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第四章 過去と現在
鬼丸と結衣の過去①
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まるで夜の海に漂っているような、そんな奇妙な感覚だ。既視感を覚え、今朝の夢に似ているのだと思い至った。
「頭領、何の冗談ですか」
「冗談じゃねぇさ。ちょいと退屈凌ぎに現世に顔を出すだけだ」
急に視界が開け、飛び込んできたのはどこか和風の建物の一室。ゆらりとゆらめく蝋燭の火に照らされた横顔には見覚えがある。漆黒の艶やかな長髪に、切長の紅瞳。鬼丸だ。
結衣は室内の天井付近で漂いながら眼下の様子を見守る。
「全く、あなたほどのあやかしがそう簡単に境界を跨いでいいとでもお思いですか」
「だからお前に頼んでいるのだろう」
「はあ……」
どうやら、鬼丸は現世に赴くために対面に座る鬼の男性に協力を仰いでいるようだ。白髪で、顔に刻まれた皺からも壮年の男性であることが窺える。
「現世に行くのは黄昏時のわずかな時間。少し散歩をしたら戻る」
「はあ……あなた様は一度やると言ったことは曲げませんからね。ここで押し問答をしても無駄だということはよーく分かっておりますとも」
「さすがだ」
楽しそうな鬼丸に対し、頭を抱える白髪の男性。深いため息をつきながらも、懐からあるものを取り出した。
「では、こちらをお着けくださいませ。妖力を封じる呪いが込められた腕輪です」
「ほう」
男性から腕輪を受け取った鬼丸は、興味深そうに腕輪を光に翳している。
「いいですか。それは通常のあやかしには有効ですが、あなた様の力を完全に抑えることができるか……呪いと妖力が反発して、身体に負担をかける場合もあります。もし、腕輪が破壊されるようなことがあれば、強制的にこちらに戻ってくるように制御もかけておりますゆえ、ゆめゆめお忘れなきよう」
「くっ、準備がいいじゃねえか」
鬼丸はピン、と指で腕輪を弾いて空中で掴み取ると、躊躇いなく腕輪を装着した。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
腕輪をつけた鬼丸は、意気揚々と立ち上がると眼前に手を伸ばした。鬼丸の手のひらを中心に、ぐわんと空間が歪む。やがて大の男一人通れるほどの大きさとなり、鬼丸はその歪みの中へと消えていった。
◇◇◇
瞬きをすると、そこは夕陽に染まる屋敷の外だった。どうやら場面が変わったようだ。
「へえ、これが現世ね……なかなかに趣があって興味深い」
こちらの世界に降り立った鬼丸は、顎に手を当てて辺りを見回している。彼の様子から、初めて現世を訪れたのであろうことは自明である。まるで初めて遊園地に連れていってもらった子供のように、目を輝かせている。
「さあて、街の方へ行こうか……ぐっ」
グッと伸びをして、街中へと繰り出そうとした鬼丸であったが、急に胸を押さえてその場に膝をついた。
「はぁ……なるほど、こういうことか」
ポタポタと顎に伝った冷や汗が地面に落ちては地中に吸収されていく。どうやら、腕輪をくれた男性の心配した通りのことが起こったらしい。鬼の中でも飛び抜けた力を持つ鬼丸の妖力を腕輪一つで封じることは叶わなかったのだろう。
「これは、想像以上にキツい」
自嘲気味た笑みを漏らし、鬼丸はぐしゃりと地に臥してしまった。サラリとした美しい黒髪が扇のように地面に広がる。身体に力が入らない様子だ。この状態だと、隠世に帰ることもままならないだろう。
どうなってしまうのかとハラハラしながら見守っていると、前方からテテテッと一人の少女が駆けてきた。さすがに見紛うわけがない。幼き日の結衣だった。
「どうしたの? しんどい? 大丈夫?」
まだあどけなさの残る結衣が、無垢な表情で鬼丸の傍らにしゃがみ込んだ。
そうか。やはり、結衣は幼い頃に鬼丸に出会っていたのだ。
「……お前、俺が見えるのか」
「え? うん。私はほおづき家の子だもの。あやかしさんといっしょにお仕事しているんだよ」
幼き結衣は、鬼丸を前に警戒することなく笑顔を向けている。この頃の結衣は、才能に恵まれて両親や屋敷の人々から愛されて育ってきた。
「ぐ、そうか……宝月の」
「うん、そう。だから怖がらないで? 私はあやかしさんがすきだから」
「――は?」
「あ、おにーさん。その手首についてる輪っか。そこから強い力があふれてる。そっか、だからしんどいんだね。待っててね、取ってあげる」
あっ、と思ったが、今の結衣の声は記憶の中の幼き結衣には届かない。
「ばっ、それに触るな……!」
「え? ――きゃあっ!?」
鬼丸も慌てて静止するが、その時には腕輪は真っ二つに割れてしまっていた。
「頭領、何の冗談ですか」
「冗談じゃねぇさ。ちょいと退屈凌ぎに現世に顔を出すだけだ」
急に視界が開け、飛び込んできたのはどこか和風の建物の一室。ゆらりとゆらめく蝋燭の火に照らされた横顔には見覚えがある。漆黒の艶やかな長髪に、切長の紅瞳。鬼丸だ。
結衣は室内の天井付近で漂いながら眼下の様子を見守る。
「全く、あなたほどのあやかしがそう簡単に境界を跨いでいいとでもお思いですか」
「だからお前に頼んでいるのだろう」
「はあ……」
どうやら、鬼丸は現世に赴くために対面に座る鬼の男性に協力を仰いでいるようだ。白髪で、顔に刻まれた皺からも壮年の男性であることが窺える。
「現世に行くのは黄昏時のわずかな時間。少し散歩をしたら戻る」
「はあ……あなた様は一度やると言ったことは曲げませんからね。ここで押し問答をしても無駄だということはよーく分かっておりますとも」
「さすがだ」
楽しそうな鬼丸に対し、頭を抱える白髪の男性。深いため息をつきながらも、懐からあるものを取り出した。
「では、こちらをお着けくださいませ。妖力を封じる呪いが込められた腕輪です」
「ほう」
男性から腕輪を受け取った鬼丸は、興味深そうに腕輪を光に翳している。
「いいですか。それは通常のあやかしには有効ですが、あなた様の力を完全に抑えることができるか……呪いと妖力が反発して、身体に負担をかける場合もあります。もし、腕輪が破壊されるようなことがあれば、強制的にこちらに戻ってくるように制御もかけておりますゆえ、ゆめゆめお忘れなきよう」
「くっ、準備がいいじゃねえか」
鬼丸はピン、と指で腕輪を弾いて空中で掴み取ると、躊躇いなく腕輪を装着した。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
腕輪をつけた鬼丸は、意気揚々と立ち上がると眼前に手を伸ばした。鬼丸の手のひらを中心に、ぐわんと空間が歪む。やがて大の男一人通れるほどの大きさとなり、鬼丸はその歪みの中へと消えていった。
◇◇◇
瞬きをすると、そこは夕陽に染まる屋敷の外だった。どうやら場面が変わったようだ。
「へえ、これが現世ね……なかなかに趣があって興味深い」
こちらの世界に降り立った鬼丸は、顎に手を当てて辺りを見回している。彼の様子から、初めて現世を訪れたのであろうことは自明である。まるで初めて遊園地に連れていってもらった子供のように、目を輝かせている。
「さあて、街の方へ行こうか……ぐっ」
グッと伸びをして、街中へと繰り出そうとした鬼丸であったが、急に胸を押さえてその場に膝をついた。
「はぁ……なるほど、こういうことか」
ポタポタと顎に伝った冷や汗が地面に落ちては地中に吸収されていく。どうやら、腕輪をくれた男性の心配した通りのことが起こったらしい。鬼の中でも飛び抜けた力を持つ鬼丸の妖力を腕輪一つで封じることは叶わなかったのだろう。
「これは、想像以上にキツい」
自嘲気味た笑みを漏らし、鬼丸はぐしゃりと地に臥してしまった。サラリとした美しい黒髪が扇のように地面に広がる。身体に力が入らない様子だ。この状態だと、隠世に帰ることもままならないだろう。
どうなってしまうのかとハラハラしながら見守っていると、前方からテテテッと一人の少女が駆けてきた。さすがに見紛うわけがない。幼き日の結衣だった。
「どうしたの? しんどい? 大丈夫?」
まだあどけなさの残る結衣が、無垢な表情で鬼丸の傍らにしゃがみ込んだ。
そうか。やはり、結衣は幼い頃に鬼丸に出会っていたのだ。
「……お前、俺が見えるのか」
「え? うん。私はほおづき家の子だもの。あやかしさんといっしょにお仕事しているんだよ」
幼き結衣は、鬼丸を前に警戒することなく笑顔を向けている。この頃の結衣は、才能に恵まれて両親や屋敷の人々から愛されて育ってきた。
「ぐ、そうか……宝月の」
「うん、そう。だから怖がらないで? 私はあやかしさんがすきだから」
「――は?」
「あ、おにーさん。その手首についてる輪っか。そこから強い力があふれてる。そっか、だからしんどいんだね。待っててね、取ってあげる」
あっ、と思ったが、今の結衣の声は記憶の中の幼き結衣には届かない。
「ばっ、それに触るな……!」
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鬼丸も慌てて静止するが、その時には腕輪は真っ二つに割れてしまっていた。
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