2 / 2
第二章:すれ違う熱視線
しおりを挟む
月日は流れ、私たちは十六歳になった。
社交界デビューを控えたこの時期、公爵令嬢である私のもとには、山のような夜会の招待状と、それ以上の数の釣書が届く。
「……はぁ。この世にアルフレッド様以上の美形は存在しないのに、どうして他の方の写真を見なければならないのかしら。資源の無駄だわ」
私は豪華な長椅子に身を投げ出し、銀のトレイに積み上がったカードを眺めて溜息をついた。
成長したアルフレッドは、まさに「神の最高傑作」だった。
背は伸び、肩幅は逞しく、その美貌は冷ややかな色気を帯びている。今や彼は、王都の令嬢たちが「一度でいいから睨まれたい」と列を作るほどの独身貴族(もちろん、私もその列の先頭に並びたい)。
――しかし、そんな彼の心には、すでに決まった人がいる。
そう、商家の娘・カトレア様だ。
「お嬢様、アルフレッド様がお見えです。カトレア様もご一緒ですよ」
侍女の報告に、私は跳ね起きた。
(来たわ! 推しと、その想い人のツーショット! 命の洗濯ね!)
サロンに入ると、そこには目を疑うほど絵になる二人の姿があった。
漆黒の礼装に身を包んだアルフレッドと、その隣で恥ずかしそうに微笑むピンクブロンドの可憐な少女――カトレア。
「お待たせした、エルセ」
アルフレッドの声が、低く、深く響く。
私は精一杯の淑女の微笑みを浮かべ、二人を迎えた。
「いいえ、ちょうど今カトレア様とお会いしたいと思っていたところですわ。今日も一段と可愛らしいこと」
「……エルセ様、ありがとうございます。これ、アルフレッド様と一緒に選んだお菓子なんです」
カトレアが差し出した小箱を、アルフレッドが黙って見つめている。
その眼差しがあまりに真剣(に見える)ので、私は確信した。
(見て、あの視線! 『俺が選ぶのを手伝ったんだ、喜んでくれ』と言わんばかりの熱量……! カトレア様、あなたが羨ましいわ。でも、私は全力であなたたちの恋を支援する、尊い壁になるからね!)
「まあ、アルフレッド様が選んでくださったの? 嬉しいわ(社交辞令)。きっと、カトレア様に似合う、甘くて優しい味なのでしょうね」
私がそう言うと、なぜかアルフレッドの眉間に深い皺が寄った。
「……いや。それは君が甘いものが好きだと言っていたから買ったんだ。彼女には、どれが最近の流行か意見を聞いただけだ」
(出た! 推しのツンデレ……! 『君のため』なんて言いながら、実際はカトレア様とのデートの口実にしただけでしょうに。照れ隠しが不器用すぎて泣けるわ……!)
「ええ、ええ、わかっておりますわ。お二人で街を歩くのは楽しかったでしょう?」
「エルセ、君――」
アルフレッドが何かを言いかけた、その時。
サロンの扉が勢いよく開かれた。
「失礼。こちらに、ローゼンバーグ公爵家の至宝がいると聞いてね」
現れたのは、黄金の髪をなびかせた、眩いばかりの美青年。
この国の第一王子――リュカ・ド・ヴァロワその人だった。
「リ、リュカ殿下……!? なぜこちらに……」
驚く私をよそに、王子は優雅な足取りで近づくと、私の手を取ってその甲へ軽く唇を落とした。
「君の噂は以前から耳にしていた。先日の狩猟祭で見かけた時から、君に心を奪われてしまってね。どうだろう、今度の王宮晩餐会――僕のエスコートで出席してくれないか?」
室内が凍りついた。
カトレアは目を丸くし、私は思考がフリーズする。
(えっ、王子様? 原作では『高嶺の花すぎて手が出せない』キャラだったはずじゃ……? 私、そんなに目立ってた!?)
断ろうと口を開きかけた、その時。
私の隣から、地を這うような低い声が響いた。
「――殿下。恐れながら、彼女のその日は、すでに僕が予約しております」
アルフレッドが、私の肩を抱き寄せ、王子を射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつけていた。
その指先には、隠しきれないほどの力がこもっている。
「ほう。ベルンシュタイン伯爵。君と彼女は、ただの幼馴染だろう?」
「ええ、ただの幼馴染ですわ!」
私は慌てて割って入った。
(ちょっと待って、アルフレッド様! 王子に喧嘩を売っちゃダメ! あなたはカトレア様と結ばれなきゃいけないのに、ここで私を庇って不敬罪にでも問われたら、私の推し活計画が台無しよ!)
「アルフレッド様、お気になさらず。私は殿下のお誘いを受けても構いませんから。あなたは……そう、カトレア様をエスコートして差し上げて?」
私は精一杯の“気遣い”を込めて、彼をカトレアの方へ押しやろうとした。
その瞬間――。
アルフレッドの瞳から温度が消え、暗く燃え上がるような炎が宿ったのを、私はまだ知らない。
「……エルセ。本気で、そう言っているのか?」
絞り出すような彼の声。
それは、恋に破れた男の悲哀に聞こえたが、実際には――限界まで耐えた独占欲が決壊する音だった。
社交界デビューを控えたこの時期、公爵令嬢である私のもとには、山のような夜会の招待状と、それ以上の数の釣書が届く。
「……はぁ。この世にアルフレッド様以上の美形は存在しないのに、どうして他の方の写真を見なければならないのかしら。資源の無駄だわ」
私は豪華な長椅子に身を投げ出し、銀のトレイに積み上がったカードを眺めて溜息をついた。
成長したアルフレッドは、まさに「神の最高傑作」だった。
背は伸び、肩幅は逞しく、その美貌は冷ややかな色気を帯びている。今や彼は、王都の令嬢たちが「一度でいいから睨まれたい」と列を作るほどの独身貴族(もちろん、私もその列の先頭に並びたい)。
――しかし、そんな彼の心には、すでに決まった人がいる。
そう、商家の娘・カトレア様だ。
「お嬢様、アルフレッド様がお見えです。カトレア様もご一緒ですよ」
侍女の報告に、私は跳ね起きた。
(来たわ! 推しと、その想い人のツーショット! 命の洗濯ね!)
サロンに入ると、そこには目を疑うほど絵になる二人の姿があった。
漆黒の礼装に身を包んだアルフレッドと、その隣で恥ずかしそうに微笑むピンクブロンドの可憐な少女――カトレア。
「お待たせした、エルセ」
アルフレッドの声が、低く、深く響く。
私は精一杯の淑女の微笑みを浮かべ、二人を迎えた。
「いいえ、ちょうど今カトレア様とお会いしたいと思っていたところですわ。今日も一段と可愛らしいこと」
「……エルセ様、ありがとうございます。これ、アルフレッド様と一緒に選んだお菓子なんです」
カトレアが差し出した小箱を、アルフレッドが黙って見つめている。
その眼差しがあまりに真剣(に見える)ので、私は確信した。
(見て、あの視線! 『俺が選ぶのを手伝ったんだ、喜んでくれ』と言わんばかりの熱量……! カトレア様、あなたが羨ましいわ。でも、私は全力であなたたちの恋を支援する、尊い壁になるからね!)
「まあ、アルフレッド様が選んでくださったの? 嬉しいわ(社交辞令)。きっと、カトレア様に似合う、甘くて優しい味なのでしょうね」
私がそう言うと、なぜかアルフレッドの眉間に深い皺が寄った。
「……いや。それは君が甘いものが好きだと言っていたから買ったんだ。彼女には、どれが最近の流行か意見を聞いただけだ」
(出た! 推しのツンデレ……! 『君のため』なんて言いながら、実際はカトレア様とのデートの口実にしただけでしょうに。照れ隠しが不器用すぎて泣けるわ……!)
「ええ、ええ、わかっておりますわ。お二人で街を歩くのは楽しかったでしょう?」
「エルセ、君――」
アルフレッドが何かを言いかけた、その時。
サロンの扉が勢いよく開かれた。
「失礼。こちらに、ローゼンバーグ公爵家の至宝がいると聞いてね」
現れたのは、黄金の髪をなびかせた、眩いばかりの美青年。
この国の第一王子――リュカ・ド・ヴァロワその人だった。
「リ、リュカ殿下……!? なぜこちらに……」
驚く私をよそに、王子は優雅な足取りで近づくと、私の手を取ってその甲へ軽く唇を落とした。
「君の噂は以前から耳にしていた。先日の狩猟祭で見かけた時から、君に心を奪われてしまってね。どうだろう、今度の王宮晩餐会――僕のエスコートで出席してくれないか?」
室内が凍りついた。
カトレアは目を丸くし、私は思考がフリーズする。
(えっ、王子様? 原作では『高嶺の花すぎて手が出せない』キャラだったはずじゃ……? 私、そんなに目立ってた!?)
断ろうと口を開きかけた、その時。
私の隣から、地を這うような低い声が響いた。
「――殿下。恐れながら、彼女のその日は、すでに僕が予約しております」
アルフレッドが、私の肩を抱き寄せ、王子を射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつけていた。
その指先には、隠しきれないほどの力がこもっている。
「ほう。ベルンシュタイン伯爵。君と彼女は、ただの幼馴染だろう?」
「ええ、ただの幼馴染ですわ!」
私は慌てて割って入った。
(ちょっと待って、アルフレッド様! 王子に喧嘩を売っちゃダメ! あなたはカトレア様と結ばれなきゃいけないのに、ここで私を庇って不敬罪にでも問われたら、私の推し活計画が台無しよ!)
「アルフレッド様、お気になさらず。私は殿下のお誘いを受けても構いませんから。あなたは……そう、カトレア様をエスコートして差し上げて?」
私は精一杯の“気遣い”を込めて、彼をカトレアの方へ押しやろうとした。
その瞬間――。
アルフレッドの瞳から温度が消え、暗く燃え上がるような炎が宿ったのを、私はまだ知らない。
「……エルセ。本気で、そう言っているのか?」
絞り出すような彼の声。
それは、恋に破れた男の悲哀に聞こえたが、実際には――限界まで耐えた独占欲が決壊する音だった。
21
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛
柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。
二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。
だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。
信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。
王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。
誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。
王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
運命の人ではなかっただけ
Rj
恋愛
教会で結婚の誓いをたてる十日前に婚約者のショーンから結婚できないといわれたアリス。ショーンは運命の人に出会ったという。傷心のアリスに周囲のさまざまな思惑がとびかう。
全十一話
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる