16 / 21
10月23日(月)
しおりを挟む
右手を見ればJRの高架が見え、左手の方を見れば向こうの方に阪急電車のすれ違いが見える。目の前には、右の方から左の方へ流れていく川がある。土日や夕方なら、すぐそこの高架下やランニングコースを走る人がもっといるのだろうけど、月曜日の午前中は流石にといった様子。
私はここまで歩いてきた足を休め、呼吸を整えながら、目の前の流れを延々と眺めている。対岸の河川敷を駆け抜けていく人、のんびりウォーキングしている人を時々観察しながら、その人の人となりや生活を勝手に想像してみたりする。
こうして、ただボーッとしながら、たまに人間観察していると何かが閃くかもしれない。アイディアの端緒、描きたいシーンのぼんやりとしたイメージ、妄想するきっかけが少しでも掴めれば十分なんだけど、すぐにポンポンと出てこないから、こんなところで川や河川敷を観察しているのだろう。
左手、下流の方を眺めていると、黒いジャージに身を包んだ男性が、こちらに向かって歩いてきている。豊かなグレイヘアと歩き方に、なんとなく見覚えがあるような気がすると思って見ていると、向こうも私の視線に気がついたらしく、こちらを向いた。
「ああ、どうも」
顔がはっきり分かるところまでくると、相手の男性は手を上げて挨拶してくれた。
「先日はお土産、ありがとうございました」
「いえいえ、いつもお世話になっておりますから」
相手の男性、武藤さんはウォーキングを中断して、立ち止まってくれた。彼は、私の周りを見ながら、「今日は、お一人ですか?」と訊いた。
「旦那に任せて来ちゃいました」
武藤さんは小さく声を漏らしながら、小刻みに頷いた。
「武藤さんは?」
「健康のために少し歩こうかと」
彼は対岸の方を指差しながら、下流の方へ空中で弧を描きながら説明してくれた。お家がある上流の方からではなく、下流の方から歩いて来たのは、すでにランニングコースのゴール地点まで行って来たかららしい。
微妙に蛇行する川に沿って、玉島小学校の裏辺りまで行くと、それなりの距離がある。
「あそこまで行って戻って来たんですか?」
「いやいや、運動としては全然足りないくらいですよ」
武藤さんはサラッと言った。
「本当は走った方がいいんでしょうけど、この年で急に走るのもね」
彼の懸念に思わず「そうですね」と同意の言葉が漏れた。武藤さんは何かを思い出したようにスマホを取り出し、「ああ、でも今度ね」と画面を操作して私に見せた。
「ノルディックウォーク教室があるとかで、これに妻と参加しようかと」
次の土日に、近隣の有志が主宰でノルディックウォーキングの講習会をやるらしい。参加する前に自分で調べて、杖はすでに買ってあるのだとか。
「まだ枠があるみたいなんで、森田さんもどうです?」
私が武藤さんにスマホを返すと、彼はそれを仕舞いながら言った。
「気分転換にもなるし、頭にもいい刺激になるらしいですよ」
健康に大きな不安があるとは言わないものの、体力維持に何かしたい気持ちはある。杖をつきながらの全身運動は、頭も確かに動いてくれるかもしれない。
私が「旦那と相談してみます」と言うと、武藤さんは「そうですか。ではでは」とウォーキングを再開して上流の方へちょっぴり早足で歩いていく。
ウォーキングか。ここでボーッとしているよりは、良いかもしれない。ちょっと行ったところにあるパン屋さんにでも寄って、お昼ご飯を買って帰ろう。
随分と先に行ってしまった武藤さんの背中を、無理のない速さで追いかける。ちょっぴり肌寒い空気がちょうど良い。閃きよ、来るなら今だ。
私はここまで歩いてきた足を休め、呼吸を整えながら、目の前の流れを延々と眺めている。対岸の河川敷を駆け抜けていく人、のんびりウォーキングしている人を時々観察しながら、その人の人となりや生活を勝手に想像してみたりする。
こうして、ただボーッとしながら、たまに人間観察していると何かが閃くかもしれない。アイディアの端緒、描きたいシーンのぼんやりとしたイメージ、妄想するきっかけが少しでも掴めれば十分なんだけど、すぐにポンポンと出てこないから、こんなところで川や河川敷を観察しているのだろう。
左手、下流の方を眺めていると、黒いジャージに身を包んだ男性が、こちらに向かって歩いてきている。豊かなグレイヘアと歩き方に、なんとなく見覚えがあるような気がすると思って見ていると、向こうも私の視線に気がついたらしく、こちらを向いた。
「ああ、どうも」
顔がはっきり分かるところまでくると、相手の男性は手を上げて挨拶してくれた。
「先日はお土産、ありがとうございました」
「いえいえ、いつもお世話になっておりますから」
相手の男性、武藤さんはウォーキングを中断して、立ち止まってくれた。彼は、私の周りを見ながら、「今日は、お一人ですか?」と訊いた。
「旦那に任せて来ちゃいました」
武藤さんは小さく声を漏らしながら、小刻みに頷いた。
「武藤さんは?」
「健康のために少し歩こうかと」
彼は対岸の方を指差しながら、下流の方へ空中で弧を描きながら説明してくれた。お家がある上流の方からではなく、下流の方から歩いて来たのは、すでにランニングコースのゴール地点まで行って来たかららしい。
微妙に蛇行する川に沿って、玉島小学校の裏辺りまで行くと、それなりの距離がある。
「あそこまで行って戻って来たんですか?」
「いやいや、運動としては全然足りないくらいですよ」
武藤さんはサラッと言った。
「本当は走った方がいいんでしょうけど、この年で急に走るのもね」
彼の懸念に思わず「そうですね」と同意の言葉が漏れた。武藤さんは何かを思い出したようにスマホを取り出し、「ああ、でも今度ね」と画面を操作して私に見せた。
「ノルディックウォーク教室があるとかで、これに妻と参加しようかと」
次の土日に、近隣の有志が主宰でノルディックウォーキングの講習会をやるらしい。参加する前に自分で調べて、杖はすでに買ってあるのだとか。
「まだ枠があるみたいなんで、森田さんもどうです?」
私が武藤さんにスマホを返すと、彼はそれを仕舞いながら言った。
「気分転換にもなるし、頭にもいい刺激になるらしいですよ」
健康に大きな不安があるとは言わないものの、体力維持に何かしたい気持ちはある。杖をつきながらの全身運動は、頭も確かに動いてくれるかもしれない。
私が「旦那と相談してみます」と言うと、武藤さんは「そうですか。ではでは」とウォーキングを再開して上流の方へちょっぴり早足で歩いていく。
ウォーキングか。ここでボーッとしているよりは、良いかもしれない。ちょっと行ったところにあるパン屋さんにでも寄って、お昼ご飯を買って帰ろう。
随分と先に行ってしまった武藤さんの背中を、無理のない速さで追いかける。ちょっぴり肌寒い空気がちょうど良い。閃きよ、来るなら今だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる