推しの幸せが私の願い(のはず)! ~勘違い令嬢は、伯爵様の「溺愛」に気づかない~

柴田はつみ

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第二章:すれ違う熱視線

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 月日は流れ、私たちは十六歳になった。
 社交界デビューを控えたこの時期、公爵令嬢である私のもとには、山のような夜会の招待状と、それ以上の数の釣書が届く。

「……はぁ。この世にアルフレッド様以上の美形は存在しないのに、どうして他の方の写真を見なければならないのかしら。資源の無駄だわ」

 私は豪華な長椅子に身を投げ出し、銀のトレイに積み上がったカードを眺めて溜息をついた。

 成長したアルフレッドは、まさに「神の最高傑作」だった。
 背は伸び、肩幅は逞しく、その美貌は冷ややかな色気を帯びている。今や彼は、王都の令嬢たちが「一度でいいから睨まれたい」と列を作るほどの独身貴族(もちろん、私もその列の先頭に並びたい)。

 ――しかし、そんな彼の心には、すでに決まった人がいる。
 そう、商家の娘・カトレア様だ。

「お嬢様、アルフレッド様がお見えです。カトレア様もご一緒ですよ」

 侍女の報告に、私は跳ね起きた。

(来たわ! 推しと、その想い人のツーショット! 命の洗濯ね!)

 サロンに入ると、そこには目を疑うほど絵になる二人の姿があった。
 漆黒の礼装に身を包んだアルフレッドと、その隣で恥ずかしそうに微笑むピンクブロンドの可憐な少女――カトレア。

「お待たせした、エルセ」

 アルフレッドの声が、低く、深く響く。
 私は精一杯の淑女の微笑みを浮かべ、二人を迎えた。

「いいえ、ちょうど今カトレア様とお会いしたいと思っていたところですわ。今日も一段と可愛らしいこと」

「……エルセ様、ありがとうございます。これ、アルフレッド様と一緒に選んだお菓子なんです」

 カトレアが差し出した小箱を、アルフレッドが黙って見つめている。
 その眼差しがあまりに真剣(に見える)ので、私は確信した。

(見て、あの視線! 『俺が選ぶのを手伝ったんだ、喜んでくれ』と言わんばかりの熱量……! カトレア様、あなたが羨ましいわ。でも、私は全力であなたたちの恋を支援する、尊い壁になるからね!)

「まあ、アルフレッド様が選んでくださったの? 嬉しいわ(社交辞令)。きっと、カトレア様に似合う、甘くて優しい味なのでしょうね」

 私がそう言うと、なぜかアルフレッドの眉間に深い皺が寄った。

「……いや。それは君が甘いものが好きだと言っていたから買ったんだ。彼女には、どれが最近の流行か意見を聞いただけだ」

(出た! 推しのツンデレ……! 『君のため』なんて言いながら、実際はカトレア様とのデートの口実にしただけでしょうに。照れ隠しが不器用すぎて泣けるわ……!)

「ええ、ええ、わかっておりますわ。お二人で街を歩くのは楽しかったでしょう?」

「エルセ、君――」

 アルフレッドが何かを言いかけた、その時。
 サロンの扉が勢いよく開かれた。

「失礼。こちらに、ローゼンバーグ公爵家の至宝がいると聞いてね」

 現れたのは、黄金の髪をなびかせた、眩いばかりの美青年。
 この国の第一王子――リュカ・ド・ヴァロワその人だった。

「リ、リュカ殿下……!? なぜこちらに……」

 驚く私をよそに、王子は優雅な足取りで近づくと、私の手を取ってその甲へ軽く唇を落とした。

「君の噂は以前から耳にしていた。先日の狩猟祭で見かけた時から、君に心を奪われてしまってね。どうだろう、今度の王宮晩餐会――僕のエスコートで出席してくれないか?」

 室内が凍りついた。
 カトレアは目を丸くし、私は思考がフリーズする。

(えっ、王子様? 原作では『高嶺の花すぎて手が出せない』キャラだったはずじゃ……? 私、そんなに目立ってた!?)

 断ろうと口を開きかけた、その時。
 私の隣から、地を這うような低い声が響いた。

「――殿下。恐れながら、彼女のその日は、すでに僕が予約しております」

 アルフレッドが、私の肩を抱き寄せ、王子を射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつけていた。
 その指先には、隠しきれないほどの力がこもっている。

「ほう。ベルンシュタイン伯爵。君と彼女は、ただの幼馴染だろう?」

「ええ、ただの幼馴染ですわ!」

 私は慌てて割って入った。

(ちょっと待って、アルフレッド様! 王子に喧嘩を売っちゃダメ! あなたはカトレア様と結ばれなきゃいけないのに、ここで私を庇って不敬罪にでも問われたら、私の推し活計画が台無しよ!)

「アルフレッド様、お気になさらず。私は殿下のお誘いを受けても構いませんから。あなたは……そう、カトレア様をエスコートして差し上げて?」

 私は精一杯の“気遣い”を込めて、彼をカトレアの方へ押しやろうとした。

 その瞬間――。

 アルフレッドの瞳から温度が消え、暗く燃え上がるような炎が宿ったのを、私はまだ知らない。

「……エルセ。本気で、そう言っているのか?」

 絞り出すような彼の声。
 それは、恋に破れた男の悲哀に聞こえたが、実際には――限界まで耐えた独占欲が決壊する音だった。
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