2023 森田芽衣編

仮面ライター

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10月23日(月)

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 右手を見ればJRの高架が見え、左手の方を見れば向こうの方に阪急電車のすれ違いが見える。目の前には、右の方から左の方へ流れていく川がある。土日や夕方なら、すぐそこの高架下やランニングコースを走る人がもっといるのだろうけど、月曜日の午前中は流石にといった様子。
 私はここまで歩いてきた足を休め、呼吸を整えながら、目の前の流れを延々と眺めている。対岸の河川敷を駆け抜けていく人、のんびりウォーキングしている人を時々観察しながら、その人の人となりや生活を勝手に想像してみたりする。
 こうして、ただボーッとしながら、たまに人間観察していると何かが閃くかもしれない。アイディアの端緒、描きたいシーンのぼんやりとしたイメージ、妄想するきっかけが少しでも掴めれば十分なんだけど、すぐにポンポンと出てこないから、こんなところで川や河川敷を観察しているのだろう。
 左手、下流の方を眺めていると、黒いジャージに身を包んだ男性が、こちらに向かって歩いてきている。豊かなグレイヘアと歩き方に、なんとなく見覚えがあるような気がすると思って見ていると、向こうも私の視線に気がついたらしく、こちらを向いた。
「ああ、どうも」
 顔がはっきり分かるところまでくると、相手の男性は手を上げて挨拶してくれた。
「先日はお土産、ありがとうございました」
「いえいえ、いつもお世話になっておりますから」
 相手の男性、武藤さんはウォーキングを中断して、立ち止まってくれた。彼は、私の周りを見ながら、「今日は、お一人ですか?」と訊いた。
「旦那に任せて来ちゃいました」
 武藤さんは小さく声を漏らしながら、小刻みに頷いた。
「武藤さんは?」
「健康のために少し歩こうかと」
 彼は対岸の方を指差しながら、下流の方へ空中で弧を描きながら説明してくれた。お家がある上流の方からではなく、下流の方から歩いて来たのは、すでにランニングコースのゴール地点まで行って来たかららしい。
 微妙に蛇行する川に沿って、玉島小学校の裏辺りまで行くと、それなりの距離がある。
「あそこまで行って戻って来たんですか?」
「いやいや、運動としては全然足りないくらいですよ」
 武藤さんはサラッと言った。
「本当は走った方がいいんでしょうけど、この年で急に走るのもね」
 彼の懸念に思わず「そうですね」と同意の言葉が漏れた。武藤さんは何かを思い出したようにスマホを取り出し、「ああ、でも今度ね」と画面を操作して私に見せた。
「ノルディックウォーク教室があるとかで、これに妻と参加しようかと」
 次の土日に、近隣の有志が主宰でノルディックウォーキングの講習会をやるらしい。参加する前に自分で調べて、杖はすでに買ってあるのだとか。
「まだ枠があるみたいなんで、森田さんもどうです?」
 私が武藤さんにスマホを返すと、彼はそれを仕舞いながら言った。
「気分転換にもなるし、頭にもいい刺激になるらしいですよ」
 健康に大きな不安があるとは言わないものの、体力維持に何かしたい気持ちはある。杖をつきながらの全身運動は、頭も確かに動いてくれるかもしれない。
 私が「旦那と相談してみます」と言うと、武藤さんは「そうですか。ではでは」とウォーキングを再開して上流の方へちょっぴり早足で歩いていく。
 ウォーキングか。ここでボーッとしているよりは、良いかもしれない。ちょっと行ったところにあるパン屋さんにでも寄って、お昼ご飯を買って帰ろう。
 随分と先に行ってしまった武藤さんの背中を、無理のない速さで追いかける。ちょっぴり肌寒い空気がちょうど良い。閃きよ、来るなら今だ。
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