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1 噂の魔導士
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見慣れた街のはずなのに、いつもはいない人間が大勢いるだけでこうも変わるものなのか。
オレンジ色の髪を隠すように、フードをしっかりと被り直して拠点を出た。賑わう街の中を出来るだけ目立たないようにしながら、整備されていない地面を踏みしめ目的地の店へと進む。
防具屋も、ギルドも、農園にですら人が押し寄せているらしい。普段は穏やかな生活音がする区間なのに、至るところから鎧の擦れる音がして落ち着かない。
そんなことを考えながら俯きがちに足を進めていたのが悪かった。広くない道だから、すれ違いざまに異邦人と肩をぶつけてしまったようだ。
「っと、すみません」
「こっちこそ悪い!……それでさ、例の魔導士が…」
謝罪を返してすぐに仲間との会話を再開した異邦人の会話にそっと聞き耳を立てる。押し寄せている人間達の目的はとある魔導士らしく、ひそひそと情報を交換しているみたいだ。あちこちから凄腕の魔導士だのレベルカンストだの迷いエルフだのと言われているのが聞こえた。というかエルフって言ったのここの防具屋の人だ。面白がって適当な嘘をついてるんだろうな。
集まっている異邦人は噂しか知らない人がほとんどとはいえ、色々とありえない尾鰭がついてて思わず苦笑いが漏れる。
それとなく噂話を精査しながら、盛り上がっている集団の横をすり抜ける。この数分で欲しかった情報はあらかた集まった。噂の魔導士を探している異邦人達はギルドのある街の中心部に集中しているらしい。面倒事は避けたいから、用事を済ませたらさっさと離れることにしよう。
履き慣れたブーツの下で、小さく砂利が擦れる。目的地の雑貨屋が見えてきた。中心部から少し離れているからか人混みもそれなりに減ってきた。無事に喧騒を抜け出せたことにほっと息を吐く。
降りそそぐ日差しも、頬を撫でる柔らかな風も、ぶつけた肩の痛みさえ全部がリアルで。これがゲームだと知らなければ、異世界に飛ばされたと錯覚してしまうに違いない。
技術の進歩によりゲーム業界は目まぐるしい進化を遂げている。
その中でも特に注目されているのがVRゲームであり、家庭でも気軽に遊べるようになってからはさらに人気が爆発したとニュースに取り上げられたのも記憶に新しい。そんな激戦へと変わったゲームランキングで、発売以降ずっと上位に名を連ねているのがこの『アンデレヴェルトオンライン』というゲームだ。
通称「AWO-アオ-」と呼ばれ親しまれているこのゲームはVRMMO__つまり大人数が同時に仮想空間で遊べるオンラインゲームとなっている。
ジャンルとしてはよくある冒険して魔物を倒すRPG系なのだが、あまりにもリアルに作られた仮想空間とゲーム内で出来る行動の自由さが話題を呼び、今では有名どころとして必ず名前が上がる人気ぶりだ。
斯くいう俺、木戸琥珀もAWOの面白さに魅せられたひとりだ。最初は知り合いに言われてなんとなくで始めたのに、1年経った今では連日ログインをするくらいのめり込んでしまっている。
ゲームの媒体であるギアを装着すれば、目の前に広がるのは中世ヨーロッパの街並みだ。
建物はもちろん、細かい雑貨や装飾品、道端に生えている植物までしっかり作り込まれた仮想空間。各街やダンジョンにいるNPCとの会話は、現実と遜色ないほど自然にやり取りが行われ没入感をより高めている。
この緻密に設計されたリアルな世界観こそがAWO最大の魅力であり、そして他のゲームと一線を画すといわれるほどの技術力の賜物なのだろう。
そしてゲーム内での遊び方も、一般的なRPG定番の魔物を倒すだけではない。
鍛治職人となって理想の武器を追い求めたり、狩った魔物で料理したりと、出来る行動も職業もかなり自由度が高くなっている。現に掲示板保持者の有名プレイヤーにも、散歩目的でゲームを始めて、風景のスクショを撮る写真家のような状態の人がいたりするらしい。
ただし、歩き回るだけでも楽しいとはいえ、地域によって適正レベルが違うことを忘れてはいけない。この世界をくまなく歩き回りたいなら、その都度かなりのレベリングが必要になるのだから。
この世界の人が呼ぶ「異邦人」、つまり俺たちプレイヤーにはジョブレベルの他にプレイヤーレベルというものがある。職業ごとに蓄積されるジョブレベルとは違い、プレイヤーレベルは職業を変更しても据え置きなので各街を移動するための目安となっているのだ。
そう考えると俺もまだまだレベル上げをしないといけない。今いるフィーアの街は、始まりの地から数えて4つ目の位置に当たるけど、適正レベルは3つ目のドライとあまり変わりはないから。攻略サイト曰く、ここまでは50あれば苦労せずに来れるようになっているとか。
ただ、次の街に向かうのであればさらに20ほどレベルを上げないと厳しいらしい。
途中にある湖で出てくる魔物が手強くて、レベルが足りていないとそこで死に戻ることになると書いてあった。この世界で言う「死に戻り」は、異邦人だけが使える所詮「セーブポイントからの復活」だ。
リスポーン地点は各街の、しかも訪れたことのある街にしか設定できない。だから多くの異邦人はドライとフィーア周辺で滞在してレベルを上げるんだそうだ。
まあ俺がこの街にいるのは、そう言う理由じゃないんだけども。
オレンジ色の髪を隠すように、フードをしっかりと被り直して拠点を出た。賑わう街の中を出来るだけ目立たないようにしながら、整備されていない地面を踏みしめ目的地の店へと進む。
防具屋も、ギルドも、農園にですら人が押し寄せているらしい。普段は穏やかな生活音がする区間なのに、至るところから鎧の擦れる音がして落ち着かない。
そんなことを考えながら俯きがちに足を進めていたのが悪かった。広くない道だから、すれ違いざまに異邦人と肩をぶつけてしまったようだ。
「っと、すみません」
「こっちこそ悪い!……それでさ、例の魔導士が…」
謝罪を返してすぐに仲間との会話を再開した異邦人の会話にそっと聞き耳を立てる。押し寄せている人間達の目的はとある魔導士らしく、ひそひそと情報を交換しているみたいだ。あちこちから凄腕の魔導士だのレベルカンストだの迷いエルフだのと言われているのが聞こえた。というかエルフって言ったのここの防具屋の人だ。面白がって適当な嘘をついてるんだろうな。
集まっている異邦人は噂しか知らない人がほとんどとはいえ、色々とありえない尾鰭がついてて思わず苦笑いが漏れる。
それとなく噂話を精査しながら、盛り上がっている集団の横をすり抜ける。この数分で欲しかった情報はあらかた集まった。噂の魔導士を探している異邦人達はギルドのある街の中心部に集中しているらしい。面倒事は避けたいから、用事を済ませたらさっさと離れることにしよう。
履き慣れたブーツの下で、小さく砂利が擦れる。目的地の雑貨屋が見えてきた。中心部から少し離れているからか人混みもそれなりに減ってきた。無事に喧騒を抜け出せたことにほっと息を吐く。
降りそそぐ日差しも、頬を撫でる柔らかな風も、ぶつけた肩の痛みさえ全部がリアルで。これがゲームだと知らなければ、異世界に飛ばされたと錯覚してしまうに違いない。
技術の進歩によりゲーム業界は目まぐるしい進化を遂げている。
その中でも特に注目されているのがVRゲームであり、家庭でも気軽に遊べるようになってからはさらに人気が爆発したとニュースに取り上げられたのも記憶に新しい。そんな激戦へと変わったゲームランキングで、発売以降ずっと上位に名を連ねているのがこの『アンデレヴェルトオンライン』というゲームだ。
通称「AWO-アオ-」と呼ばれ親しまれているこのゲームはVRMMO__つまり大人数が同時に仮想空間で遊べるオンラインゲームとなっている。
ジャンルとしてはよくある冒険して魔物を倒すRPG系なのだが、あまりにもリアルに作られた仮想空間とゲーム内で出来る行動の自由さが話題を呼び、今では有名どころとして必ず名前が上がる人気ぶりだ。
斯くいう俺、木戸琥珀もAWOの面白さに魅せられたひとりだ。最初は知り合いに言われてなんとなくで始めたのに、1年経った今では連日ログインをするくらいのめり込んでしまっている。
ゲームの媒体であるギアを装着すれば、目の前に広がるのは中世ヨーロッパの街並みだ。
建物はもちろん、細かい雑貨や装飾品、道端に生えている植物までしっかり作り込まれた仮想空間。各街やダンジョンにいるNPCとの会話は、現実と遜色ないほど自然にやり取りが行われ没入感をより高めている。
この緻密に設計されたリアルな世界観こそがAWO最大の魅力であり、そして他のゲームと一線を画すといわれるほどの技術力の賜物なのだろう。
そしてゲーム内での遊び方も、一般的なRPG定番の魔物を倒すだけではない。
鍛治職人となって理想の武器を追い求めたり、狩った魔物で料理したりと、出来る行動も職業もかなり自由度が高くなっている。現に掲示板保持者の有名プレイヤーにも、散歩目的でゲームを始めて、風景のスクショを撮る写真家のような状態の人がいたりするらしい。
ただし、歩き回るだけでも楽しいとはいえ、地域によって適正レベルが違うことを忘れてはいけない。この世界をくまなく歩き回りたいなら、その都度かなりのレベリングが必要になるのだから。
この世界の人が呼ぶ「異邦人」、つまり俺たちプレイヤーにはジョブレベルの他にプレイヤーレベルというものがある。職業ごとに蓄積されるジョブレベルとは違い、プレイヤーレベルは職業を変更しても据え置きなので各街を移動するための目安となっているのだ。
そう考えると俺もまだまだレベル上げをしないといけない。今いるフィーアの街は、始まりの地から数えて4つ目の位置に当たるけど、適正レベルは3つ目のドライとあまり変わりはないから。攻略サイト曰く、ここまでは50あれば苦労せずに来れるようになっているとか。
ただ、次の街に向かうのであればさらに20ほどレベルを上げないと厳しいらしい。
途中にある湖で出てくる魔物が手強くて、レベルが足りていないとそこで死に戻ることになると書いてあった。この世界で言う「死に戻り」は、異邦人だけが使える所詮「セーブポイントからの復活」だ。
リスポーン地点は各街の、しかも訪れたことのある街にしか設定できない。だから多くの異邦人はドライとフィーア周辺で滞在してレベルを上げるんだそうだ。
まあ俺がこの街にいるのは、そう言う理由じゃないんだけども。
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