。
大学から私鉄で二駅離れた、少し大きいターミナル駅。
預かり物の入った紙袋を間違いなく持っていることを確認して、あたしは待ち合わせ場所に目を走らせる。
椎くんの言うことを信じるなら、そこにいるのは三十歳の細身の男性、ということになる。
そして椎くんによる、待ち合わせ相手についてのよくわからない解説が
「地味だし普通なんですけど、何か間違い探ししたくなるような、地面から1センチ浮いてるような男がいたら、それが従兄です」
だったんだけど。
繊細なふりして面倒くさがりで、携帯は持たされているはずだけど活用はしてなくて、メールも留守電も入れてあるけど伝言が通じているとは絶対思えない、と椎くんは力説していた。
でも、律儀だから待ち合わせにはだるそうに絶対来ている、とも。
考えれば考えるほど、どんな人なのかよくわからなくなるんだけど。
めったに巣から出ないから、わかりやすい待ち合わせ場所じゃないと落ち合えなくて、そのくせ人が苦手だから端っこにいるはず、とか。
ホントに、どんな人なんだろうって思ってしまう。
きょろきょろとしながら待ち合わせの広場を、ぐるりと歩く。
うーん、わかんない。
もう一周してみるかと、今度は逆回りしようとしたら、グイッと肩を掴まれた。
「裕子」
当たり前のように呼び掛けられる声にも、掴まれた肩にも、うんざりする。
ああ、もう。
しつこいな。
「何か御用ですか?」
「もう、職場じゃないんだから、普通に話してくれよ」
「常識のある社会人なら、これが普通だと思いますけど?」
「俺とお前の仲じゃないか」
「だったら尚更、あなたがあたしに関わるの、おかしいですよね」
言わなきゃわからないなら、はっきり言ってあげよう。
「浮気の果てに捨てた元妻に、今更何の御用ですか? 奥さまに疑われますよ」
「もしもし?ゆきちゃん? 嵩史です。申し訳ないけど、行けなくなったから代理の人にお願いしたんで、あとよろしく」
しかも『ゆきちゃん』ですって!
椎くんとお付き合いしている幼馴染くんとは違う名前に、耳を疑った。
ついでに隣に立って、突っ込みいれた。
少しばかりのいたずら心と、ちょっとだけの八つ当たり気分があったのは、否定しない。
「浮気?」
そう言ったあたしに、椎くんが返したのは苦笑いだった。
「なに言ってんですか。平田さんの代わりに残業です」
「え?」
「俺、今日早番だったんで、従兄と待ち合わせしてたんですよね」
あら。
思わぬところでご迷惑がかかっていたわけね。
「それは申し訳ない」
「や。安全第一なので、いいです。ただ、申し訳ないんですけど、待ち合わせ相手に、預かりもの渡してもらっていいですか?」
「お遣い? いいわよ」
「それと……男ですから、ね」
「椎くんの場合は、だからといって浮気疑惑が晴れるわけじゃないよね」
ヤサグレ気分が抜けてるわけじゃないから、困らせてやろうって絡んだら、思った以上に嫌そうな返事が返ってきた。
「あの人相手は、頼まれても嫌です」
わざわざ待ち合わせするくらいにつきあいがあるわけでしょ?
なのに、そんないやな顔するほどの人なの? って、おかしくなってしまった。
椎くんのお家は、いわゆる名家なので、名前の付け方にも決まりがあるそうだ。
名字は椎。
そして、跡取り候補には必ず名前に『たか』の音が入るらしい。
椎くん本人は『嵩史』。
待ち合わせの相手はその法則からいけば、『しい たかゆき』というお名前だということになる。
大学から私鉄で二駅離れた、少し大きいターミナル駅。
預かり物の入った紙袋を間違いなく持っていることを確認して、あたしは待ち合わせ場所に目を走らせる。
椎くんの言うことを信じるなら、そこにいるのは三十歳の細身の男性、ということになる。
そして椎くんによる、待ち合わせ相手についてのよくわからない解説が
「地味だし普通なんですけど、何か間違い探ししたくなるような、地面から1センチ浮いてるような男がいたら、それが従兄です」
だったんだけど。
繊細なふりして面倒くさがりで、携帯は持たされているはずだけど活用はしてなくて、メールも留守電も入れてあるけど伝言が通じているとは絶対思えない、と椎くんは力説していた。
でも、律儀だから待ち合わせにはだるそうに絶対来ている、とも。
考えれば考えるほど、どんな人なのかよくわからなくなるんだけど。
めったに巣から出ないから、わかりやすい待ち合わせ場所じゃないと落ち合えなくて、そのくせ人が苦手だから端っこにいるはず、とか。
ホントに、どんな人なんだろうって思ってしまう。
きょろきょろとしながら待ち合わせの広場を、ぐるりと歩く。
うーん、わかんない。
もう一周してみるかと、今度は逆回りしようとしたら、グイッと肩を掴まれた。
「裕子」
当たり前のように呼び掛けられる声にも、掴まれた肩にも、うんざりする。
ああ、もう。
しつこいな。
「何か御用ですか?」
「もう、職場じゃないんだから、普通に話してくれよ」
「常識のある社会人なら、これが普通だと思いますけど?」
「俺とお前の仲じゃないか」
「だったら尚更、あなたがあたしに関わるの、おかしいですよね」
言わなきゃわからないなら、はっきり言ってあげよう。
「浮気の果てに捨てた元妻に、今更何の御用ですか? 奥さまに疑われますよ」
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