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弐:名古屋
弐の参:名古屋/自己紹介
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俺はベンツを一路、北へと走らせた。まだ明治村へと乗り込むには早すぎるし、助手席に乗っているこの男について詳しく知らなければならない。まずは挨拶からだろう。
だが男は俺が言うよりも早く口を開いてきた。それも至極丁寧、かつ無理のない言い回しで。
「失礼いたします。自分、田沼と言います。氷室さんから連絡を頂いてた柳澤さんですね?」
ふつう、擦れた生活をしている不良あがりの人間だと丁寧な言葉づかいをすると、それまでの人間としての地金をさらしやすい。いわゆるボロが出ると言うやつだ。
だが、この男はそうではない。外見に似合わず場に応じた振る舞いをわきまえている。それでいて自分が抑えておくべき情報をしっかりと把握している。この男、使えそうだ。
「柳澤永慶――、天龍陽二郎さんのところの若衆だ」
「田沼有勝です。よろしくおねがいします」
「あぁ、よろしくな」
俺は運転の一部をアレンに補助させながら、田沼と会話を続けることにした。
「あんた、どこに所属してる?」
一番重要な問題だった。身内か、外の人間か、それで俺は対応方針を変えねばならない。田沼は言う。
「どこにも――表向きは無職のフリーターです」
「カタギの人間か?」
「いえ、そうとも言えません」
微妙ないい回しだった。訝しげにしているとそれを察してか田沼は言葉を続けた。
「榊原さんのところには正規の子分格ではない、見習いや外部の子飼いの者が多くいるんです。必要に応じて呼び出されてシノギの手伝いをさせられます」
ヤクザのシノギの手伝い。まぁ、あのおっさんのことだ。まともな物ではあるまい。
「で、雀の涙でこき使われてるってわけか」
「はい」
ヤクザの下っ端と言うのは想像以上に悲惨だ。力が全ての人間関係の中で、最下層にランクされる。搾取、粛清はあたりまえ。成果を上げて出世することを何よりも夢見ている。
だからこそ自分の下の存在を求める。
それがこいつのような〝身内でない見習い身分〟と言うわけだ。
一度目をつけられたらば、身内になって出世しない限り、たちの悪いのに搾取され続ける。こいつもうっかりそう言うのにはまり込んだというわけだ。
「しかしなんでヤクザの小間使いになったんだ? どっかでハメられたのか?」
「いえ、そう言うわけではないんですが――」
田沼は言葉を言いよどむ。何か思案しているようだ。俺は気になったがあえて探らなかった。
「――ちょっと暴力沙汰でパクられまして、それで実家に縁を切られたんです」
「それで行き場を失った?」
「はい、一人でその日暮らししてて、いい稼ぎ話があるって誘われて」
「――ズルズルと落ちてったってわけか」
「はい」
ド定番の堕ち方だった。今どき、率先してヤクザになろうなんて奴は居ない。
ヤクザで有ることを誰もが隠す現在、所属した会社がヤクザの息のかかっているところだとあとからわかり、なし崩しに深入りするようになり、帰れないところまで来てしまいそのまま身内に――ってのがスタンダードだ。
田沼は俺に逆に尋ねてきた。
「あの――柳澤さんは?」
「俺か?」
あまり語りたい話ではないが、これで沈黙してこいつとやりづらくなるのは得策ではない。そう考えてかいつまんで話すことにした。
「スカウトされたんだ」
「スカウト? ですか?」
俺の言葉に田沼がおどろいている。
「あぁ、腕に自信のあるやつはお声がかかる。戦闘経験のあるやつ、外国語の堪能なやつ、技術職の経験がありネットのハッキングや電子機器の改造や解析が得意なやつ。ネゴシエーションが得意で詐欺事件の実績のあるやつなんてのも喜ばれる」
スカウト、その言葉には流石に田沼も驚いているようだった。
俺は言い諭すように告げる。
「今は表立って暴力的に動いて利益が得られる時代じゃない。ステルスって呼び名が示すとおり、社会の裏側に潜って誰にも気付かれないようにしながら、利益を上げる必要がある。だからこそだ――」
俺は一呼吸置いて告げた。
「暴力ヤクザよりインテリヤクザのほうが今の御時世は出世できるんだよ。俺や氷室さんのようにな」
それは事実だ。どんな世界でも、その時代時代に応じてふさわしい人材というのがある。だが――
「もっとも、どんな人間が集まったって、組織の〝頭〟を張っているトップがそれを活かせなければ意味がねぇ。将棋だって〝棋士〟が優秀で初めて勝てるだろう? そう言う理屈だ」
それは事実だ。俺たちの〝頭〟である天龍のオヤジは行動力も胆力も、物事の先を見通す先見性もある。なにより、配下を絶対に使い捨てにしない。だからこそ俺たち子分格はあの人のために命を張れるのだ。
俺が語った言葉は田沼の心に強く響いたらしい。神妙な顔で一言――
「羨ましいですね」
――とだけつぶやいたのだった。ところがだ。
――ぐううぅぅ――
いささか間の抜けた面白い音がした。隣の田沼の腹の虫って奴だ。
「す、すいません!」
慌てて詫びの言葉を口にする。だが俺は思わず吹き出していた。
「なんだ、飯もまともに食えてないのか」
あの強欲の榊原のことだ奴隷同然に囲っていた人間の生活のことなど微塵も考えちゃいないだろう。飢えで死んでも野良犬が勝手におっ死んだくらいにしか感じてないはずだ。
だが――
こいつは素質がある。やる気もある。頭の回転も決して悪くない。こういうやつが悪意で使い潰されて世の中から消えていくのは到底納得できるものではない。俺は言った。
「それじゃあ飯でも食うか。俺も4時出発で東京からこっちに来たばっかりなんだ」
そして俺は、田沼の方に視線を向けながらこう尋ねたのだ。
「好きなもの言え。俺が食わしてやるよ」
その一言に田沼の顔にようやく明るさ戻ってきたのだ。
「ありがとうございます」
「いいぜ。好きなだけ食わしてやるよ」
俺はそう告げながらハンドルを切る。
そうだな、ここは名古屋名物の一つエビフライでも食わせてやろうか。
そして俺の車は名古屋の繁華街の方へと向かったのである。
だが男は俺が言うよりも早く口を開いてきた。それも至極丁寧、かつ無理のない言い回しで。
「失礼いたします。自分、田沼と言います。氷室さんから連絡を頂いてた柳澤さんですね?」
ふつう、擦れた生活をしている不良あがりの人間だと丁寧な言葉づかいをすると、それまでの人間としての地金をさらしやすい。いわゆるボロが出ると言うやつだ。
だが、この男はそうではない。外見に似合わず場に応じた振る舞いをわきまえている。それでいて自分が抑えておくべき情報をしっかりと把握している。この男、使えそうだ。
「柳澤永慶――、天龍陽二郎さんのところの若衆だ」
「田沼有勝です。よろしくおねがいします」
「あぁ、よろしくな」
俺は運転の一部をアレンに補助させながら、田沼と会話を続けることにした。
「あんた、どこに所属してる?」
一番重要な問題だった。身内か、外の人間か、それで俺は対応方針を変えねばならない。田沼は言う。
「どこにも――表向きは無職のフリーターです」
「カタギの人間か?」
「いえ、そうとも言えません」
微妙ないい回しだった。訝しげにしているとそれを察してか田沼は言葉を続けた。
「榊原さんのところには正規の子分格ではない、見習いや外部の子飼いの者が多くいるんです。必要に応じて呼び出されてシノギの手伝いをさせられます」
ヤクザのシノギの手伝い。まぁ、あのおっさんのことだ。まともな物ではあるまい。
「で、雀の涙でこき使われてるってわけか」
「はい」
ヤクザの下っ端と言うのは想像以上に悲惨だ。力が全ての人間関係の中で、最下層にランクされる。搾取、粛清はあたりまえ。成果を上げて出世することを何よりも夢見ている。
だからこそ自分の下の存在を求める。
それがこいつのような〝身内でない見習い身分〟と言うわけだ。
一度目をつけられたらば、身内になって出世しない限り、たちの悪いのに搾取され続ける。こいつもうっかりそう言うのにはまり込んだというわけだ。
「しかしなんでヤクザの小間使いになったんだ? どっかでハメられたのか?」
「いえ、そう言うわけではないんですが――」
田沼は言葉を言いよどむ。何か思案しているようだ。俺は気になったがあえて探らなかった。
「――ちょっと暴力沙汰でパクられまして、それで実家に縁を切られたんです」
「それで行き場を失った?」
「はい、一人でその日暮らししてて、いい稼ぎ話があるって誘われて」
「――ズルズルと落ちてったってわけか」
「はい」
ド定番の堕ち方だった。今どき、率先してヤクザになろうなんて奴は居ない。
ヤクザで有ることを誰もが隠す現在、所属した会社がヤクザの息のかかっているところだとあとからわかり、なし崩しに深入りするようになり、帰れないところまで来てしまいそのまま身内に――ってのがスタンダードだ。
田沼は俺に逆に尋ねてきた。
「あの――柳澤さんは?」
「俺か?」
あまり語りたい話ではないが、これで沈黙してこいつとやりづらくなるのは得策ではない。そう考えてかいつまんで話すことにした。
「スカウトされたんだ」
「スカウト? ですか?」
俺の言葉に田沼がおどろいている。
「あぁ、腕に自信のあるやつはお声がかかる。戦闘経験のあるやつ、外国語の堪能なやつ、技術職の経験がありネットのハッキングや電子機器の改造や解析が得意なやつ。ネゴシエーションが得意で詐欺事件の実績のあるやつなんてのも喜ばれる」
スカウト、その言葉には流石に田沼も驚いているようだった。
俺は言い諭すように告げる。
「今は表立って暴力的に動いて利益が得られる時代じゃない。ステルスって呼び名が示すとおり、社会の裏側に潜って誰にも気付かれないようにしながら、利益を上げる必要がある。だからこそだ――」
俺は一呼吸置いて告げた。
「暴力ヤクザよりインテリヤクザのほうが今の御時世は出世できるんだよ。俺や氷室さんのようにな」
それは事実だ。どんな世界でも、その時代時代に応じてふさわしい人材というのがある。だが――
「もっとも、どんな人間が集まったって、組織の〝頭〟を張っているトップがそれを活かせなければ意味がねぇ。将棋だって〝棋士〟が優秀で初めて勝てるだろう? そう言う理屈だ」
それは事実だ。俺たちの〝頭〟である天龍のオヤジは行動力も胆力も、物事の先を見通す先見性もある。なにより、配下を絶対に使い捨てにしない。だからこそ俺たち子分格はあの人のために命を張れるのだ。
俺が語った言葉は田沼の心に強く響いたらしい。神妙な顔で一言――
「羨ましいですね」
――とだけつぶやいたのだった。ところがだ。
――ぐううぅぅ――
いささか間の抜けた面白い音がした。隣の田沼の腹の虫って奴だ。
「す、すいません!」
慌てて詫びの言葉を口にする。だが俺は思わず吹き出していた。
「なんだ、飯もまともに食えてないのか」
あの強欲の榊原のことだ奴隷同然に囲っていた人間の生活のことなど微塵も考えちゃいないだろう。飢えで死んでも野良犬が勝手におっ死んだくらいにしか感じてないはずだ。
だが――
こいつは素質がある。やる気もある。頭の回転も決して悪くない。こういうやつが悪意で使い潰されて世の中から消えていくのは到底納得できるものではない。俺は言った。
「それじゃあ飯でも食うか。俺も4時出発で東京からこっちに来たばっかりなんだ」
そして俺は、田沼の方に視線を向けながらこう尋ねたのだ。
「好きなもの言え。俺が食わしてやるよ」
その一言に田沼の顔にようやく明るさ戻ってきたのだ。
「ありがとうございます」
「いいぜ。好きなだけ食わしてやるよ」
俺はそう告げながらハンドルを切る。
そうだな、ここは名古屋名物の一つエビフライでも食わせてやろうか。
そして俺の車は名古屋の繁華街の方へと向かったのである。
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