花の命

てまり

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第四話 小林茉莉花 病気

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 先に付いていた菖蒲がこちらに気付き、軽く手を振った。私も思わず笑顔で手を振る。私は少し速足で席に向かい、菖蒲と向かい側の椅子に座った。菖蒲は何だかいつもより雰囲気が軽くなっていた。何か良いことがあったに違いない、と思った。飲み物を注文し、待っている間に待ちきれず、私は「話って何?」と少し前のめりになって聞いた。菖蒲は「あー」と少し話すのを躊躇った後、決心したようにこちらに向き直った。
「言葉を選ばずに言うと、私と両親は本当の親子じゃなかった。」
私は少し悪いことをしてしまったと思った。
「そうだったんだ・・・言い辛いこと言わせちゃってごめん。」
私が少し落ち込んでいると、菖蒲が慌てて「大丈夫だから謝らないで!」と困ったような笑顔で言った。
「私さ、お母さんとちゃんと向き合えたんだ。初めて『家族だ』って思えたよ。血の繋がりなんて関係なかったんだ。」
菖蒲は恥ずかしそうに笑いながら、「ただそれだけが言いたくって呼んじゃった」と続けた。私は良い報告で安心して胸を撫で下ろした。それからはお互いの家族の価値観や最近の出来事などについて語り合った。その流れで、私はふとさっき感じた違和感を思い出した。
「そういえば、私先天性無痛無汗症だって結構前に話したことあると思うんだけど、何故か小さいときに怪我した時の『痛かった』感覚を覚えてるんだよね。不思議だよね。」
首を傾げながら話すと、菖蒲は変な顔をしながら
「それ先天性じゃないんじゃない?だって痛みが分からないはずなのに、感覚的にそれが分かるって事は、体験したことがあるからでしょう?でないと辻褄が合わないよ。」
私は「確かに」と深く納得した。
「もしかしたら本当は後天性なんじゃない?」
と菖蒲は冗談っぽく笑いながら言うが、疑いがぬぐえないという表情だ。暫くお互い考え込んでしまい、沈黙が続いた。静かに菖蒲が沈黙を破った。
「例えば、極度のストレスがかかって、痛みを伝える神経が麻痺することとか、あると思う?」
私は菖蒲の頭の良さそうな発言に首を傾げた。
「何て言えば良いのかな・・・。多重人格は分かるよね?多重人格は大きなストレスに耐えるために、人格を分散させて、精神に与えるストレスを少しでも減らそうとするでしょう?それと同じで自分で脳が痛みを分からないようにしていることってあるかなあ、と思って。」
なるほど、と私は納得した。だけど、ただ一度転んだだけで痛みが麻痺するなど、現実的では無いことくらい、私にも分かる。私はうーんと唸って少し考え込んだ。菖蒲も黙り込んでしまった。
 結局この問題の着地点を見つけられないまま私たちは解散することにした。菖蒲は別れ際に「下手すれば命に関わる問題だから、親ともちゃんと話したほうが良いと思うよ。」言った。確かにそうなのではあるが、私はやっとお母さんとの溝を埋めたのに、またそれが開いてしまうような気がして、病気について聞くことが怖かった。なんとなく病気について聞くことはタブーなような気もしていた。多分、お母さんは私の病気について責任を感じているように思っていたからだ。お母さんを苦しめたくない反面、本当のことを知るべきだと警鐘を鳴らす自分がいた。
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