偽りのの誓い

柴田はつみ

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第七回

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美咲への「注意」以来、社内での翔と美咲の距離は、確かに以前より離れたように見えた。

だが、カレンの心に去来する、ある種の虚しさは拭いなかった。

偽装結婚という建前が、徐々に彼らの関係に現実味を帯びていくことへの戸惑い。

そして、先日再開した元恋人、佐伯健太の存在が、カレンの心をかき乱していた。

ある週末、カレンは親しい友人の結婚式の二次会に招かれていた。

華やかな会場で、友人たちとの会話に花を咲かせていると、不意に背後から声をかけられた。


「カレン、やっぱり来てたんだ」

振り返ると、そこにいたのは健太だった。彼の姿を見たとたん、カレンはわずかに動揺した。

まさかここでも会うとは。

「健太!あなたもなの?」

「ああ。新郎とは仕事仲間でね。カレンも友人なんだろ?」

健太はにこやかに笑い、カレンの隣に立った。二人の会話は自然に弾み、あっという間に時間が過ぎていく

健太は、カレンが結婚したことを知っているはずなのに、以前と変わらない親しげな態度で接してくる。

それがカレンを少し困惑させた。

「最近どう?高見沢さんとは、うまくいってる?」

健太の率直な問いに、カレンは一瞬言葉に詰まった。

「ええ、まあ。普通よ」

「そうか。ニュースで見た時、本当に驚いたんだ。まさか、カレンがあんなに早く結婚するなんて」

健太の言葉には、どこか寂しさが混じっているようにきこえた。カレンは、偽装結婚であることを打ち明けるべきか迷ったが、結局何も言えなかった。

その時、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。画面を見ると、「翔」のもじが表示されている。

「ごめん、ちょっと失礼するわ」

カレンは健太に断り入れて、会場の隅に移動し電話に出た。

「もしもし?」

「カレン、今どこだ?今日の二次会、君も行ってると聞いたが」

翔の声は、どこか不安げだった。

「ええ、そうよ。今、会場にいるわ」

「そうか。‥‥‥そろそろ帰る時間じゃないのか?あまり遅くなると、体に障るだろ?」

翔の言葉に、カレンは、思わずため息をついた。まるで夫が妻を気遣うような口ぶりだが、普段の彼からは想像できないセリフだ。

おそらく、美咲に「妻の管理もちゃんとしてください」とでも言われたのだろうか。

「別にまだ大丈夫よ。それに、ともだちと話してるんだから」

「友達、ね。‥‥まさか。あの男と会っているわけじゃないだろうな?」

翔の声に、わずかな苛立ちが混じった。カレンは眉をひそめた。

「何のことよ?人聞きの悪いこと言わないでよ」

「とぼけるな。先日、カフェで会っていた男のことだ」

翔の言葉に、カレンは思わずスマートフォンを握りしめた。まさか、翔がここまで気にするとは。

「偶然会っただけだよ!だいたい、あなたの秘書のことだってあるんだからね!」


カレンは小声で反論した。すると、電話の向こうから翔のため息が聞こえた。

「ああもう、わかった、わかった。とにかく、あまり遅くなるな。迎えに行こうか?」

「は?別にいいわよ。自分で帰れるから」

カレンは驚いて言った。まさか翔が迎えに来るなど。

「そうか。ならいい。‥‥‥あまり羽目を外すなよ」

翔はそれだけ言うと、電話を切った。カレンはスマートフォンを耳から離し、再び健太の元へ戻った。

「誰から?」

健太が尋ねた。

「夫よ。もう帰れって、うるさいの」


カレンはわざとらしくため息をついた。健太は、カレンの指輪に目を落とし、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。

「そうか。大事にされてるんだな、カレンは」

その言葉に、カレンは何も言えなかった。大事にされている?それは偽りなのに。だが、翔の言葉や態度が、少しずつカレンの心を揺さぶっているのも事実だった。

「ねえ、健太。あなたもそろそろ帰るの?」

カレンが尋ねると、健太は時計を見た。

「もう少しはいいかな。せっかく会えたんだし、もう少し話したい。カレンは?」

「私も、もう少しだけ‥‥」

カレンはそう言いかけたが、翔の「あまり羽目を外すなよ」という言葉が頭をよぎった。偽装結婚とはいえ、人前では「夫」の言葉に従うのが、契約だ。

「‥‥‥やっぱり、私もそろそろ帰るわ」

カレンは複雑な心境でそう告げた。健太は少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。

「そうか。残念だけど、仕方ないな。また会える?」

「ええ、もちろん。連絡するわ」

カレンはそう言って、健太と別れを告げた。

会場を出ると、夜風が心地よかった。スマートフォンの画面を見ると、翔からのメッセージが届いていた。

「本当に帰るのか?信じていいんだな?」そのメッセージに、カレンは思わず苦笑いした。彼は一体何を考えているのだろうか。

そして、自分は、この偽りの結婚に、一体何を求めているのだろうか。



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