推しの幸せが私の願い(のはず)! ~勘違い令嬢は、伯爵様の「溺愛」に気づかない~

柴田はつみ

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第六章:逃げ場のない執愛

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 昨夜の暴風雨のような出来事は、夢だったのではないか。
 ――そう現実逃避したいという私の願いは、翌朝、あっけなく打ち砕かれた。

「お嬢様、アルフレッド様がお見えです。……それと、王宮からの使いも」

 侍女の困惑した声に、私は重い頭を上げた。
 階下へ降りると、そこには昨夜の「闇堕ち宣言」が嘘のような、完璧な淑やかさを纏ったアルフレッド様が立っていた。
 ――ただし、その瞳の奥には、陽光を拒むような深い闇が居座っている。

「おはよう、エルセ。昨夜はよく眠れたかな?」

「……アルフレッド様。ええ、おかげさまで(※一睡もしておりませんわ)」

 彼の手には、見覚えのある「スミレ色」の小箱。
 そして傍らには、リュカ王子からの贈り物だという、目が眩むほど豪奢な薔薇の花束が置かれていた。

「殿下からの花束か。……鮮やかすぎて、君の美しさを邪魔しているな。片付けておこう」

 アルフレッド様は微笑みながら、王子の花束を一切の迷いなく侍女へ押し付けた。
 その動作は流麗で、一分の隙もない。

「ちょ、ちょっとアルフレッド様! 殿下からの贈り物を無下にしては――」

「いいんだ。君には、もっと相応しいものがある」

 そう言うや否や、彼は迷いなく私の前に膝をつき、小箱を開いた。

 中にあったのは――昨夜、彼が口にしていた「指輪」。
 私の瞳と同じスミレ色の特級ダイヤモンド。王家の財宝すら霞むほどの逸品。

(……えっ、これ、カトレア様に贈るための“試作品”じゃなかったの!? 本当に私に嵌めるつもり!?)

 アルフレッド様は拒絶の隙すら与えず、私の左手を取り、薬指へ銀の輪を滑り込ませた。

「……あ」

 吸い付くように馴染む。サイズは、寸分の狂いもない。

「これで、誰が君の飼い主か……いや、“守護者”か、一目でわかるようになったね」

(いま“飼い主”って言いましたわよね!? 推しの口から、独占欲ワードがダダ漏れですわよ!?)

「あ、あの……アルフレッド様。これは、カトレア様との……その、練習ではないのですか?」

 恐る恐る問いかけると、アルフレッド様の表情から感情がすっと消えた。
 彼は私の手を握ったまま、指の関節を一本ずつ――愛おしむように、けれど威圧的になぞる。

「……エルセ。君はまだ、僕に“あの女”の名前を呼ばせるつもりか? 昨夜、あれほど言い聞かせたはずだ。……それとも、もっと“体”で教え込まなければ理解できないのかな?」

 顔が、ぐいと近づく。
 吐息がかかる距離。
 その瞳に映る私は、恐怖と困惑に染まった顔のまま――固まっていた。

(あ、ダメ……! これ、原作後半でアルフレッドが敵国スパイを尋問するときの目! 愛と憎しみの境界が消えてる時のやつ!!)

「……わ、わかりましたわ! もう呼びません、呼びませんから!」

「いい子だ」

 満足げに、彼は私の額へ口付けを落とす。

 ――だが、その瞬間。

「――公爵家の至宝に、勝手な“マーキング”をするのは感心しないな、伯爵」

 護衛も連れず乗り込んできたリュカ王子が、静かに割って入った。
 彼の視線が、私の指に輝くスミレ色の指輪で止まり、鋭く細められる。

「殿下……!」

「エルセ、その指輪を外しなさい。君の薬指を飾るのは、王家の紋章が入ったものでなければならない」

 王子が手を差し伸べる――同時に、アルフレッド様が私の腰を引き寄せ、背へと庇った。

「殿下。彼女は私の所有物――失礼、“半身”も同然です。王家といえど、これ以上の介入は宣戦布告と見なしますよ」

(所有物って言った!! 本音が漏れ過ぎてますわよアルフレッド様!!)

 推しの不敬すぎる発言に、私は一瞬意識が飛びかけた。
 しかし、私の脳内フィルターは、絶望的な状況をこう解釈する。

(そうか……アルフレッド様は、私が王子と結婚したらカトレア様が悲しむと思って、あえて“悪役”を演じているのね……! 自分の立場を捨ててまで仲間の恋路を守るなんて――やっぱり最高の推しだわ!)

「殿下、アルフレッド様! お二人とも、どうか落ち着いてくださいまし!」

 私は必死に二人を仲裁しようと前へ出た。
 ――だが、この時の私はまだ知らなかった。

 この指輪には、アルフレッド様の魔力が込められており――

 私が彼から離れようとすると、
 私の居場所が、すべて彼に筒抜けになる“追跡機能”がついていることを。
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