2023 森田芽衣編

仮面ライター

文字の大きさ
6 / 21

4月30日(日)

しおりを挟む
 ケトルでお湯を沸かしながら、お茶請けになるようなものが何かあったかしら、とお菓子入れを覗く。ソファの上で寝静まっている子供たち向けの物しかなさそうに思える。
 どうしたものかと思案していると、車が止まり、玄関から色んな音が聞こえてくる。買い物袋を下げた康徳さんが、「ごめん、ごめん。遅くなった」とリビングに入ってきた。テーブルに置いた袋の中には、柏餅とちまきが入っていた。
「緑茶はコッチ」
 康徳さんは肩にかけた袋から、お茶の袋を取り出して渡しに差し出した。残りは冷蔵庫の前に行って、野菜室なり、冷凍庫なりに詰め込んでいく。彼はパパッと片付けて、洗面所へ手を洗いに行った。私は彼が戻ってくる前にお茶を淹れ、お客さん用の湯飲みも準備して食卓についた。
「すみません、座ったままで」
 康徳さんの赤が入ったコピー用紙を二人で話し込んでいた小野寺さんと、そのお友達の野村さんが顔を上げた。小野寺さんは、野村さんに書類と文具を片付けるように促しつつ、お茶の準備を手伝ってくれた。野村さんもカバンに荷物を仕舞い終えると、「何から何まで、すみません」と、頭を下げた。
「ああ、いいの。座ってて」
 彼女まで席を立って手伝おうとしてくれるけど、広いとは言い切れないキッチンに、そんなに大勢は入らない。小野寺さんに和菓子をセットしてもらい、ポットに追加のお湯を足して、席に着く。康徳さんは私の隣に座ると、スッとピンクの味噌餡に手を伸ばした。
「ちょっ、お客さんより先に取るなんて」
 彼はさっさと葉っぱを剥がして、餅にかじりついている。
「こちらが何も持たずに押し掛けてるので、気にしないでください」
「本当に、すみません」
 小野寺さんと野村さんは、同時に頭を下げる。康徳さんは私の方を見ながら、何事もなかったかのように、餅の残りを口に放り込んだ。
「なっちゃんの分も、選んで」
「いいんですか?」
 彼の言葉に、野村さんは私の顔も見る。私が頷くと、彼女は「じゃあ、遠慮なく」と白いこし餡、よもぎの粒餡を選んだ。よもぎの方はふんわりとラップで包んでおく。
 私はもう一つの粒餡を手に取ってかじりついた。小野寺さん、野村さんも美味しそうに柏餅を食べている。一人先に食べ終えた康徳さんは、私たちを眺めながら、空いた手でスマホを弄っていた。
「昨日の香帆さん、見に行った?」
 彼は、小野寺さんたちに、スマホの画面を差し出した。昨日の春フェス会場で撮影した、香帆さんと義姉さんの写真。ちょっと離れたところで、運転手らしい武藤さんのお父さんの姿も写っている。
 お餅を食べ切った小野寺さんは手を拭いて、彼からスマホを受け取った。何枚かスライドして、実母の活躍ぶりを眺めていた。隣から野村さんも画面を覗き込み、「へー、かっこいいね」と、小野寺さんに囁いた。
「収支はまだ未確定だけど、そこそこ儲かったんだって」
 小野寺さんからスマホを返してもらいながら、康徳さんは言った。
「今度の茨音も、ねじ込んでもらったんだって?」
「みたいですね。サポートというか、間借りみたいな形らしいですけど」
 康徳さんは「みたいですね、ってルミちゃんの頑張りでしょ?」と、小野寺さんに突っ込んだ。彼女は「いえいえ、私の影響力なんて微々たるもので」と小さくなりながら頭を掻いた。
 楽しそうな雰囲気を壊さないようにスッとキッチンに戻り、ポットに残りのお湯を足す。時計を見ると、そろそろ午後5時になりそうだ。遅くなってしまったけど、お米を研いで夕食の準備も進めねば......。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...