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第一章 代行稼業と迷い猫
結衣と迷い猫③
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結衣の気持ちを汲んだ鬼丸は、小さく首を振ってから猫又に近づいた。
猫又は警戒するように鬼丸を見上げている。
「その姿、タマに合わせているのか。お前たちは本来二足歩行をするもんな。それほどタマに惚れ込んでいるということか」
猫又は応えない。
「悪いが、ここの入り口は閉じさせてもらう。もちろんお前も本来あるべき場所へ帰れ。分かるだろう? ただの猫が隠世を行き来することがどれほど危険か」
鬼丸の声はとても落ち着いている。
猫又は、タマと子猫に視線を向ける。その瞳は、戸惑いと、未練に揺れているように見える。
「害意のないあやかしばかりではない。動物や人間を喰らうあやかしもいる。もしお前の目の届かないところで、タマが襲われたらどうする。そんな危険を冒してまで側に置くことを選ぶのか、離れてはしまうが安全な場所で生かすことを選ぶのか。お前はどちらを選ぶ」
猫又は考え込むように俯いた。タマを見ては地面に視線を落としてを繰り返している。
「現世に生きる者が、あやかしと交わることはできないんだ。ましてや、共に生きることを望んではならない」
猫又に向けた言葉であるはずだが、鬼丸は猫又ではなく、自身のつま先に視線を落としている。どこか、自分自身に言い聞かせているような、そんな印象を受ける。
俯いていた猫又であるが、やがて息を一つ吐き出すと、グッと前足に力を入れて後ろ足だけで立ち上がった。
「…………オレハ隠世ヘ帰ル。タマヲ、宜シク頼ム」
覚悟を決めた猫又の瞳は力強かった。二足歩行でタマに歩み寄ると、前足をタマの首に絡ませてギュッと抱きしめた。にーにーと鳴いている子猫の頭を舐め、そっと身を引いた。
猫又は地蔵の台座に歩み寄り、隠世に繋がる綻びに手を入れた。
「マタ、会エルダロウカ」
誰に問うわけでもなく、呟くように溢した猫又の言葉を拾ったのは鬼丸だった。
「会えるかもしれんし、会えないかもしれん。だが、会いたいという気持ちを持ち続けることが大切だと、俺はそう思う」
「……ソウカ。アナタモマタ……イヤ、何デモナイ」
猫又はチラリと鬼丸を一瞥し、最後にタマと子猫を愛おしそうに見つめてから意を決したように隠世へと帰って行った。
「閉じるぞ」
猫又を見送り、少ししんみりとした空気の中、鬼丸が綻びのある場所に手を翳した。
淡い光が鬼丸の手から溢れ、空間に溶け込むように消えていく。綻びのあった場所がゆらりと揺らめいて見えたが、やがて光は収束した。
「これでここの綻びは閉じた。だが、きっとまだ近くに隠世と通じる綻びがあるはずだ」
「そうだね。強いあやかしの妖力の影響、かな」
「分からん。だが、無関係ではあるまい」
タマは無事に見つかったが、新たな問題の発現に結衣と鬼丸は神妙に顔を見合わせる。
「タマや。うちに帰ろうか」
猫又が去った場所をじっと見つめていたタマに、民代が優しく声をかけた。
民代には猫又の姿は見えていなかったが、鬼丸たちのやりとりを見て、大方のことは察しているようだ。タマは、「にゃー」と鳴くと、子猫の首元を咥えて民代に近づいた。まるで、子猫を紹介しているような、そんな様子に結衣の表情はようやく和んだ。
「あ、でも……この子猫、タマと猫又の子供なんだよね。ってことは、きっと妖力を持っているわ」
結衣の言うように、子猫の尻尾は二股に分かれている。明らかに普通の猫とは違う子猫が、外敵に狙われる可能性は大いにある。その外敵には、もちろんあやかしも含まれている。
結衣は、驚かさないようにタマと子猫に近づく。
「大丈夫。この子の妖力を封じておきましょう。普通の猫として育てるの」
安心させるようにタマと子猫に語りかけると、結衣は優しく微笑んで、子猫の眉間を親指で撫でた。ポゥ、と青白い光を発し、不思議な紋様が浮かび上がる。やがて紋様は子猫の身体に吸い込まれるように消えた。
「よし、これで大丈夫。さ、おばあちゃんの家に帰ろうか。……ん? 鬼丸、どうかした?」
子猫の妖力を封じ、よっこいしょと立ち上がった結衣を目を見開いて見上げる鬼丸。真っ赤な瞳が限界まで見開かれている。どうしたんだろう、と結衣が首をもたげた時、僅かに震える声で鬼丸が言った。
「お前、妖力の封印なんて……そんな高度な芸当、どうしてできるんだ」
「え……あっ、本当だ」
鬼丸に言われてようやく気がついた。
対象の妖力を封じる術は、宝月家でも訓練を積んだ者しか使えない難易度の高い術だ。
それを結衣は、流れるように簡単におこなった。力を失い、僅かな浮力しかない結衣が。
「なんでできたんだろう……?」
両手を見つめ、結衣なりに考えるが分からない。どうしてか、できると思ったのだ。
結衣が両手を胸の高さに上げて呆然としている。手を持ち上げたことで、結衣の手首に刻まれた封印の紋が袖口から顔を出した。その紋は、淡く青白い光を放っている。
「とにかく、帰るぞ。もう日が暮れる」
話を強引に終わらせた鬼丸に続き、結衣たちは慌てて民代の家へと向かった。
猫又は警戒するように鬼丸を見上げている。
「その姿、タマに合わせているのか。お前たちは本来二足歩行をするもんな。それほどタマに惚れ込んでいるということか」
猫又は応えない。
「悪いが、ここの入り口は閉じさせてもらう。もちろんお前も本来あるべき場所へ帰れ。分かるだろう? ただの猫が隠世を行き来することがどれほど危険か」
鬼丸の声はとても落ち着いている。
猫又は、タマと子猫に視線を向ける。その瞳は、戸惑いと、未練に揺れているように見える。
「害意のないあやかしばかりではない。動物や人間を喰らうあやかしもいる。もしお前の目の届かないところで、タマが襲われたらどうする。そんな危険を冒してまで側に置くことを選ぶのか、離れてはしまうが安全な場所で生かすことを選ぶのか。お前はどちらを選ぶ」
猫又は考え込むように俯いた。タマを見ては地面に視線を落としてを繰り返している。
「現世に生きる者が、あやかしと交わることはできないんだ。ましてや、共に生きることを望んではならない」
猫又に向けた言葉であるはずだが、鬼丸は猫又ではなく、自身のつま先に視線を落としている。どこか、自分自身に言い聞かせているような、そんな印象を受ける。
俯いていた猫又であるが、やがて息を一つ吐き出すと、グッと前足に力を入れて後ろ足だけで立ち上がった。
「…………オレハ隠世ヘ帰ル。タマヲ、宜シク頼ム」
覚悟を決めた猫又の瞳は力強かった。二足歩行でタマに歩み寄ると、前足をタマの首に絡ませてギュッと抱きしめた。にーにーと鳴いている子猫の頭を舐め、そっと身を引いた。
猫又は地蔵の台座に歩み寄り、隠世に繋がる綻びに手を入れた。
「マタ、会エルダロウカ」
誰に問うわけでもなく、呟くように溢した猫又の言葉を拾ったのは鬼丸だった。
「会えるかもしれんし、会えないかもしれん。だが、会いたいという気持ちを持ち続けることが大切だと、俺はそう思う」
「……ソウカ。アナタモマタ……イヤ、何デモナイ」
猫又はチラリと鬼丸を一瞥し、最後にタマと子猫を愛おしそうに見つめてから意を決したように隠世へと帰って行った。
「閉じるぞ」
猫又を見送り、少ししんみりとした空気の中、鬼丸が綻びのある場所に手を翳した。
淡い光が鬼丸の手から溢れ、空間に溶け込むように消えていく。綻びのあった場所がゆらりと揺らめいて見えたが、やがて光は収束した。
「これでここの綻びは閉じた。だが、きっとまだ近くに隠世と通じる綻びがあるはずだ」
「そうだね。強いあやかしの妖力の影響、かな」
「分からん。だが、無関係ではあるまい」
タマは無事に見つかったが、新たな問題の発現に結衣と鬼丸は神妙に顔を見合わせる。
「タマや。うちに帰ろうか」
猫又が去った場所をじっと見つめていたタマに、民代が優しく声をかけた。
民代には猫又の姿は見えていなかったが、鬼丸たちのやりとりを見て、大方のことは察しているようだ。タマは、「にゃー」と鳴くと、子猫の首元を咥えて民代に近づいた。まるで、子猫を紹介しているような、そんな様子に結衣の表情はようやく和んだ。
「あ、でも……この子猫、タマと猫又の子供なんだよね。ってことは、きっと妖力を持っているわ」
結衣の言うように、子猫の尻尾は二股に分かれている。明らかに普通の猫とは違う子猫が、外敵に狙われる可能性は大いにある。その外敵には、もちろんあやかしも含まれている。
結衣は、驚かさないようにタマと子猫に近づく。
「大丈夫。この子の妖力を封じておきましょう。普通の猫として育てるの」
安心させるようにタマと子猫に語りかけると、結衣は優しく微笑んで、子猫の眉間を親指で撫でた。ポゥ、と青白い光を発し、不思議な紋様が浮かび上がる。やがて紋様は子猫の身体に吸い込まれるように消えた。
「よし、これで大丈夫。さ、おばあちゃんの家に帰ろうか。……ん? 鬼丸、どうかした?」
子猫の妖力を封じ、よっこいしょと立ち上がった結衣を目を見開いて見上げる鬼丸。真っ赤な瞳が限界まで見開かれている。どうしたんだろう、と結衣が首をもたげた時、僅かに震える声で鬼丸が言った。
「お前、妖力の封印なんて……そんな高度な芸当、どうしてできるんだ」
「え……あっ、本当だ」
鬼丸に言われてようやく気がついた。
対象の妖力を封じる術は、宝月家でも訓練を積んだ者しか使えない難易度の高い術だ。
それを結衣は、流れるように簡単におこなった。力を失い、僅かな浮力しかない結衣が。
「なんでできたんだろう……?」
両手を見つめ、結衣なりに考えるが分からない。どうしてか、できると思ったのだ。
結衣が両手を胸の高さに上げて呆然としている。手を持ち上げたことで、結衣の手首に刻まれた封印の紋が袖口から顔を出した。その紋は、淡く青白い光を放っている。
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