だから何ですの? 〜王家の系譜に「愛」など不要です〜

柴田はつみ

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第九章:【赤字のプライド】数字は嘘を吐きませんが、貴方は見栄を張る

 カシアン皇帝に屈辱を刻まれたアルフォンスは、露骨に「男の焦燥」を爆発させていた。

 己の有能さを証明したい一心で、彼は軍部に取り入り――国境付近への「新型魔導砲の大量配備」という、無謀な軍拡計画をぶち上げたのである。

「これでバルディア帝国も我が国を侮れまい! ミレーヌ、君も文句はあるまい? 国防は王族の義務だ!」

 執務室。デスクを叩き、鼻息荒く宣言するアルフォンス。
 隣ではリリアーヌが、薄い扇子をぱたぱたと振りながら甘い声を上げる。

「まあ殿下、とっても雄々しくて素敵ですわ!」

 ミレーヌは届いたばかりの計画書を受け取ると、指先で一瞥し――紙切れでも扱うように机の端へ滑らせた。

「……殿下。算数からやり直していらして?」

「何だと!?」

「これを実行すれば、来月には王都のパンが三倍。冬には餓死者が出ますわ」

 淡々と告げ、ミレーヌはペン先で計画書の数字を叩く。

「維持費が国庫収入の何パーセントか、計算機も叩かずに決裁なさったの? ……まさか、大砲が増えれば強くなると本気で?」

 彼女は自前の手帳から、一枚の資料を抜き取った。
 アルフォンスの鼻先に突きつけられたのは、真っ逆さまに落下する財政指標――赤い線が、血のように伸びている。

「よくお聞きになって。国防とは、大砲を並べることではありません。民が明日も腹いっぱい食べられる仕組みを守ることですわ」

 サファイアの瞳が、冷たく光る。

「貴方の傷ついたプライドのために、民の胃袋を担保に入れる。……無能を通り越して、悪趣味な冗談です」

「黙れ! 君はいつもそうやって、私を数字で縛る! 皇帝カシアンに舐められたままでいいのか! 私は王太子だ、私の決断が法だ!」

 怒号。

 だがミレーヌは、深い溜息ひとつで受け流した。
 軽蔑すら丁寧に、礼儀正しい。

「法? ええ、そうでしょうね。けれど――物理法則と経済原理だけは、王太子の命令でも曲がりませんの」

 そして、ゆっくりと首を傾ける。

「……どうしても強行なさるなら。条件がございます」

「条件……?」

「ええ。リリアーヌさんのドレス代、宝石代、毎日の最高級菓子代。これらをすべて廃止し、軍事費へ回してくださいませ」

 ミレーヌは指を折るように淡々と続けた。

「ついでに、殿下のワインセラーも全て競売に。足りなければ、宮廷の飾りから順に削りましょう」

 その瞬間、リリアーヌが悲鳴を上げてアルフォンスにしがみついた。

「そんなの嫌ですわ、殿下ぁ!」

 アルフォンスも言葉に詰まる。
 自慢のコレクションを失う痛みが、民の飢えより先に喉を塞ぐ。

「……そ、それは……それとこれとは、話が別だ」

 ミレーヌの口元が、薄く笑った。
 笑みの形をした刃。

「別ではありませんわ。自分の贅沢ひとつ削れず、国民に犠牲を強いる――それを義務と呼ぶのですか?」

 彼女は計画書を引き寄せ、ペンを走らせる。
 大きく、容赦のない×印。

「却下です。不服があるなら、カシアン皇帝にお金を貸してくださいと跪いてお願いなさいな」

 立ち上がりざま、最後の一刺しを落とす。

「もっとも、あの御方なら『担保に王太子の首を』と仰るでしょうけれど」

 扉が閉まる。

 残されたアルフォンスは、ただ固まっていた。
 彼の偽物の強さは、ミレーヌが突きつけた現実の刃の前で、音もなく崩れていく。

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