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第二章 落ちこぼれとエリート
宝月家と御影家①
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季節は進み、すっかり起き上がるのが辛くなってきたある日の朝。
「ううっ、さむっ!」
意識が浮上した結衣は、布団の中で丸くなると身震いをひとつした。布団を頭から被ったままのそりと立ち上がり、ゆっくりと窓辺に近づく。
「わぁっ、雪だ……! そりゃあ寒いわけだ」
窓の外には一面銀世界、というわけではないが、屋根瓦の上や木の枝にうっすら雪が積もっている。
(すっかり冬ね。鬼丸、きっとまだ寝てるよね。起こしてあげなくちゃ)
廊下に出てハァッと吐き出す息が白い。鬼丸は寒さが苦手なので、冬の日は寝坊しがちである。今日は久しぶりに母家への招集がかかっているため、早めに用意をしておかないと。
「鬼丸、起きてる? 雪、積もってるよ」
結衣の部屋に隣接している鬼丸の部屋の前に立ち、中に声をかける。けれど、予想通り返事はない。恐らくまだ布団の温もりに包まれて夢見心地なのだろう。
「もう、入るからね」
結衣は断りを入れてから鬼丸の部屋に足を踏み入れた。
鬼丸の部屋は随分と質素だ。着替えが入れられている箪笥が壁際に置いてあり、小さな机と座布団以外に家具はない。部屋の真ん中に敷かれた布団はこんもりとかまくらのように盛り上がっている。鬼丸だろう。
「はい、起きてくださーい」
気持ちよく眠っていそうなので申し訳ないが、仕事だから仕方がない。結衣は布団の端を両手で掴んでベリッと引き剥がすように捲った。
「…………寒い」
中には、小さく縮こまった鬼丸が眉間に深い皺を寄せていた。細く目を開けて、愛しの布団との仲を引き裂いたのは誰かと眼球が動く。
「……結衣か」
「おはよう。今日は母屋に行く日だから早く起きなよ」
無言で抗議してくる鬼丸に、結衣はパンパンと手を叩きながら起床を促す。
「チッ」
舌打ちをして、寝癖のついた頭を掻きながら、鬼丸はのそのそと身体を起こした。
いつもの鋭い眼はとろんと少し垂れ目がちになっており、着崩した寝巻きの浴衣が一層の色気を引き出している。仕草といい雰囲気といい、やはり鬼丸は見た目よりも年を重ねているのだろうか。
そんなことを考えていると、着替えをするからと鬼丸に部屋を追い出された。
着替えと時子が支度してくれた朝食を済ませると、結衣と鬼丸は目立たぬように母屋へと侵入した。母屋はいつも使用人が忙しそうに駆け回っているのだが、今日は特段バタバタしている様子だ。
「? 何かあるのかな。来客とか?」
「知らん。行けば分かるだろう」
鬼丸は真綿がたっぷり入った厚手のちゃんちゃんこに包まれながら、むっすりとしている。まだ叩き起こされたことを根に持っているようだ。あるいは、結衣が母屋に足を踏み入れること自体よく思っていないので、それで機嫌を損ねているのかもしれない。
ひたひたと長い廊下を進み、母家で最も大きい広間に続く襖をそっと開いた。
広間にはすでに宝月に連なる面々の姿が揃っている。上座には現当主である父の願鉄が腕組みをして鎮座している。願鉄は齢四十五となるが、筋骨隆々としていて、僅かに白髪の混じった黒髪を後ろに撫でつけている。久しぶりに見る父の姿に、結衣の身体が強張る。もう随分と父と会話をしていない。
ずらりと並べられた座布団の空いた席に静かに着席すると、願鉄の隣に座っている亜衣が立ち上がった。
「みんな、集まってくれてありがとう。実は秋に妖狐を隠世に帰したあたりから、この辺りで現世と隠世の境界に小さな綻びが生じているの。力の強いあやかしが迷い込んだ影響だとは思うけれど、小さな綻びは放っておいたら次第に大きくなってあやかしを再び呼び寄せてしまうかもしれない。だから……はぁ、御影家との共同作戦を実施することが決まったわ」
亜衣の話を受けて、広間はざわりとどよめいた。
御影家とは、宝月家と並ぶ名家であり、宝月家と同じくあやかしと使い魔契約をして代行稼業を営んでいる家系である。『東の宝月、西の御影』とは、この業界では有名な言葉である。
「御影家と共同……? ということは、もしかして」
結衣の脳裏にとある人物の姿がよぎる。
結衣が考え込むように顎を摘んだその時、上座付近の襖が勢いよく開いた。
皆の視線が集まる中、一人の少年が勇み足で広間に入り、亜衣の前に仁王立ちをすると腕を組んで踏ん反り返った。
「前置きが長いわ! さっさと紹介せぇ!」
広場の面々が呆気に取られる中、少年はくるりと一同を振り向くとニカっと笑った。
「あー、まあ、みんな知っとると思うけど、俺は御影辰輝や。この俺がわざわざ協力しに来たんや。サクッと綻びみーんな見っけて、繕うて、おしまいや!」
大きな声の少年の名は、御影辰輝。癖毛がちな明るい茶髪に八重歯が特徴的な人懐っこい顔つきをしている。歳は結衣と同じ十八歳。
段取りを無視した登場に、亜衣は眉間を押さえながら深くため息をついた。
「はぁ……あのね、物には順序というものがあるの。呼ばれるまで勝手に出てこないでちょうだい」
「はぁ? お前の話が長いねん。待ちくたびれたわ」
一方の辰輝は悪びれた様子もなく反論する。亜衣は「もういいわ」と再びため息をついてから使用人に声をかけて辰輝の席を用意させた。
「とにかく、辰輝君は索敵能力に長けているから、仕方なく協力を依頼したの。これからしばらく辰輝君率いる御影家の人たちが居候することが決まったわ。両家の交流を深める意味もあるから、くれぐれも仲良くね」
「おう、世話になるな! よろしく頼むわ」
ゲンナリとした様子の亜衣に対し、辰輝は陽気に笑っている。広間にも戸惑いの声があちこちで上がっていて、歓迎モード一色というわけではないようだ。どうも辰輝は幼い頃から場の空気が読めないところがあるので、平気な顔で用意された席に腰掛けた。
その後、亜衣から当面の動きについての説明があった。今日は御影家関係者の旅の疲れを癒すため、部屋の用意や荷物の整理に充てる。本格的に綻び探しが始まるのは明日からだ。
仕事の割り振りや共同生活における留意点などの説明を一通り受け、その場は解散となった。
「ううっ、さむっ!」
意識が浮上した結衣は、布団の中で丸くなると身震いをひとつした。布団を頭から被ったままのそりと立ち上がり、ゆっくりと窓辺に近づく。
「わぁっ、雪だ……! そりゃあ寒いわけだ」
窓の外には一面銀世界、というわけではないが、屋根瓦の上や木の枝にうっすら雪が積もっている。
(すっかり冬ね。鬼丸、きっとまだ寝てるよね。起こしてあげなくちゃ)
廊下に出てハァッと吐き出す息が白い。鬼丸は寒さが苦手なので、冬の日は寝坊しがちである。今日は久しぶりに母家への招集がかかっているため、早めに用意をしておかないと。
「鬼丸、起きてる? 雪、積もってるよ」
結衣の部屋に隣接している鬼丸の部屋の前に立ち、中に声をかける。けれど、予想通り返事はない。恐らくまだ布団の温もりに包まれて夢見心地なのだろう。
「もう、入るからね」
結衣は断りを入れてから鬼丸の部屋に足を踏み入れた。
鬼丸の部屋は随分と質素だ。着替えが入れられている箪笥が壁際に置いてあり、小さな机と座布団以外に家具はない。部屋の真ん中に敷かれた布団はこんもりとかまくらのように盛り上がっている。鬼丸だろう。
「はい、起きてくださーい」
気持ちよく眠っていそうなので申し訳ないが、仕事だから仕方がない。結衣は布団の端を両手で掴んでベリッと引き剥がすように捲った。
「…………寒い」
中には、小さく縮こまった鬼丸が眉間に深い皺を寄せていた。細く目を開けて、愛しの布団との仲を引き裂いたのは誰かと眼球が動く。
「……結衣か」
「おはよう。今日は母屋に行く日だから早く起きなよ」
無言で抗議してくる鬼丸に、結衣はパンパンと手を叩きながら起床を促す。
「チッ」
舌打ちをして、寝癖のついた頭を掻きながら、鬼丸はのそのそと身体を起こした。
いつもの鋭い眼はとろんと少し垂れ目がちになっており、着崩した寝巻きの浴衣が一層の色気を引き出している。仕草といい雰囲気といい、やはり鬼丸は見た目よりも年を重ねているのだろうか。
そんなことを考えていると、着替えをするからと鬼丸に部屋を追い出された。
着替えと時子が支度してくれた朝食を済ませると、結衣と鬼丸は目立たぬように母屋へと侵入した。母屋はいつも使用人が忙しそうに駆け回っているのだが、今日は特段バタバタしている様子だ。
「? 何かあるのかな。来客とか?」
「知らん。行けば分かるだろう」
鬼丸は真綿がたっぷり入った厚手のちゃんちゃんこに包まれながら、むっすりとしている。まだ叩き起こされたことを根に持っているようだ。あるいは、結衣が母屋に足を踏み入れること自体よく思っていないので、それで機嫌を損ねているのかもしれない。
ひたひたと長い廊下を進み、母家で最も大きい広間に続く襖をそっと開いた。
広間にはすでに宝月に連なる面々の姿が揃っている。上座には現当主である父の願鉄が腕組みをして鎮座している。願鉄は齢四十五となるが、筋骨隆々としていて、僅かに白髪の混じった黒髪を後ろに撫でつけている。久しぶりに見る父の姿に、結衣の身体が強張る。もう随分と父と会話をしていない。
ずらりと並べられた座布団の空いた席に静かに着席すると、願鉄の隣に座っている亜衣が立ち上がった。
「みんな、集まってくれてありがとう。実は秋に妖狐を隠世に帰したあたりから、この辺りで現世と隠世の境界に小さな綻びが生じているの。力の強いあやかしが迷い込んだ影響だとは思うけれど、小さな綻びは放っておいたら次第に大きくなってあやかしを再び呼び寄せてしまうかもしれない。だから……はぁ、御影家との共同作戦を実施することが決まったわ」
亜衣の話を受けて、広間はざわりとどよめいた。
御影家とは、宝月家と並ぶ名家であり、宝月家と同じくあやかしと使い魔契約をして代行稼業を営んでいる家系である。『東の宝月、西の御影』とは、この業界では有名な言葉である。
「御影家と共同……? ということは、もしかして」
結衣の脳裏にとある人物の姿がよぎる。
結衣が考え込むように顎を摘んだその時、上座付近の襖が勢いよく開いた。
皆の視線が集まる中、一人の少年が勇み足で広間に入り、亜衣の前に仁王立ちをすると腕を組んで踏ん反り返った。
「前置きが長いわ! さっさと紹介せぇ!」
広場の面々が呆気に取られる中、少年はくるりと一同を振り向くとニカっと笑った。
「あー、まあ、みんな知っとると思うけど、俺は御影辰輝や。この俺がわざわざ協力しに来たんや。サクッと綻びみーんな見っけて、繕うて、おしまいや!」
大きな声の少年の名は、御影辰輝。癖毛がちな明るい茶髪に八重歯が特徴的な人懐っこい顔つきをしている。歳は結衣と同じ十八歳。
段取りを無視した登場に、亜衣は眉間を押さえながら深くため息をついた。
「はぁ……あのね、物には順序というものがあるの。呼ばれるまで勝手に出てこないでちょうだい」
「はぁ? お前の話が長いねん。待ちくたびれたわ」
一方の辰輝は悪びれた様子もなく反論する。亜衣は「もういいわ」と再びため息をついてから使用人に声をかけて辰輝の席を用意させた。
「とにかく、辰輝君は索敵能力に長けているから、仕方なく協力を依頼したの。これからしばらく辰輝君率いる御影家の人たちが居候することが決まったわ。両家の交流を深める意味もあるから、くれぐれも仲良くね」
「おう、世話になるな! よろしく頼むわ」
ゲンナリとした様子の亜衣に対し、辰輝は陽気に笑っている。広間にも戸惑いの声があちこちで上がっていて、歓迎モード一色というわけではないようだ。どうも辰輝は幼い頃から場の空気が読めないところがあるので、平気な顔で用意された席に腰掛けた。
その後、亜衣から当面の動きについての説明があった。今日は御影家関係者の旅の疲れを癒すため、部屋の用意や荷物の整理に充てる。本格的に綻び探しが始まるのは明日からだ。
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