推しの幸せが私の願い(のはず)! ~勘違い令嬢は、伯爵様の「溺愛」に気づかない~

柴田はつみ

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第七章:聖女の(勘違い)脱走劇

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左手の指輪が、やけに重く感じられる。
アルフレッド様から贈られた、私の瞳と同じ色の宝石。その石は角度を変えるたび妖しく煌めき、まるで生き物のように指へ絡みついて離れない。

(……おかしい。推しの愛が重すぎる。原作の彼はもっとクールで、孤独を愛する一匹狼だったはずなのに。今の彼、完全に“獲物を逃さない飢えた狼”じゃない……!)

私が部屋で悶々としていると、一通の手紙が届いた。
差出人は、商家の娘・カトレア。

『エルセ様、助けてください。アルフレッド様のご様子がおかしいのです。私一人では、もう対処しきれません。今夜、裏庭の東屋でお会いできませんか』

震える文字には、涙の跡のような染みまで残っている。

(大変! カトレア様が泣いてる……! きっと、アルフレッド様が私を“練習台”にしているせいで、「もう自分は愛されていないのかも」って不安になってるのね!)

推しの幸せを願うファンとして、ヒロインを悲しませるわけにはいかない。私は勢いよく立ち上がった。

「お嬢様、どちらへ? アルフレッド様より『一歩も外へ出すな』とのご命令が――」

行く手を遮る侍女たちを、私は公爵令嬢としての権威(と、推しへの執着心)で押し切る。

「アルフレッド様には内緒よ。これは……そう、女同士の秘密のティータイム!」

月が雲に隠れた夜、私は監視の目をかいくぐり、東屋へ向かった。
そこでは、肩を震わせて泣くカトレアの姿が月影に揺れていた。

「カトレア様! ご無事ですか!?」

「エルセ様……来てくださったのですね。私、怖くて……。あの方が、あんな冷たい目をなさるなんて……」

カトレアは私の手を強く握りしめる。

「最近は店にいらしても、宝石の仕入れの話ばかりで……しかも“エルセ様を閉じ込める檻にふさわしい金属はないか”と……」

(……檻? ああ、きっとプロポーズ用に作る、鳥かご型ガゼボのことね! ロマンチックが行き過ぎて誤解されちゃったんだわ!)

「大丈夫ですわ、カトレア様。アルフレッド様は少し不器用なだけ。あの指輪だって、本当はあなたへ贈るための――練習で――」

「――練習? 誰が、そんな生温いことを言った」

凍えるような声が背後から落ちてきた。

振り返ると、漆黒の外套を翻し、剣のような鋭さを纏ったアルフレッド様が立っていた。
その瞳は怒りに燃え、深紅の光を宿している。

「アルフレッド様!? なぜここに――」

「言ったはずだろう、エルセ。その指輪がある限り、君がどこへ行こうと、僕にはわかると」

彼は歩み寄ると、カトレアの手を無造作に振り払い、私の腰を抱き寄せてその独占を誇示する。

「カトレア……僕の所有物に、気安く触れるな。君の役目は、彼女を飾る道具を用意することだけだ」

「ひっ……!」

カトレアが怯えて後ずさる。
それを見た私の“オタク脳”は、必死に事態をポジティブに補完し始めた。

(あ、これ! あえて突き放して、政治的な争い(リュカ王子の件)から彼女を守る自己犠牲ムーブね!? ベタだけど尊い……!)

「アルフレッド様、彼女を遠ざけるために嘘をつかなくても大丈夫ですわ! リュカ殿下の件は、私が――」

「……まだ、その男の名を口にするのか」

アルフレッド様の顔が、音もなく近づく。
顎をすくい上げられ、逃げ場を失う。

「エルセ。君がこの女と会っていたのは、僕から逃げる相談か? それとも、あの王子のもとへ行くためか」

「ち、違います! 私はただ、お二人の仲を――」

「黙れ」

唇が触れそうな距離で、低く断罪の声が落ちる。

「――もう言葉での教育は限界だ。我が家の地下にある、かつて反逆者を閉じ込めた“最奥の部屋”を知っているか? あそこなら王子の手も届かない。君は、余計な女を心配する必要もなくなる」

(……最奥の部屋? 原作設定資料に載ってた、伝説の監禁部屋!?)

思考が追いつくより早く、アルフレッド様は私を軽々と横抱きに抱え上げた――。
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