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第六話 ルイ様と離れて過ごす一日 1

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「ううん、よく寝た……」

 翌日、私はいつもより日が高くなってからゆっくりと眠りから覚めた。昨日の治療で思っていたよりも消耗していたらしい。

「……わあ! もうこんな時間⁉︎ ルイ様を起こしに行かなくっちゃ」

 寝坊した! と慌ててベッドから飛び起きて顔を洗ってクローゼットを開け放つ。そこで昨日のウェインさんとのやりとりを思い出した。

「あ、今日はお休みをもらったんだった……」

 お休み……生まれてこの方縁がなかった言葉である。神殿時代はいつ誰が来るか分からないので休みなんて言語道断だったし、魔界に来てからも毎日充実しすぎて休みがなくても問題なかった。

「うーん、朝一番にルイ様のご尊顔が拝めないなんて、一日が始まった気がしないわ」

 急ぐ必要がなくなったので、のんびりクローゼットの中を物色する。

 魔界にやってきた時に着ていた法衣を元に、ミーシャお姉様が縫ってくれた仕事用の制服。元の法衣は白地に藍色をアクセントとしたシンプルな作りだったけれど、ここで普段着ているものは白地のワンピースに黒の外套を羽織る形になっている。外套には金糸で刺繍が施されていて、黒と金がルイ様を想起させる素敵なデザインである。クローゼットの中には、替えが効くように同じ服が三組並んでいる。

 あとはピクニックの際に作ってくれたパンツスタイルの動きやすい服。以上。

「毎日仕事だしオシャレして出かけることもないものね……」

 結局いつもの制服に手を伸ばして袖を通す。遅めの朝食を貰いに厨房に向かおうと自室の扉を開けようとした時、なぜか扉が勢いよく内側に開いた。ぎゃあ!

「アリエッタちゃん、起きてるう? あらやだ、なあに? そんなところで座り込んじゃって」
「ミーシャお姉様! 危うく扉に弾き飛ばされるところでしたよ!」

 勢いそのままに室内に飛び込んできたのは今日もダイナマイトボディを惜しみなく披露しているミーシャお姉様だった。びっくりしすぎて腰を抜かした私を怪訝そうに見ている。解せぬ。心臓が激しく抗議のために暴れている。

「あら、ごめんなさい。アリエッタちゃん、朝ごはんまだでしょう? 誘いに来たのよ」
「えっ! 嬉しい、ありがとうございます!」
「うふふ」

 なんと。わざわざ部屋まで迎えに来てくれるなんて。

 素直に嬉しくて、単純な私の頬は簡単に緩んでしまう。
ミーシャお姉様の玉のように美しい手を取り起き上がると、手を引かれるままに厨房へと向かった。






「おはよう、アリエッタ。今朝は珍しく寝坊か?」
「マルディラムさん、おはようございます。ええ、お恥ずかしながら寝過ぎてしまいました」
「よい。今日は一日休みなのだろう? たまには何も考えずにのんびり過ごすのも一興だろう」

 厨房では、すでにマルディラムさんが朝食用にプレートを用意してくれていた。
 ふわふわに焼きあがったロールパン、マルディラムさんお手製のバター、城の畑で採れる新鮮な野菜はスティック状に切られて二種類のソースが添えられている。とうもろこしと芋のポタージュに、じゅうじゅうと未だに油が音を立てているソーセージ、搾りたて果実水まで揃っている。

「美味しそう!」
 ぐぅ。

 口とお腹が同時に鳴り、二人に笑われてしまった。お恥ずかしい。相変わらず正直者の腹の虫なのですよ。
 ミーシャお姉様も一緒に食べるために朝食はまだだったらしく、二人分のプレートが並べられる。

「いただきます!」
「いただきまあす」

 マルディラムさんにお礼を言うと、私たちはパンにかぶりついた。

 マルディラムさんが作る料理は本当に絶品。毎日三食美味しい食事を食べられるなんて、ここは天国かしら。魔界だわ。
 黙々と食事を続け、私もミーシャお姉様もペロリとプレートをきれいに平らげた。私たちの食べっぷりにマルディラムさんも満足そうにしている。

「それで、今日は何をする予定だ?」

 食後の紅茶を用意するマルディラムさんに尋ねられ、私は困ってしまって頬を掻いた。
「それが……いざお休みをもらいましても、これまでお休みなんて経験したことがないので何をしたらいいのか分からなくて」
「お休みが、初めて?」
「え、あ、その、わああ⁉︎」

 ぽろりと溢した言葉を拾ったミーシャお姉様がスウッとピンクの瞳を細めた。なんだか気温がグッと下がったように感じてガタガタ歯が震えるし殺気も感じる。と思ったら、ゴウッとミーシャお姉様から渦巻くように魔力が噴き出した。

「気持ちはわかるが落ち着け」
「あら、ごめんなさあい」

 昨日のルイ様も不穏なことを口にしていたけれど、どうやら魔界のみんなは神殿時代の私の扱いにかなり不満を抱いているらしい。うっかり当時の苦労話をした日には、人間界に乗り込んで神殿を潰しかねない勢いで目を怒らせていた。嬉しいけど、不要な争いは避けたい。

「ごほん、いいわ。今日は私たちがたっぷりおもてなしをしてあげる。まずは私に時間をちょうだい」
「うむ。某はアフタヌーンティーに特別な茶葉と菓子を用意している。用が済んだら顔を出すがいい」
「えっ、ありがとうございます!」

 なんと、お休みの過ごし方がさっぱり分からない私をもてなしてくれるらしい。
 嬉しくてスキップしてしまいそう!

「さ、そうと決まれば行くわよお」
「え、どちらに……って早っ!」

 ミーシャお姉様は拳を突き上げると軽快なステップで厨房出ていった。一呼吸遅れて、私も慌てて跡を追う。
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