『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ

文字の大きさ
13 / 60

第十三章 嫉妬の稽古場(カルロス)

しおりを挟む
 王城の裏庭にある近衛騎士の稽古場。
 午前の光が剣の刃を照らし、鉄の音が澄んだ空を震わせていた。

 稽古場に足を踏み入れた公爵カルロスは、
 ざわめきに似たざらついた不安を胸に抱えていた。

(……シャーロットが、花束を受け取った?
 誰からだ? 誰が……あの子に)

 昨夜の“影の図版”、
 そして今日の“花束の噂”。

 状況が、意図的すぎる。
 だが、そんなことより――
 彼はただ、彼女が他の男から花を贈られたと思うだけで胸が痛んだ。



 稽古場の中央、
 クリスが訓練生相手に型を見せていた。

 その姿は真っ直ぐで誠実で、醜い噂とは無縁の男にしか見えない。

(……あの男が、シャーロットに――)

 胸の奥で小さな炎が息を吹いた。

 クリスが振り向き、目が合う。

「公爵閣下。珍しいですね。こちらへは滅多に――」

「少し、稽古をつけてもらいたい」

 カルロスの声は低く、普段より鋼の響きを帯びていた。

 周囲の騎士たちが息をのむ。

「……承知しました。ただし、模擬剣で」
「構わん」

 互いに木剣を取り、距離を測る。
 緊張が稽古場を静かに満たす。



 最初の打ち合い。
 剣がぶつかる音が重く響く。

 クリスはすぐに気づいた。

(……いつもと違う。
 閣下の剣筋が“感情”を帯びている)

 カルロスの剣は鋭く、速い。
 だが普段のような冷静さはない。

「閣下……どうされました」
「何でもない」

 刃が木と木を砕くようにぶつかる。

「……ヴァレンタイン嬢のことですか」

 その一言で、カルロスの動きが一瞬止まった。
 クリスはそれを見逃さない。

「昨日の図版……あれは誤解です。
 あの影の距離は――」

「……影、だと?」

 カルロスの瞳に、怒りと戸惑いが同時に揺れた。

「あなたと……彼女が、近かったと」

「“見えただけ”です」
 クリスは真っ直ぐに言う。
「私はあの場では、彼女へ一歩も近づいていません。
 距離は取っていました」

「なら、なぜ花束が届いている?」

「花束……?」

 クリスの顔に驚きが走る。

「あなたではないのか」
「違います」

 怒りの矛先を失ったカルロスの胸を、
 別の痛みが突き刺した。

(……じゃあ、誰なんだ。
 彼女に“贈り物”を……)

 その痛みは、彼にとって初めて自覚する“嫉妬”だった。



 木剣が再びぶつかる。
 今度はカルロスの手に迷いが混じった。

「閣下。……私は、ヴァレンタイン嬢に敬意を持っています。
 ですが――特別な感情はありません」

 その言葉に、カルロスの心臓がわずかに跳ねた。

「……そうか」

「彼女には……
 心に決めている方がいるように見えましたから」

 剣を下ろし、クリスは静かに続ける。

「その“お相手”は――
 とても、不器用な方のようですが」

「……!」

 稽古場の風がふっと止まる。

 カルロスの頬に熱がのぼった。

「な、何を……」
「閣下のことです」

 クリスは淡く笑った。

「ヴァレンタイン嬢は、あなたが遅れた時――
 誰よりも心配していました。
 声に出さなくとも、顔に出ていました」

 胸が詰まるように熱くなる。

(……シャーロット……心配してくれたのか)

 だが、

「ただ……」

 クリスの声が少しだけ陰を帯びる。

「あなたが黙っている限り、
 “他の男の影”が彼女を苦しめることになります」

「……!」

「言葉にしなければ、伝わらないことがあります。
 “閣下の沈黙は優しさ”――
 それは、彼女には届きません」

 カルロスの手が震え、木剣を握り締める。



「閣下。
 ヴァレンタイン嬢は――
 あなたを見ている時だけ、胸の前で指を組まれます」

「…………」

「緊張と安心が同時にある人を、
 人は“特別”と呼ぶのではありませんか?」

 カルロスは言葉を失った。

 自分がどれほど彼女を大切に思ってきたのか。
 その想いが、どれほど拙く伝わっていなかったのか。

(……俺は……何をしている)

 花束は誰からかもわからない。
 マリナは影を操る。
 シャーロットは傷つきながら沈黙している。

 すべて“伝えなかったせいだ”と、思い知らされた。



 カルロスは木剣を下ろし、深く息を吐いた。

「……クリス」
「はい」

「……礼を言う」

 その声は弱かったが、
 決意の火が灯りはじめていた。

(シャーロット……
 もう二度と、誰の影にも怯えさせたりしない)

 稽古場に、午後の光が差し込む。

 その光の中で、カルロスの決意だけが強く燃えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】 アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。 愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。 何年間も耐えてきたのに__ 「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」 アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。 愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。 誤字訂正ありがとうございました。4話の助詞を修正しました。

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

全部私が悪いのです

久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。 姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。 世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。 *全18話完結となっています。 *大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。 *後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。 *この作品は他誌にも掲載中です。

この婚約に、恋の続きを込めて

ねむたん
恋愛
没落しかけた名門・ヴェルス子爵家の令嬢アナスタシアは、 家を救うために――幼い頃に一度だけ出会ったという、 冷たい印象の若き子爵ルカ・ヴェルディとの婚約を受け入れ、すこしずつ交流を深めていこうとする。 そんな中、アナの侍女であり親友でもあるミレイユが失踪。 探すうちに現れたのは、交流のなかった高飛車な侯爵令嬢、 そしてなぜか一緒にいた成金の商人。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

処理中です...