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第69話 皆さんにお礼がしたくて、僕は… #4
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その翌日、ヒトツメギルドにて――
「ギルマス、事件です!」
ノックもそこそこに、パルムがブラックの執務室に飛び込んできた。
一瞬怪訝な表情を浮かべたブラック、だが『事件』と言うからには良くない報告なのは間違いないだろう。ブラックはパルムを落ち着かせるように――ついでに自分の覚悟も決めながら、敢えて軽い口調で問い質した。
「どうした? パルム君がそれほど慌てるのも珍しいな」
それはパルムにも正しく伝わったようで、一旦呼吸を落ち着けたパルムは静かに報告を始める。
「昨日、カルア君がお世話になった人達にって『お礼』を配ったのをご存じですか?」
「ああ、確か野営用の鍋と包丁のセットだったと聞いているが」
「……やっぱりギルマスもそれくらいの認識でしたか」
「ちょっと待て! 何やら猛烈に嫌な予感がしてきたのだが……まさかそのセットに何か問題が?」
パルムは頷くと、その問題の『野営セット』を取り出してから言葉を続ける。
「実はカルア君、『ギルドの皆さんもどうぞ』とか言って私達にも同じのを配っていったんです。昨日は忙しくて受け取ってそのままになっちゃったんですけど、今朝のラッシュが落ち着いてから中を確認したんです。それがこれなんですけど、中に取説を付けてくれてあって……」
思わず生唾を飲み込むブラック。
「取り敢えずまずは取説を読んでみて下さい」
そう言ってパルムがブラックに差し出した『野営セット』とその取説、そこに書かれていたのは――
◇◇◇◇◇◇
野営用キッチンセット
【鍋】
魔力を流すとブロックから鍋に、鍋からブロックに変形します。
鍋に水が入るように念じると、ヒトツメの街の井戸から水を取り寄せ出来ます。
鍋のスイッチに魔力を流すと、温度を自由に上げ下げ出来ます。
こびり付きや焦げ付きが無いので、片付けはブロックに戻すだけで終わりです。
【包丁】
念じる事で刃の切れ味を変える事が出来ます。
刃先は自動で整うので砥ぐ必要はありません。刃毀れしても直ります。
脂や汚れは付きません。
料理用なので、食材しか切れません。
◇◇◇◇◇◇
読み終わったブラックは頭を抱えた。
「本気かこれ? 何という……」
「ええ、一般用としては性能高過ぎですよ」
「私もそう思う。……だがまあ安心したよ。単なる国宝級だ」
「ギルマス、その感想はどうかと思いますよ。『単なる国宝級』って――」
「いかんな、私も感性がマヒしているようだ」
軽く首を振るブラック、だが今はもっと大きな気掛かりがあった。
「それよりも問題は取説の最後の一文……。これはすぐに検証せねば。パルム君、解体室に行くぞ」
「はい」
ブラックとパルムが揃って解体室に姿を現した事に、解体班の班長は首を傾げた。
「どうした、何かあったのか?」
「ああ、昨日カルア君が配ったというコレの検証に来たのだ」
そう言って手に持った『野営セット』に視線を移すブラック。
「ああ、それか……わしも貰ったが、そう言えばまだ見とらんかったな」
「うむ、班長も付き合ってくれ。廃棄予定の魔物はあるか? 食材にならないものがいいのだが」
「それだったら、ちょうどゴブリンがあるぞ。遠征に行った奴が他のと一緒に魔法の鞄に突っ込んで来おってな。困ったもんだ」
ゴブリンは魔石以外は素材として役に立たず、食肉としても使えない。
その為引き取りは行わないのだが、鞄ごと持って帰って来られるとそうも言ってられず、引き取り費用を受け取って処分を代行する事がある。
「よし、ではそれで試させてもらおう」
ブラックは班長が作業台に置いたゴブリンに包丁の刃を当て、引いてみる。
「――ふむ、やはり切れんか。説明の通りだな」
そして次に――
「ゴブリンは食材、ゴブリンは食材、ゴブリンは食材……私は今日これからこのゴブリンを――食べる!」
そう呟きながらカッと目を見開き、気持ちを入れて包丁の刃を引く。すると――
「……やはりか」
ゴブリンに当てたその刃は、大した抵抗も感じさせずにゴブリンの肉を切り進んでいった。
危惧した通りの状況にブラックは顎に手を当てて思案し、そして班長に包丁を差し出した。
「班長、この包丁でゴブリンを解体してみてくれ」
「む? 構わんが……」
怪訝そうに包丁を受け取った班長だったがそこはやはり解体の本職、流れるような動きでゴブリンに包丁を当てると、何の気負いもなくスッと刃を引く。が――
「何だこれは? まるで切れんぞ」
「やはり『書いてある通り』……か」
「『書いてある通り』? どういう事だ?」
意味が分からないという表情の班長にブラックが取説を差し出すと、班長はその取説を読み進み、最後の一文に目を止めた。
「さっきぶつぶつ言ってたのはこれか。まさか本気でゴブリンを食うつもりかと驚いたが……そうか、『食材だと思えば切れる』という事か」
検証は終わった。
ブラックはパルムに目を向けると、一つの指示を出す。
「これを受け取った冒険者と職員に注意事項の通達を行う。本日夕方ギルドに集合するよう全員に伝えてくれ!」
そしてその日の夕方――
集まった冒険者とギルド職員に対し、ブラックから『野営セット使用上の注意』が通達された。
「いいか、この野営セットは非常に性能が高い――いや、高過ぎる。よって使用そのものを禁ずる事はないが、いくつかの禁止事項を設ける。まずは売却の禁止。どうしても売却を希望する場合はヒトツメギルドが買い取るので申し出るように。次は情報漏洩の禁止。今ここにいる者以外にこの『野営セット』に関する情報を伝える事を禁ずる。その理由は唯一つ、製作者であるカルアの身の安全を守る為だ」
冒険者達を見回したブラックに、全員当然と言った表情で頷き返す。
カルアを守る為と言われて反対する者などここにはいない。
「そして最後に、本来食材となり得ないものに対する使用、及び料理と解体以外での使用を禁ずる。いいか、取説に書いてある『食材以外は切れない』ロックだが、実は食材かどうかの判断は包丁ではなく使用者によるものだ。使用者が『これは食材である』と強く認識すれば、例えそれが食材でなくともロックは解除され、何でも切れる万能ナイフとなってしまう。従って、これは君達が冒険者として培ってきた技量が落ちる事を防ぐ為の禁止事項だ。いいか、道具に溺れるな! 以上だ」
注意喚起は終わり、職員も冒険者も普段の生活に戻る。
ある者は帰宅し、ある者は食堂で食事を始め――
そしてギルドマスターの執務室に戻ったブラックには、ピノから『最初に作られた包丁』のスペックが伝えられた。
『単なる国宝級』を大きく逸脱するであろう錬成カット、それを付与されずに済んだ……その事を知った時の彼の表情は、まるで母に抱かれた赤子のようだったという。
――傷だらけの彼の胃壁は、ピノによって守られたのである。
▽▽▽▽▽▽
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「ギルマス、事件です!」
ノックもそこそこに、パルムがブラックの執務室に飛び込んできた。
一瞬怪訝な表情を浮かべたブラック、だが『事件』と言うからには良くない報告なのは間違いないだろう。ブラックはパルムを落ち着かせるように――ついでに自分の覚悟も決めながら、敢えて軽い口調で問い質した。
「どうした? パルム君がそれほど慌てるのも珍しいな」
それはパルムにも正しく伝わったようで、一旦呼吸を落ち着けたパルムは静かに報告を始める。
「昨日、カルア君がお世話になった人達にって『お礼』を配ったのをご存じですか?」
「ああ、確か野営用の鍋と包丁のセットだったと聞いているが」
「……やっぱりギルマスもそれくらいの認識でしたか」
「ちょっと待て! 何やら猛烈に嫌な予感がしてきたのだが……まさかそのセットに何か問題が?」
パルムは頷くと、その問題の『野営セット』を取り出してから言葉を続ける。
「実はカルア君、『ギルドの皆さんもどうぞ』とか言って私達にも同じのを配っていったんです。昨日は忙しくて受け取ってそのままになっちゃったんですけど、今朝のラッシュが落ち着いてから中を確認したんです。それがこれなんですけど、中に取説を付けてくれてあって……」
思わず生唾を飲み込むブラック。
「取り敢えずまずは取説を読んでみて下さい」
そう言ってパルムがブラックに差し出した『野営セット』とその取説、そこに書かれていたのは――
◇◇◇◇◇◇
野営用キッチンセット
【鍋】
魔力を流すとブロックから鍋に、鍋からブロックに変形します。
鍋に水が入るように念じると、ヒトツメの街の井戸から水を取り寄せ出来ます。
鍋のスイッチに魔力を流すと、温度を自由に上げ下げ出来ます。
こびり付きや焦げ付きが無いので、片付けはブロックに戻すだけで終わりです。
【包丁】
念じる事で刃の切れ味を変える事が出来ます。
刃先は自動で整うので砥ぐ必要はありません。刃毀れしても直ります。
脂や汚れは付きません。
料理用なので、食材しか切れません。
◇◇◇◇◇◇
読み終わったブラックは頭を抱えた。
「本気かこれ? 何という……」
「ええ、一般用としては性能高過ぎですよ」
「私もそう思う。……だがまあ安心したよ。単なる国宝級だ」
「ギルマス、その感想はどうかと思いますよ。『単なる国宝級』って――」
「いかんな、私も感性がマヒしているようだ」
軽く首を振るブラック、だが今はもっと大きな気掛かりがあった。
「それよりも問題は取説の最後の一文……。これはすぐに検証せねば。パルム君、解体室に行くぞ」
「はい」
ブラックとパルムが揃って解体室に姿を現した事に、解体班の班長は首を傾げた。
「どうした、何かあったのか?」
「ああ、昨日カルア君が配ったというコレの検証に来たのだ」
そう言って手に持った『野営セット』に視線を移すブラック。
「ああ、それか……わしも貰ったが、そう言えばまだ見とらんかったな」
「うむ、班長も付き合ってくれ。廃棄予定の魔物はあるか? 食材にならないものがいいのだが」
「それだったら、ちょうどゴブリンがあるぞ。遠征に行った奴が他のと一緒に魔法の鞄に突っ込んで来おってな。困ったもんだ」
ゴブリンは魔石以外は素材として役に立たず、食肉としても使えない。
その為引き取りは行わないのだが、鞄ごと持って帰って来られるとそうも言ってられず、引き取り費用を受け取って処分を代行する事がある。
「よし、ではそれで試させてもらおう」
ブラックは班長が作業台に置いたゴブリンに包丁の刃を当て、引いてみる。
「――ふむ、やはり切れんか。説明の通りだな」
そして次に――
「ゴブリンは食材、ゴブリンは食材、ゴブリンは食材……私は今日これからこのゴブリンを――食べる!」
そう呟きながらカッと目を見開き、気持ちを入れて包丁の刃を引く。すると――
「……やはりか」
ゴブリンに当てたその刃は、大した抵抗も感じさせずにゴブリンの肉を切り進んでいった。
危惧した通りの状況にブラックは顎に手を当てて思案し、そして班長に包丁を差し出した。
「班長、この包丁でゴブリンを解体してみてくれ」
「む? 構わんが……」
怪訝そうに包丁を受け取った班長だったがそこはやはり解体の本職、流れるような動きでゴブリンに包丁を当てると、何の気負いもなくスッと刃を引く。が――
「何だこれは? まるで切れんぞ」
「やはり『書いてある通り』……か」
「『書いてある通り』? どういう事だ?」
意味が分からないという表情の班長にブラックが取説を差し出すと、班長はその取説を読み進み、最後の一文に目を止めた。
「さっきぶつぶつ言ってたのはこれか。まさか本気でゴブリンを食うつもりかと驚いたが……そうか、『食材だと思えば切れる』という事か」
検証は終わった。
ブラックはパルムに目を向けると、一つの指示を出す。
「これを受け取った冒険者と職員に注意事項の通達を行う。本日夕方ギルドに集合するよう全員に伝えてくれ!」
そしてその日の夕方――
集まった冒険者とギルド職員に対し、ブラックから『野営セット使用上の注意』が通達された。
「いいか、この野営セットは非常に性能が高い――いや、高過ぎる。よって使用そのものを禁ずる事はないが、いくつかの禁止事項を設ける。まずは売却の禁止。どうしても売却を希望する場合はヒトツメギルドが買い取るので申し出るように。次は情報漏洩の禁止。今ここにいる者以外にこの『野営セット』に関する情報を伝える事を禁ずる。その理由は唯一つ、製作者であるカルアの身の安全を守る為だ」
冒険者達を見回したブラックに、全員当然と言った表情で頷き返す。
カルアを守る為と言われて反対する者などここにはいない。
「そして最後に、本来食材となり得ないものに対する使用、及び料理と解体以外での使用を禁ずる。いいか、取説に書いてある『食材以外は切れない』ロックだが、実は食材かどうかの判断は包丁ではなく使用者によるものだ。使用者が『これは食材である』と強く認識すれば、例えそれが食材でなくともロックは解除され、何でも切れる万能ナイフとなってしまう。従って、これは君達が冒険者として培ってきた技量が落ちる事を防ぐ為の禁止事項だ。いいか、道具に溺れるな! 以上だ」
注意喚起は終わり、職員も冒険者も普段の生活に戻る。
ある者は帰宅し、ある者は食堂で食事を始め――
そしてギルドマスターの執務室に戻ったブラックには、ピノから『最初に作られた包丁』のスペックが伝えられた。
『単なる国宝級』を大きく逸脱するであろう錬成カット、それを付与されずに済んだ……その事を知った時の彼の表情は、まるで母に抱かれた赤子のようだったという。
――傷だらけの彼の胃壁は、ピノによって守られたのである。
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