どうかそのまま真実の愛という幻想の中でいつまでもお幸せにお過ごし下さいね。

しげむろ ゆうき

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 エリザベスside.

 嬉しい! アルタール様と婚約者になれるなんて夢みたい!

 私は教会への出資パーティーでアルタール様と出会ったあの日を思いだす。アルタール様は本来いるはずのないパーティー会場の裏庭にいたのだ。どうやら、息が詰まるとの事で外の空気を吸っていたらしい。
 だから、私がお水を持っていくと大変喜ばれた。しかも、それから私に定期的に会いにきてくれるようになったのだ。
 そして、いつしか愛を確かめ合う仲にまで。

「君を両親に紹介したい」

 ある日、アルタール様はそう言って両陛下に私達の事を相談しに行ってくれた。国王陛下は快く了承してくれたが王妃陛下にはかなり渋られてしまったのだ。
 でも、何度も話し合いをして、ついには条件を付ける事で頷いてくれたのである。あの時ほど私は神に感謝したことはないだろう。
 けれど、ラムダス様とリリーナ様にはとても申し訳ない事をしてしまった。

 けれど、私達は愛し合ってしまったのだからしょうがないわよ。

 そう思いながら、初日のお妃教育を学びにいったのだが……結果的にかなり大変だった。私も伯爵令嬢だったからそれなりに自信はあったのだ。でも、蓋を開けてみたら私が学んでいたものより遥かに高度だったのだ。
 ダンス、食事マナー、言葉遣い、知識、その他にも色々である。しかし、私はアルタール様の為に頑張ると決めたのだ。


一ヵ月後

「やあ、エリザベス、お妃教育は順調かい?」
「え、ええ、なんとか付いていってます……」

 私が頷くとアルタール様は笑顔を向けてくる。私もなんとか笑顔で返すが、頭の中はお妃教育の事でいっぱいだった。

 あんな高度なダンス、いつになればできるのだろう……。食事マナーはだいぶ良くなったと褒めてもらえた。でも、外国語は全く駄目だわ……

「……ザベス」

 ああ、どうしよう……

「エリザベス」
「あっ、はい!」
「大丈夫かい? ぼーっとして?」
「だ、大丈夫ですよ……」

 いけない、今はアルタール様との大事なお茶会よ。

 私はなんとか作り笑いを浮かべて紅茶を飲む。

 それから、私は無理矢理、お妃教育の事を頭から追い出しアルタール様とのお茶会に集中したのだった。


三ヶ月後

「言語学が壊滅的ね……」

 目の前で感情の読み取れない表情をした王妃陛下は報告書を見ながらそう呟く。毎月、私は何ができないのかチェックされているのだ。

「……申し訳ありません」
「謝らなくても良いのよ。もう少しわかりやすく教えてもらえる教師を付けましょう。他もそうね……」
「……はい」

 王妃陛下が去った後、私は項垂れる。覚える量が多すぎるのだ。これでも、かなり減らしてもらった方なのに……
 正直、お妃教育は子供の頃からやればいつかはできるというものではないという事を身を以て理解する毎日である。そんなお妃教育を幼少期からリリーナ様はこれを覚えるのに頑張っていたのかと思うと頭が下がる。

 でも、アルタール様のためなら……

 私は次の経済学を学ぶために書庫に向かっていると、中庭の池に石を投げているアルタール様を見かけた。
 
 確か、今はアルタール様は言語学の勉強をしているはずでは?

 私は首を傾げながら、アルタール様に声をかける。

「アルタール様……」
「あっ、エリザベス! なんだい、君もさぼりかい?」
「はっ……」

 思わず驚いてしまう。しかし、アルタール様は私の事を気にする様子もなく話しかけてきた。

「いやあ、懐かしいな。よく、色々とさぼってはエリザベスと会っていたよね」
「えっ、さぼっていた……」

 アルタール様は笑顔で頷く。

「そうだよ。私が王太子教育に嫌気が差している時にエリザベスが労ってくれたり、褒めてくれたよね」
「あっ……」

 私はアルタール様に言われ思い出してしまう。アルタール様はいつも、自分が必死に学んでいるのにその努力を認めてくれないと言っていた。
 私はそれをただ頷き、労って褒めていたのだ。

 まさか、私と会っていた時、王太子教育をさぼっていたなんて……

 頭がくらくらしてしまいながらも質問した。

「……王太子教育を担当されていたのは国王様ですよね。大丈夫なのですか?」
「ああ、父上はたった一人の息子である私には甘いからね。まあ、母上とよく喧嘩をしてるけど、ほら、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃないか。はっはっは!」

 私は頭が真っ白になった。もしかしたら、とんでもない事をしてしまったのではないかと……
 そう思いながら、もうどうする事もできないのだと、アルタール様の笑い声を聞きながら私は理解するのだった。


六ヶ月後

 アルタール様のさぼる姿を良く見かける。いや、王宮を移動している最中に自然と探してしまうのだ。そんなある日、王妃陛下がさぼっているアルタール様を見つめながら呟いたのだ。

「何度も言ったわよ。それも百や二百じゃなく千回以上は言ったと断言できるわ。でも、あの子の父親が甘やかすから……。まあ、あの人もそう育てられたからしょうがないわね」
「……」

 私は王妃陛下の話を聞き絶句してしまう。すると王妃陛下は続けて言ってきた。

「だから、私達が全てできなければいけないのよ。このロクサーヌ王国の事はね」
「……全てですか?」
「ええ。半年後にその意味がわかるわ。だから、それまでにしっかりとお妃教育を覚えなさい。特に言語学はね」

 王妃陛下はそう淡々と言うと私の前から去っていった。


一年後

 私はアルタール様の正式な婚約者として盛大に行われたパーティーで発表された。もちろん発表された後は各国の要人達との挨拶回りが始まったのだが、半年前に言われた王妃陛下の言葉が痛いほど理解できた。
 隣にいたアルタール様が私に小声で聞いてくる。

「彼は何を喋っているんだ?」
「ただの挨拶だと思います……」

 私は何とか隣国の言葉を聞き取ることができたので、それをアルタール様にお伝えすると頷かれた。

「ふむ、なら笑っていれば大丈夫だな」

 そう言って笑うアルタール様に私はもう何も言えなかった。そんな私達の近くにいる国王陛下もなんとか言葉を理解している程度で、基本的には宰相様や王妃陛下が話して何とか会話になっているようだった。

「どうかしら?」

 ある程度、挨拶周りも終わり一息ついていたら王妃陛下に声をかけられた。

「……なんとか、というところです」

 私は申し訳なく思いながらそう答えると、王妃陛下は強い口調で言ってきた。

「それじゃあ、全然駄目よ!」
「えっ……」

 私は驚いて王妃陛下を見る。今まで王妃陛下にここまで強く言われたことはなかったのだ。すると王妃陛下は咎めるような目で私を見てくる。

「あなたは約束したわ。リリーナを超える婚約者になると。けれど、全くどれも超えてないじゃない。リリーナが同じ年数でこなしたものの半分以下よ。あなたに出した課題は」
「し、しかし、下地ができているリリーナ様と比べられたら……」
「リリーナは同じような課題を半年でこなしたわよ。しかも、生徒会に公爵家の領地経営も手伝いながらね」
「えっ……」
「あの子は自主的に寝る間も休みの日も惜しんで必死にお妃教育を学んだの。でも、あなたは時間通りしか学ばない。休みの日はしっかり休む。ねえ、あなたには覚悟があったのでしょう?」
「そ、それは……」
「私だってお妃教育を受けた時はリリーナ並に頑張ったわ」
「……」

 思わず俯いてしまう。すると、王妃陛下は私の腕を掴み引き寄せた。

「あなたは私達の努力を水の泡にしたの。だからあなたは死ぬ気でやらなきゃいけないの。わかったなら顔を上げきちんとしなさい」

 私はゆっくりと顔を上げる。そして怯えてしまう。そこにはとても美しい表情で微笑む王妃陛下がいたのだ。
 しかし、その目は全く笑っていなかった。この時やっと理解したのだ。私は王妃陛下の怒りを買っていたのだということを……
 その後のパーティーは頭が真っ白になり良く覚えていない。
 しかし、帰り際、たまたま一人でいる時に隣国の王女様に声をかけられてしまったのだ。しかも、早口で全くついていけなかった。その時、隣りにリリーナ様が来て私のフォローをしてくれたのだ。

「……ありがとうございました」
「いいえ、たった一年でこんな盛大なパーティーは大変でしょう」
「……はい。私はもうどうして良いのかわからなくて!」

 私は思わずリリーナ様に泣き言を言ってしまう。するとリリーナ様は誰もが見惚れるほどの微笑みを湛えながら言ってきたのだ。

「大丈夫よ、真実の愛の為ならどんな事だって我慢できるのでしょう」
「あっ……」

 私は理解してしまう。普段、王妃様やリリーナ様が笑わないのはこういう時に使うのだと……
 私は思わず固まってしまうと、リリーナ様は私に背を向け、歩きながら言ってきた。

「一つあなたに言いたかった事があるの。王妃になるというのは国と結婚をするようなものなのよ。今のあなたなら理解できるでしょう。だから頑張ってね」

 そう言って去っていったリリーナ様の後ろ姿が王妃様に重なる。そんなリリーナ様に私は何も言えずにただ立ち尽くすしかなかったのだ。
 
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