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第一章 代行稼業と迷い猫
結衣と迷い猫④
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結衣と鬼丸が宝月の屋敷に帰ったのはすっかり日が暮れた後だった。
民代は依頼料を支払いたがったが、元はと言えば結衣と鬼丸のお節介で関わったのだから、金銭を受け取ることはできない。また、困りごとがあったら依頼をしてくれと何とか民代に折れてもらった。
今日は依頼料の提出がないので母屋に寄らなくても良い。時間的に屋外に使用人の姿もなく、ホッとしながら真っ直ぐに離れへと向かっていた。
「どこに行っていたの」
そんな結衣の背中に冷たい声が突き刺さる。
振り返らなくても分かる。声の主は――
「亜衣……」
どうしてここにいるのだろう。
結衣はゆっくりと振り返り、亜衣と向き合った。
全て見透かすような鋭い視線。どうしても亜衣を前にすると、申し訳なさや、情けなさが腹の奥底から迫り上がってきてしまう。
そんな結衣を守るように、鬼丸が一歩前に出て亜衣を睨む。
「神社に居座っていたあやかしは無事に隠世へ送り返せたようだな」
「当然。あやかしが通ってきた綻びも修復済みよ」
二人の間に見えない火花が散る。どうしてか、鬼丸は随分と亜衣に対抗心を燃やしている。
そんな二人の様子をハラハラしながら見守っている結衣であるが、亜衣が怪我なく無事にあやかしを送り返せたと聞いてホッと息を吐く。
そして、綻びと聞いて、未だあちこちに点在するであろう小さな綻びのことが頭に浮かぶ。
「あ、亜衣。実はね、さっき一つ隠世に繋がる綻びを塞いだんだけど、多分小さな綻びがあちこちに生じているわ。放っておいたらきっと大変なことになる。だから……」
結衣と鬼丸だけでは、悔しいけれど各地に生じた綻びの全てを見つけることも塞ぐことも叶わない。それに、次期当主である亜衣には、このことを伝えておくべきだと思っての発言だ。
けれど、結衣の話を聞いた亜衣の表情はみるみるうちに強張っていく。
「綻びに、近づいたの?」
「え……?」
僅かに肩を震わせながら、亜衣は恐ろしいほど低い声を発した。思わず萎縮する結衣に、亜衣が歩み寄る。
「あなた程度の力で、隠世に関わるのはやめて。一人で解決もできないような身に余る行動を取らないで。二度と向こうに近付かないで。綻びのことは私が調べるから、あなたは邪魔をしないで」
一息に吐き捨てるようにそう言うと、亜依は振り返ることなく立ち去った。
結衣は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「チッ、何だあの態度は! 小さな綻びのことに気づいていなかったくせに」
鬼丸は苛立ちを隠そうともせずに悪態をついている。
「ほら、結衣。あんな奴の言うことは気にするな。帰るぞ」
「うん……」
結衣は鬼丸に手を引かれながら、もつれる足を懸命に動かして離れに向かった。
亜衣の言う通りだと思った。
結衣には綻びを探知することも、視認することもできない。正に身に余る事態なのだ。
それなのに、どうして何か自分にできることがあると思ってしまったのだろう。一昨日の一件で、結衣が期待されていないことは痛いほど目の当たりにしたはずなのに。
重い足取りで離れに帰ると、いつものように笑顔を携えた時子が迎え入れてくれた。
「お風呂が沸いていますよ。熱々の」
「さすが時子。結衣には熱いだろうから、俺が先に入ってやる」
こんな時でも一番風呂は譲ってくれないらしい。
いつもの調子に戻った鬼丸に、結衣の肩の力も抜けていく。
「今日は一緒に入る? 背中流してあげよっか」
「なっ! このド阿呆。一人で洗える」
鬼丸はカッと顔を赤くしながら、ドスドスと大股で風呂場へと向かって行った。
「全く、結衣の野郎……」
脱衣所に入った鬼丸は、ポイポイッと着ていた服を脱いで洗濯籠へと無造作に放り込んでいく。二人の風呂が終わったら、時子が回収して明日の朝洗濯をしてくれる。
服を全て脱ぎ捨て、脱衣所にある大きな姿見に向き合った。
そこに映るのは、どう見ても齢十歳ほどの幼気な少年である。肩は薄く、筋肉を感じないつるりとした身体。
「……これで男扱いしろという方が難しいか」
自嘲するように吐き捨てる鬼丸は、そっと臍の辺りを撫でた。
そこには、青白くぼんやりとした光を放つ紋様が刻まれている。結衣の手首と似た紋様。
鬼丸は再びため息を吐くと、カラカラと浴室に続く扉を開け、湯煙の中へと消えていった。
民代は依頼料を支払いたがったが、元はと言えば結衣と鬼丸のお節介で関わったのだから、金銭を受け取ることはできない。また、困りごとがあったら依頼をしてくれと何とか民代に折れてもらった。
今日は依頼料の提出がないので母屋に寄らなくても良い。時間的に屋外に使用人の姿もなく、ホッとしながら真っ直ぐに離れへと向かっていた。
「どこに行っていたの」
そんな結衣の背中に冷たい声が突き刺さる。
振り返らなくても分かる。声の主は――
「亜衣……」
どうしてここにいるのだろう。
結衣はゆっくりと振り返り、亜衣と向き合った。
全て見透かすような鋭い視線。どうしても亜衣を前にすると、申し訳なさや、情けなさが腹の奥底から迫り上がってきてしまう。
そんな結衣を守るように、鬼丸が一歩前に出て亜衣を睨む。
「神社に居座っていたあやかしは無事に隠世へ送り返せたようだな」
「当然。あやかしが通ってきた綻びも修復済みよ」
二人の間に見えない火花が散る。どうしてか、鬼丸は随分と亜衣に対抗心を燃やしている。
そんな二人の様子をハラハラしながら見守っている結衣であるが、亜衣が怪我なく無事にあやかしを送り返せたと聞いてホッと息を吐く。
そして、綻びと聞いて、未だあちこちに点在するであろう小さな綻びのことが頭に浮かぶ。
「あ、亜衣。実はね、さっき一つ隠世に繋がる綻びを塞いだんだけど、多分小さな綻びがあちこちに生じているわ。放っておいたらきっと大変なことになる。だから……」
結衣と鬼丸だけでは、悔しいけれど各地に生じた綻びの全てを見つけることも塞ぐことも叶わない。それに、次期当主である亜衣には、このことを伝えておくべきだと思っての発言だ。
けれど、結衣の話を聞いた亜衣の表情はみるみるうちに強張っていく。
「綻びに、近づいたの?」
「え……?」
僅かに肩を震わせながら、亜衣は恐ろしいほど低い声を発した。思わず萎縮する結衣に、亜衣が歩み寄る。
「あなた程度の力で、隠世に関わるのはやめて。一人で解決もできないような身に余る行動を取らないで。二度と向こうに近付かないで。綻びのことは私が調べるから、あなたは邪魔をしないで」
一息に吐き捨てるようにそう言うと、亜依は振り返ることなく立ち去った。
結衣は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「チッ、何だあの態度は! 小さな綻びのことに気づいていなかったくせに」
鬼丸は苛立ちを隠そうともせずに悪態をついている。
「ほら、結衣。あんな奴の言うことは気にするな。帰るぞ」
「うん……」
結衣は鬼丸に手を引かれながら、もつれる足を懸命に動かして離れに向かった。
亜衣の言う通りだと思った。
結衣には綻びを探知することも、視認することもできない。正に身に余る事態なのだ。
それなのに、どうして何か自分にできることがあると思ってしまったのだろう。一昨日の一件で、結衣が期待されていないことは痛いほど目の当たりにしたはずなのに。
重い足取りで離れに帰ると、いつものように笑顔を携えた時子が迎え入れてくれた。
「お風呂が沸いていますよ。熱々の」
「さすが時子。結衣には熱いだろうから、俺が先に入ってやる」
こんな時でも一番風呂は譲ってくれないらしい。
いつもの調子に戻った鬼丸に、結衣の肩の力も抜けていく。
「今日は一緒に入る? 背中流してあげよっか」
「なっ! このド阿呆。一人で洗える」
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そこに映るのは、どう見ても齢十歳ほどの幼気な少年である。肩は薄く、筋肉を感じないつるりとした身体。
「……これで男扱いしろという方が難しいか」
自嘲するように吐き捨てる鬼丸は、そっと臍の辺りを撫でた。
そこには、青白くぼんやりとした光を放つ紋様が刻まれている。結衣の手首と似た紋様。
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