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第十二章 解かれる鎖
その日、空は重く曇り、風が強かった。
朝食をとる間もなく、アレクシスに呼び出される。
「領内で急ぎの報告がある。君も一緒に来てほしい」
理由を問う暇もなく、私は彼の馬車に乗せられた。
車輪が石畳を打つ音が、やけに響く。
「……どこへ向かうのですか」
「すぐにわかる」
その声は低く、いつもよりも硬かった。
馬車が止まったのは、領地の外れにある古い礼拝堂だった。
中に入ると、鈴蘭の花が一面に飾られている。
淡い香りが、静かな空間を満たしていた。
「ここは……」
「私の母が眠る場所だ」
驚いて彼を見ると、彼の瞳は深く静まっていた。
「母は鈴蘭が好きだった。だから私は、鈴蘭を見ると、大切にしたい人を思い出す」
「……」
「君に鈴蘭を贈ったのは、君を大切に思っている証だ」
心臓が強く打つ。
けれど私は、まだ一歩を踏み出せなかった。
「……でも、舞踏会の夜に聞いたのです。“あんな地味女”と」
アレクシスの目が大きく開かれる。
「……そう聞こえたのか」
「ええ」
「違う。あの時、私は『あんな地味女と呼ばれるが、本当は誰よりも美しい』と言ったんだ」
息が止まった。
「信じられないなら、その場にいた男たちに確認してもいい」
胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
これまで私を縛ってきた言葉が、実は愛情の裏返しだったと――。
けれど、もう一つ確かめなければならないことがあった。
「……では、なぜ私を妻に?」
「初めて君を見たときから決めていた」
「……っ」
「可憐で、静かで、けれど芯の強い瞳をしていた。……手紙を書いたときは、何度も迷った」
彼は苦笑する。
「必要だから、という言葉しか出せなかったのは……不器用だからだ」
思わず涙がこぼれた。
ずっと、信じてはいけないと思っていた。
でも今、ようやくその言葉が本当だと感じられた。
アレクシスは一歩近づき、私の手を取った。
「一年で離れるつもりだと聞いた」
息が詰まる。
「……誰から」
「エレオノーラだ」
「……」
「そんなことは、許さない。私は一生、君と共にいたい」
真っ直ぐな声。
熱が指先から全身に広がる。
「……信じても、いいのでしょうか」
「信じてほしい。何度でも言う。私は君を愛している」
涙が頬を伝い、鈴蘭の香りが胸いっぱいに広がった。
「……私も、あなたと共にいたい」
その瞬間、彼は私を抱き寄せた。
長く硬かった距離が、ようやく溶けていく。
礼拝堂を出る頃、空は晴れ、陽光が鈴蘭を照らしていた。
彼がそっと囁く。
「これからは、一年ではなく、一生だ」
「……はい」
もう、離縁書類に触れることはない。
私はその日、初めて心からの笑顔で彼の隣に立った。
朝食をとる間もなく、アレクシスに呼び出される。
「領内で急ぎの報告がある。君も一緒に来てほしい」
理由を問う暇もなく、私は彼の馬車に乗せられた。
車輪が石畳を打つ音が、やけに響く。
「……どこへ向かうのですか」
「すぐにわかる」
その声は低く、いつもよりも硬かった。
馬車が止まったのは、領地の外れにある古い礼拝堂だった。
中に入ると、鈴蘭の花が一面に飾られている。
淡い香りが、静かな空間を満たしていた。
「ここは……」
「私の母が眠る場所だ」
驚いて彼を見ると、彼の瞳は深く静まっていた。
「母は鈴蘭が好きだった。だから私は、鈴蘭を見ると、大切にしたい人を思い出す」
「……」
「君に鈴蘭を贈ったのは、君を大切に思っている証だ」
心臓が強く打つ。
けれど私は、まだ一歩を踏み出せなかった。
「……でも、舞踏会の夜に聞いたのです。“あんな地味女”と」
アレクシスの目が大きく開かれる。
「……そう聞こえたのか」
「ええ」
「違う。あの時、私は『あんな地味女と呼ばれるが、本当は誰よりも美しい』と言ったんだ」
息が止まった。
「信じられないなら、その場にいた男たちに確認してもいい」
胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
これまで私を縛ってきた言葉が、実は愛情の裏返しだったと――。
けれど、もう一つ確かめなければならないことがあった。
「……では、なぜ私を妻に?」
「初めて君を見たときから決めていた」
「……っ」
「可憐で、静かで、けれど芯の強い瞳をしていた。……手紙を書いたときは、何度も迷った」
彼は苦笑する。
「必要だから、という言葉しか出せなかったのは……不器用だからだ」
思わず涙がこぼれた。
ずっと、信じてはいけないと思っていた。
でも今、ようやくその言葉が本当だと感じられた。
アレクシスは一歩近づき、私の手を取った。
「一年で離れるつもりだと聞いた」
息が詰まる。
「……誰から」
「エレオノーラだ」
「……」
「そんなことは、許さない。私は一生、君と共にいたい」
真っ直ぐな声。
熱が指先から全身に広がる。
「……信じても、いいのでしょうか」
「信じてほしい。何度でも言う。私は君を愛している」
涙が頬を伝い、鈴蘭の香りが胸いっぱいに広がった。
「……私も、あなたと共にいたい」
その瞬間、彼は私を抱き寄せた。
長く硬かった距離が、ようやく溶けていく。
礼拝堂を出る頃、空は晴れ、陽光が鈴蘭を照らしていた。
彼がそっと囁く。
「これからは、一年ではなく、一生だ」
「……はい」
もう、離縁書類に触れることはない。
私はその日、初めて心からの笑顔で彼の隣に立った。
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